ヴァンパイア使いvsフレイ
「…暗いな。カンテラの光強めてくれ」
フレイの宝刀をしまう音がした。俺がカンテラをまさぐって調光しようとすると。
「明かりくらいつけてやろう。わたしも暗闇では見えないからな」
声がして、天井ともいうべき部屋の中央上の方向に、ふっと月より明るい光源ができた。エミリアさんのより強い光だと思った。
「お前か?高等な鍵魔術やら、場所の移動系の魔法陣なんか使いやがって」
フレイが、喧嘩でも始めそうな口調で誰かに向かって声をあげている。
俺がその方向を見ると、すごく都会的な恰好をした髪の長い男が、こっちを見て立っている。印象的なのは髪の色もそうで、カラスの濡れ羽色と言えばぴったりな漆黒の髪をしている。服装もかなり洗練されていて、こんな田舎では絶対に見ない恰好だ。うまく説明できないけど。垢ぬけた、といった表現がぴったりくるのかもしれない。腰にはサーベルをひとつ差している。それを使って俺たちと戦うとでもいうのだろうか。
「もうしわけない、事情は話せないが、ここで死んでもらう」
男は地面に向かって軽く手をかざす。魔法陣があらわれて、そこに手を突っ込むと棺桶を引きずり出した。ガシャン!という大きな音を出して、棺桶が開くと、そこから女性が飛び出す。髪は燃えるような赤い色で、かなりのショートカット。年齢はアンナくらいだろうか、15才とかそれくらいだと思う。俺はハンターだからすぐにわかったが、彼女はヴァンパイアだ。
「ヴァンパイア使いか。隊長をどこへやった!」
フレイは宝刀を抜いて大きな声で言った。男は静かに答えた。
「今は別の場所で待機させている」
そして、俺に向かって。
「アンナという娘も無事だ。彼女には用がないようだから、あとで帰宅させよう」
俺は嫌な予感がした。それは、フレイのほうがもっとしただろう。エミリアさんには何か用があって、アンナには用事がないから帰宅させる、という内容に。それに、用がないようだから、という言い方からして、この男は黒幕ではない。誰かに命令されてやっているように聞こえる。
フレイが俺に耳打ちした。
「宝刀で一瞬で決める。そうでないと、隊長が人質になっているかもしれない。何をされるか」
「わかった」
俺は、うなずいたが、カンテラを持つ手に力をいれることしかできなかった。
一瞬の風のような速さだった。フレイは集中し、指ひとつ動かさないで宝刀を全速力で飛ばした。まっすぐ最短距離で、男の胸に向かって。
男は指を少しだけ動かしただろうか。パッと魔法陣が浮かび、そして、、、宝刀はフレイ自身の右肩を、後ろから大きく切り裂いて通過した。
「…ッ!!」
フレイが肩を押さえてうずくまる。
「いったい何が?!」
俺がフレイに駆け寄ると、フレイはそれを制した。
「宝刀が魔法陣で移動させられたっ、俺の真後ろに」
フレイは、宝刀を呼び戻し自分の周囲に待機させると、右肩を怪我したからだろう、左手でサーベルを握った。
「魔術で習ったことがある。高等魔術の中には、時空を移動させるものがあるらしい」
「基礎は隊長のエミリアから習ったようだね」
男は右手でサーベルを抜いて、左手でヴァンパイアを操りはじめた。女の子のヴァンパイアはダガーを両手に持つと、フレイに向かって1歩近づく。
「行け、ルカ!」
ルカと呼ばれたヴァンパイアは、フレイに飛びかかる。しかしその斬撃は宝刀が寸前で全てはじき返していく。宝刀は攻撃だけでなく、防御にも強力だった。
俺はその様子を見て気づいた。単調な動きで飛んでくるものに関しては予測して移動させられるようだけど、複雑な動きをしているものに関しては魔法陣を使えないようだ。フレイもそれに気が付いてきたようで、ある程度距離を詰めると、ばっと男に切りかかった。
フレイは右利きだったはずだ。相手の動きもいいのに、左手で互角にわたりあっている。フレイは宝刀を、男はルカというヴァンパイアを操作しながら戦っているはずなのに、俺よりずっと剣がたつ。俺はというと、情けない話、戦力外でどうすればいいかわからなかった。
男はルカを魔法陣でフレイの死角に移動させたり、自身でフレイに切りかかっているが、フレイに二撃目を当てることができない。フレイも左手で切りかかるが、男に攻撃を当てられないでいた。互角の戦いを見て俺は思った。俺の動きひとつで勝敗が決まるのではないかということに。
俺は、光を反射しないようにショートソードではなく杭を、相手に知られないようにそっと手に持つと、自分でも驚くほどゆっくりとルカの攻撃範囲に近づいて行った。運がいいことに、そんな俺の動きに先に気が付いたのはフレイだった。宝刀をさりげなく操作して、俺の近くにルカを誘導した。
「いまだ!」
俺は、一番使い慣れた武器である、杭をルカの心臓めがけて突き刺した。ものすごい悲鳴とともに、ルカが胸を押さえて動きを止める。
「ルカ!」
男は驚きとも焦りとも後悔ともとれるような声をあげる。次の瞬間、フレイは相手の右肩をサーベルで裂いた。
「…ッ!」
ルカは、やはり多くの血を吸ったヴァンパイアなのだろう、燃やさないといけないようだ。俺を片手でぶん投げると、動きは鈍くなったが、まだ攻撃体制を崩そうとしない。
俺は、ふきとばされて転がりながら、フレイにガッツポーズをとった。
「教えろ、隊長はいまどこだ」
「形勢逆転か」
男は傷口を押さえながら、指を少しだけ動かす。すると、ルカと棺桶、そして男自身の真下に魔法陣が現れて、まるで落下するかのような速度で目の前から消えてしまった。
「フレイ!」
俺は立ち上がろうとして、ふらつきながらカンテラを拾う。フレイはこっちを見て、そして驚いた顔とともに大きな声で「ヒース!」と叫んだ。後ろに大きな魔法陣が現れて、俺は引きずられて落下するようにその中に飲み込まれてしまっていた。