アンナの家で
エミリアさんが起きるまで俺とフレイはアンナの家で食事をご馳走になったり、話をしたりして過ごした。アンナは料理がうまい。小さい頃に母親を亡くしているから、料理の担当がアンナだったんだろう。
食後にリンゴのパンケーキをつつきながら、俺は家のリビングにある本を眺めた。父親は医者で、アンナは看護師になるつもりらしい。看護学の本や、医学書が並んでいるけど、俺は文字を読むのが苦手で億劫だから、背表紙をみるだけでため息が出た。
「ああ、わかるよ。俺も座学は苦手」
フレイも苦笑いしながら、パンケーキを頬張っていた。そして話題を古城のほうにふる。
「あそこは、入り口近くから地下にかけて、カタコンベ(共同墓地)だったよな?」
俺は、記憶をたよりに答える。
「あぁ。でも古い遺体ばかりで、みんな骨だけだ。吸血鬼になりそうもない気がするけどな」
そこでアンナが、頬杖をついてフレイに言う。
「きっと何かあるから魔術とやらで鍵をかけていたのよね?」
フレイは頭をワシャワシャと掻きながら
「わからん。」
と言いつつ声を少し落として
「ここだけの話なんだが、吸血鬼の数が急激に増えている。誰かが人工的に作っているとかいう噂だ」
吸血鬼を作るだって?
「どうやって?何のために?」
俺は頭を振った。あり得ない、あんなものはいないほうがいい。
「わからん。」
フレイはハッキリした口調で、
「吸血鬼化した動物を、魔術で操る輩も最近いる」
と言ってパンケーキをあっという間に平らげる。
「そんな感じで部下が全員ではからってしまったから、とうとう隊長と俺までこうして調査や討伐に出向いてるんだ」
「死体を操るなんて酷い…」
アンナは呟いて、それからパンケーキを追いかけるように平らげながら、
「フレイさんって強いの?」
と笑いながらフレイに言う。
アンナは、昨夜、コゼットさんを倒したフレイの戦いを見ていなかったようだ。俺は、アンナに言った。
「強いっていうか、マジで凄かった」
俺もあんなふうに戦いたいくらいだった。
だけどフレイは時計を見ながら
「あともう少し強くなれたらと毎回思うよ」
と言いつつ、ぼんやりと、
「そろそろ隊長が起きるな」と呟いた。
それから言葉少なく、俺たちはエミリアさんを起こすために歩いた。俺の家まで着くと、フレイが棺をノックする。
「隊長、夜ですよ」
中から鍵があいて、棺の蓋が開くと、エミリアが起き上がった。
「フレイ、昼間の状況を教えて」
「本日は昼間の駆除は無しです。古城に魔術で鍵をかけた者がいます。解錠をお願いします」
家の前に出ると、昼間見たオルカという人物がいた。部下をふたり連れている。背は俺くらいだろうか、眼鏡をかけて、にこやかにしている。だけど俺はなんとなくこの人物に嫌な印象を持った。
「オルカさん、来ていたんですか」
エミリアさんの声は静かで透き通るようだった。
「血液の提供の件は、申し訳ありませんでした、お力にはなれそうもありません」
オルカは、にこやかに返した。
「今回、後ろからついて行っても?」
エミリアさんは静かに言った。
「遺体から血を抜くのは仕方ありませんが、その後は燃やして供養するのが我々のつとめですので、ご理解くださいね」
俺は、エミリアさんに頼み込んだ。
「俺、古城の中に詳しいです!一緒に行っていいですか?」
「おいおい…!」
フレイが俺を遮ろうとしたが、エミリアさんは柔らかく笑うと、
「道案内は助かります」
と言った。
エミリアさんと、俺が先頭になり歩き始めた。後ろはフレイとアンナみたいで、声が聞こえる。
「アンナは帰れよな」
「そうやってフレイは年上ぶって、いつも仲間に入れてくれないんだよね」
「アンナに何かあったら、俺、怪我しても親父さんに治療断られそうだ」
俺は、言いたいことはあったのだけど、言えずに黙っていた。
「夜のハントに興味があるの?」
エミリアさんから言われてドキッとした、図星だった。
「えっと…なんでそれを?」
「フレイがね、あなたは部下にはしたくないと言っていたから」
ヴァンパイアと刺し違えて死んでこいとは言えねぇ。
俺はフレイの言葉を思い返していた。
「エミリアさんは、なんでフレイを部下にしたんですか?」
エミリアさんは、ちょっと笑った。
「フレイがやると言ってきかなかったから。でも後悔したわ」
エミリアさんは、10年前にこの村にきて、吸血鬼のハントをした。身寄りのいなくなったフレイを、最初は教会の孤児院に入れようと連れて行ったらしい。
「フレイは、なんて言ったと思う?」
ふふふ、とエミリアさんは面白そうに笑う。
「なんて…言ったんですか?」
「『あなたより強くなって必ず守るから一緒にいたい』って」
10歳のフレイが、そんなことを…。
「それで、剣と魔術を教えたんですか?」
「剣はあっという間に上達したけど、魔術は才能がなかったみたい。でも彼は選ばれたから」
「副隊長にですか?」
エミリアさんは首を振った。
「宝刀に選ばれたのよ」