骸骨たち
宝刀に選ばれた、の意味を聞こうと思ったが、古城の扉の前に到着してしまった。
エミリアさんが扉に手をついて、扉をじっと見つめる。
「魔術による封印の一種ね」
フレイは後ろから質問した。
「隊長、開けられますか?」
「開けることは問題ないけど…」
エミリアさんは振り返り、みんなを見てこう説明する。鍵を開けることはたやすいが、時間の経過でまた閉じる仕組みになっているため、今鍵をあけておいて朝に様子を確認するということは出来ないこと。魔術そのものを無効にするのは、自分の力では難しいこと。おそらく術をかけた本人でないと無理なのだという。
そして、俺にショートソード、アンナにナイフを渡す。吸血鬼に効果がある、銀製のものだという。
エミリアさんは大きな声を張り上げた。
「ここから先は夜のハントになる。気を引き締めていけっ!」
エミリアさんが扉に念をこめると、カチャっと音がして鈍い音と共に道が開かれた。先頭にフレイが入り、その次に俺、次はエミリアさん、最後にアンナが続く。オルカという人物は、あとから行くと手を降って、煙草をふかしていた。
左手にたいまつ、右手にショートソードを持って、フレイに続いて扉の中に入る。ジメジメしているかと思いきや、最近雨がなかったせいか、思いのほか乾燥している。足元に気をつけながら、たいまつに照らされたフレイの背中を見て進む。フレイも左手にはたいまつ、右手はサーベルにすぐ手を掛けられるようにあけている。後ろから少し強い光が照ってきたので振り返ると、エミリアさんが小さな光の玉をそっと空中に浮かべていた。
「わたしは暗闇でも見えるけど、みんなはそうではないので」
アンナはそれを見て月みたいで綺麗だと言った。
俺は道案内をはじめる。しばらくは一本道で、少し先に行くと少し開けた場所に出るはずだ。そこからは地下に道が続いている。カタコンベは階層になっていて、それなりに深かった記憶がある。最後は行き止まりだ。
俺の記憶通り、開けた場所に来たので、みんな顔を見合わせて辺りも見回す。ここは古い共同墓地で、壁際にはビッシリと棺が並んでいる。中には朽ちた棺から骨が剥き出しになっているものもあった。
俺は、以前小さい頃に来た時とは違う、嫌な予感がして辺りをもう一度見回した。俺は昼間に吸血鬼狩りをしてきたので、吸血鬼を探す時に独特のカンが働く。今そのカンが、ここに生ける死体があると告げていた。
「きゃぁ!」
アンナが飛び退いて、俺の背中にくっついてきた。彼女の足首を白い骨の手がガッチリとつかんで、ズリズリと這い寄ってくる。
「来ないでっ!やだっ!」
床を這う頭蓋骨が、斜めに俺たちを見上げて、もう片方の手もアンナにかけようとしてくる。俺はショートソードで、アンナの足首の近くから骸骨の腕を思いきり叩き切った。
骨は切れて、ズリズリと後ずさる。
「アンナっ、大丈夫か?!」
横目で見ると、アンナはヘナヘナと座り込んでいる。その足首には、指だけになった骸骨の骨がまだしっかりとくっついていた。エミリアさんがアンナにパチンと触れると、その指は燃えて灰になった。魔術の炎は人間には熱くないのだろうか、アンナは火傷もなさそうだ。
「けっこういるな」
フレイの言葉で周囲を見渡すと、次々と棺が開いて骸骨達が這い出してくる。俺は仕事柄死体を見慣れているが、アンナはそうではない。あの真っ黒で何も無い頭蓋骨の二つの穴、目だった場所を見ると、人間は恐怖するのだろう。
「囲まれたぞ」
俺は近づいてきた骸骨にショートソードで斬りかかる。しかし相手は絶妙な距離で近づいてこない。よく考えたら昼間のハントは、吸血鬼側が動くことは稀だった。昼の光で弱っている相手を、杭で刺し殺す仕事なのだ。
「ど、どうしよう?!」
アンナがやっと立ち上がり、ナイフを抜いて心配そうに声をあげる。
俺はフレイを見た。ちょうど一体の骸骨がフレイの顔に殴りかかってきたところだったが、フレイは簡単にそれをよけると、その骸骨に一発殴り返して笑っていた。
「真面目にやりなさいっ」
エミリアさんがフレイを叱咤しながら、両手の間に作った火のかたまりをフッと骸骨に吹きかけると、2体くらいの骸骨が灰になっていく。
「仕方ない、らちがあかないからな」
フレイは両側の太ももにくくりつけている短刀を、サッと抜いて空中に放り投げた。クルクルと2本の短刀はまわり、…落ちてこない。
空中でピタリと止まると、骸骨達を目掛けて突っ込んで行く。短刀が骸骨をメッタメタに切り刻みながら辺りを動き回るのを、フレイは腕を組んで眺めている。
「これは?!」
フレイは集中しているらしく、答えなかった。かわりにエミリアさんが静かに言った。
「これが『宝刀に選ばれた』ということよ」
骸骨達はものの数分で片付いて、粉々になり、もはや動けなくなった。それでもカタカタとわずかに動こうとする骨のカケラがあったが、エミリアさんが魔術の炎で綺麗に灰にして片付けた。