夜のハンター
今から10年くらい前のこと。俺は6歳だったと思う。村でヴァンパイアの駆除がおいつかなくなって、殺された家族が出た。子どもだった俺は、絶対に家から出るなと言われ、母に守られながら家で親父を待っていた。そのとき、夜にヴァンパイアと戦った、「夜のハンター」という職業の人がいたらしい。
もうすぐ、コゼットさんを燃やす木材が到着する。村人総出で木を組んで、もう少しで準備が終わるところだった。
親父が作業を少し休んで、俺にこう言った。
「夜のハンターに警備を頼んだら、2人ほどよこしてくれることになった」
そのとき、教会のマークの馬車が近くで止まった。馬車から男がひとり降りてきて、こっちを見るなり大きな声で言う。
「ヒース? 久しぶりだな、おまえ、大きくなったなー!」
「フレイ? フレイのあんちゃん?」
10年前、ヴァンパイアの駆除がおいつかなくなって、殺された家族というのは、フレイの両親だった。村で面倒を見れる人もいなかっただろうから、遠くの親戚の家に行ったのだと勝手に思っていた。
フレイは村長にも挨拶を済ますと、親父のところに戻ってきた。
腰にサーベル、両脇の太ももに短刀をつけて軍人みたいだった。たぶん教会の騎士団のものなのだろう、真っ黒な制服を着ていた。襟に十字のマークが入った制服だけど、襟を立てて着崩している。フレイは髪が特徴的で、昔から白い。銀髪とかいうとカッコいいかもしれないが、どうみても生まれつき白髪って言ったほうがピッタリくる。手入れとかしてないみたいだし、白髪でいいと思う。
俺もずいぶん背が伸びて、170センチくらいにはなったけど、フレイはもっと背が高い。たぶん180センチくらいに伸びていた。そんなに変わっても一目で俺がフレイを見分けられたのは、そのくったくない笑顔からだろう。
「親父さん、お久しぶりです。被害は?」
親父は深刻な表情で言った。
「久しぶりに会えて嬉しいが、干渉にひたっているわけにはいかない、実はコゼットが」
コゼットの名を聞いて、フレイの表情が曇った。俺にとってコゼットはお姉さんみたいな存在だったが、フレイにとってコゼットは俺とアンナみたいに幼馴染だったと思う。
俺は言った。
「はやく焼いた方が良い、誰かの血をすでに吸っている。力をつけはじめて、、、」
ガシャーン!!
そのとき、何かが獣のような動きで、窓ガラスを蹴散らし、人々の前にあらわれた。
組まれたやぐらの木を叩き壊し、不吉な足取りでこちらを向く。
コゼットだ。心臓に杭を打ってもトドメをさせなかったということは、もう複数人を襲って血を飲んでいるのかもしれない。燃やして灰にしないといけないが、今は夜だ。
コゼットは近くにいた人間を、片手でこちらにぶんなげた。俺と親父はそれを受け止めて、ふきとばされる。
「うわああぁぁぁ!」
一目散に、近くの家に隠れる村の人々。俺は親父と、投げられてきた人を抱えながら走り、物陰に隠れた。
しかし、コゼットはこちらを探しながら近づいてくる。心臓に杭を打たれたのを根に持っているのか。
俺の鼓動が速くなる。まずい、どうにかして逃げないと。しかし、足が動かない。ヴァンパイアは人間の天敵、俺も親父も、ヘビに睨まれたカエル同様、食われるのを待つだけなのかもしれない。
「ピューィ!」
口笛の音がした。コゼットが動きをとめて、そちらの方向を向く。反射的に俺も同じ方向を見た。フレイがサーベルを抜いて、コゼットに切りかかる。
銀色の不思議な色をしたサーベルが当たると、コゼットの皮膚は小さな火花を散らして傷口が開く。真っ黒な血がボトボトと落ちて地面が黒く染まる。
間髪入れず、フレイは首を落とした。
コゼットは、崩れ落ちたけど、それでもまだモゾモゾと動こうとしていた。フレイがコゼットの近くの地面に手をつくと、見たことのないサークルに文字が並んだ絵が浮かんで、コゼットに火が付きあっという間に灰になった。
すげぇ、、、
家からコゼットの両親が、ふらふらと灰にすがりついた。
フレイはサーベルを鞘に戻すと言った。
「誰か手当を」
「え?」
フレイが怪我をしたようには見えなかったので、俺は聞き返そうとした。
「コゼットに血を与えていたのは、ご両親だ」
そこで俺は初めて、コゼットのご両親が手足を怪我して大量の血を失っていることに気がついた。
フレイは、静かにコゼットの両親に言った。
「おじさん、おばさん、俺はコゼットのこと忘れないよ。村を出るまでは本当の姉弟だと思ってた」
灰になった娘を前に、二人は泣いていた。
フレイは踵を返して、荷物をとりに行くのだろう、馬車のほうに歩いて行った。
真っ黒な隊服には血しぶきひとつついていない。
ちっくしょう、と俺はため息をついた。コゼットに杭を刺して返り値を浴びた俺は、全身どす黒い腐った血を浴びてドロドロだった。