隊長エミリア
フレイの「荷物」は驚くようなものだった。馬車の中から引きずり出される黒い棺桶、ものすごく重そうだったが、ひとりで慣れたように地面に置いた。
「隊長」
そう呼びかけてフレイが棺の蓋をノックすると、中から鍵が開く音がして、棺の蓋がガランと開く。そして、中から人が身体をおこしてあたりを見回した。
1回見たら忘れられないような、金色の長い髪の毛。月の光みたいにそれが眩しい。死んだように白い肌に、濃い緑色の瞳。それを縁取る大きな目。紫色の生気のない唇。
フレイと同じ制服を着ていたが、着崩していない。かっちりと閉じられたボタンに黒いリボンタイを結んであり、騎士団の服というだけあって、一瞬男装をしているかのように見えた。
村の女の子たちが、倒れそうな眼差して見ている。素敵だと声を出す者もいた。
だけど、俺は冷や汗を拭って、もういちどそいつを見た。あまりに美しいが、こいつは、ヴァンパイアだった。
「すみません、お世話になります。エミリアと申します」
フレイとエミリアは、重そうに、ドカッと床に棺桶を運び込んだ。エミリア登場から1時間、親父は村長に説得を続けたが、エミリアがヴァンパイアである以上ハンターが見張れと断られたのだ。
そのうえ、村の女の子たちが、エミリア見たさに数人押しかけて、俺の家はパンパンだ。
「エミリアさんっ、髪を触らせてくださいっ」
こんな状況に、親父もため息だ。
ヴァンパイアの被害を記憶しているのは、俺の歳くらいが最年少だろう。さっきのコゼットさんの件を見ていなかった人は、ヴァンパイアに対する危機意識がない村人もいる。今来ている女の子たちは、みんな12歳とかそれくらいの子達だ。
「うらやましいくらい綺麗」
「なんでアンナまでうちにいるんだよ」
アンナはプーッとふくれて俺を見て、あんな風に綺麗になりたいと言った。
「待て、あれはヴァンパイアだぞ?!」
俺は大きな声で言ったが。
「エミリアさん綺麗」
「何歳くらい?」
「そうね、300歳くらいよ」
親父が静かにこう言った。
「隊長殿は大丈夫だろう、断血の誓いを守っておられる。10年前にフレイ君を助けたのはこの隊長殿だ」
フレイはエミリアの様子を見て、嬉しそうにしていた。
「じゃ、隊長。俺は警備してくるんで、村の人と仲良くなっておいてください」
「何かあったら呼ぶのよ」
「俺ひとりで大丈夫です」
フレイは出ていった。
俺は、夜のハンターというものがどうにも好かなかった。いや、逆だった。フレイのあんなカッコいいところを見せられたら。
「俺、フレイを手伝ってくるよ」
「おい、ヒース!足手まといだ」
親父が言った言葉が腹立たしかった。俺はドアを蹴って開けると、フレイのあとを追いかけた。
「フレイ!」
「おう、ヒース!どうした、はやく休んでおかないと、明日もハントしてくれないと困るぜ」
フレイは腕を組んで、あたりをフラフラ歩きながら、俺の話を聞いている。
俺は、けっこう早口で、どうやったら夜のハンターになれるのか質問をした。フレイは
「俺の場合、隊長に助けられてからずっと、剣術、魔術を習いはじめて、15の時だったか入隊できたの。そっから5年で副隊長やってるけど、スピード出世だってさわがれてるよ」
頭をかきながら、面倒くさそうに答えていた。
「俺もあんな風に戦いたい」
俺の言葉に、フレイは目を丸くして、一瞬黙って、そして大笑いした。
「やめとけよ、夜勤は!」
夜勤と日勤の差が激しすぎるんだよ。
俺は、フレイをじっと見て、フレイの腰の剣を見て、騎士団の制服を見ていた。
「おまえが昼間に駆除してくれるから、俺達は生きて朝を迎えられる。ヴァンパイアのハントは昼の仕事だぞ?」
俺が食い下がろうとしなかったので、フレイは本気で困った顔で。
「俺はおまえに、ヴァンパイアと刺し違えて死んでこいとは命令できねぇ」
とだけ言った。
俺は、黙って帰ることになった。
家に帰ると、エミリアが女の子たちをそれぞれの家へと送り返して、自分もフレイと合流しようと準備をしていた。エミリアの武器はショートソードだけで、身体も細くて、とても強そうには見えない。
女の子たちに髪を結い上げられてしまったのだろう、アップにされた髪型を見ると、細い首が戦いの最中に折られてしまうようにすら思う。
「騒がしくして、申し訳ありませんでした」
親父がひとこと、「夜警、気を付けてください」とだけ言い、俺を見て
「明日に備えて、さっさと寝るぞ」と言った。
俺はベッドに横になったが、なかなか寝付けなかった。頭の中はグルグルと、「ヴァンパイアと刺し違えて」のセリフが巡っていた。