昼のうちにやらなければ
早朝から、村は総出で死んだコゼットさんの行方を探した。近くの森の中、乾いた井戸の底、考えつく限りの場所を探しても、コゼットさんは姿をあらわさなかった。
隣家の納屋の藁の中をかきわけてみたが、無駄な苦労に終わった。一緒に探していたアンナがため息をついた。
「これじゃぁ、また夜になってしまう」
アンナは言っていた。夜中に急患がでると本当に怖いのだと。ヴァンパイアは普通にナイフで刺したりしても死なないし怯まない。奴らの弱点は、昼間は眠って動けないということ以外にない。それは、物理的に肉体を木っ端微塵に破壊して燃やすとかできれば話は別なんだけど。
ヴァンパイア・ハンターを継いでから俺はまだ日が浅い。夜のヴァンパイアを見たことはほとんどない。だけどハンターの勘というか、昼間墓の下や森の暗い場所で発生したヴァンパイアを、ただの死体と見分ける能力が俺たちにはある。生物が自分の天敵にたいして抱く感情みたいなものを感じる。そいつはまだ寝ているが、夜になったら自分の血肉を狙って襲ってくる。そういう恐怖感にも似た感情をヴァンパイアには感じる。
あくまでもハンターとしての勘で、それに携わっていない人にはわからないみたいだ。俺は小さい頃から、親父の仕事を見てきたので、そういう勘がすでに養われているんだろう。
しかし、コゼットさんはどこにいるのだろうか。
「コゼットさんのご両親は、複雑でしょうね。わたしも父と一緒に看病したんだけど、、、。今日は朝から姿を見ていないから、きっと家で祈っているんだわ」
アンナはそう言って、早く見つかりますようにと祈った。
俺はその祈りを上の空で聞いていた。まだ探していない場所があったではないか、と気がついたのだ。
「ヒース!ちょっとどこ行くの?」
アンナが追いかけてくる。俺はひとつの恐ろしい想像をしていた。まだ探していない場所は、コゼットさんの家だ。
「コゼットさんのお父さん、お母さん、開けてください!」
俺はドアを強く叩いた。
「開けてください!」
更に強く叩くと、ドアの向こうから叫ぶような声が聞こえた。
「帰ってください!」
夫妻の声だ。
「娘はここにはいません、帰ってください!」
俺は感覚を研ぎ澄ませてみた。嫌な予感みたいなのがした。この方向に、人間を食らう天敵がいるぞ、気をつけろ、と言われているような気がした。
もう日が暮れる。まずい。
アンナは察しが良い。俺の嫌な予感を察したのだろう、はっきりとした口調で言った。
「家の中を調べさせてください!いちどで結構です、お願いします!」
しかし、返事はなかった。
「アンナ、下がってろ」
俺は意を決して、足でドアを蹴破った。散らばったドアの破片の奥に、リビングで驚いた顔をしている夫妻が。日が暮れる、時間がない。
この家は子供の頃に遊びに行ったことがある。リビングと台所、夫妻の寝室、そしてコゼットさんの部屋がいちばん奥にある。
俺はコゼットさんの部屋へ突進した。しかし、それを夫妻はすがりつくように止めてくる。
「そこにはコゼットはいません、どうかどうか」
俺だって辛い。コゼットさんは、俺より6つは歳の離れたお姉さんのような優しい女性で、本を読んだり絵を描いてくれたりした思い出がある。
だけど、だけど。
「コゼットさんが、人を殺したらどうするんだ!責任なんて取れないんだぞ!」
俺がそう叫ぶと、ビクッと夫妻は俺を引き止める手を緩めた。
コゼットさんの部屋には、厚くカーテンが引かれていたが、その隙間から最後の西日が注いている。目が暗い部屋に慣れると、ベッドの上に人影があるのがわかった。
俺は、杭を手に持ち、近づいた。顔を確認する。蝋人形みたいな肌の死体だったが、それがコゼットさんだということは確認できた。
生前と同じ服を着せられ、食べ物を添えられているが食べている形跡はない。夜間はドアに鍵をかけて閉じ込めていたのだろう。俺でも蹴破れる弱いドアが、いままで破られなかったのが不思議だ。
「お願いです、見逃してください!コゼットがここにいるだけで、我々は幸せなんです!」
絶叫する夫妻の声を背中に受けながら、俺はコゼットさんの心臓めがけて、杭を刺した。どす黒い死者の血が顔や手に飛び散る。
「ギャアアアアアァァァ!!」
コゼットさんが叫びをあげた。
俺と親父が毎日のように仕留めているのは、まだひとりも襲っていないヴァンパイアだ。断末魔をあげる力もよわく、空気が抜けるようなブフーという音をあげるものがいる程度で、こんな叫び方ははじめてだ。たぶん彼女は、どこかですでに血をもらっている。
力いっぱい杭を押し込むと、コゼットさんは動かなくなった。それと同時に、あたりは暗くなり、夜の帳がおりたのだった。