68.魔法道具は本国、私は簀巻き
魔法道具を二つ並べて、船の中に設置する。海水を降らせる魔法道具はやたらと大きく、丸い棒を並べて転がし積み込んだ。下ろす時も大変だと思うわ。その辺は、向こうに残った民と貴族の知恵や労力の出し合いで頑張ってもらうとして。
簀巻き状態にされた私は、くしゅんと一つくしゃみをした。塩抜きした海水雨で体を冷やし、私は風邪を引いている。それはもう、嫌な予感がそのまま現実になった。簀巻きにした張本人は、毛布ごと私を抱いてご満悦だった。
寝間着なので、簀巻きを解いて逃げる方法は使えない。何より高熱で怠かった。動くのも面倒だけれど、本国へ向かう魔法道具の見送りはしたい。お父様が同行し、今回はお母様も一緒に乗り込んだ。お留守番は私とレオに決まる。
さきほど気をつけてねと挨拶を交わした二人は、もう船上の人だった。手を振りたいけれど、両手は簀巻きの内側だ。無理やり抜いたら、レオに何をされるか。
淑女の正装と同じくらい重い毛布を巻いて、大人しくするくらいしかできない。船が汽笛を鳴らし、ゆっくりと出航した。先頭の船に乗っているお父様達は、小さな点になっている。見送るのって、なんだか寂しいわね。
「さあ、満足しただろう? 帰ったら俺が温めてあげるから……」
早く帰ろう。レオの言葉に深い意味はないはずなのに、危険を感じてしまう。いいえ、本能が危ないと叫んでいた。
「あの……その……ほら、二人きりはちょっと」
「何を言っているんだ。大切なシャルの部屋着姿なんて、誰かに見せられるはずないだろう」
「コリンヌ、そう、コリンヌか侍女に」
「俺がいない間に風邪を引いた悪い子が、逆らうのかい?」
これ以上は何を言っても無駄、それどころか状況が悪化する。諦めて深呼吸した。強硬策だけれど、最後の手段を使う時が来たようね。
「リュシー、たぁすけてぇ!!」
全力で助けを呼ぶ。上空を旋回していたリュシーが、ぴくりと反応した。全力で急降下してくる。直前でばさりと羽を広げて停止し、地に足をつけた。レオと睨み合う。
きゅー、ふぅうん。変な鳴き声を上げたかと思えば、リュシーは目を逸らした。わかりやすく、負けたと伝えてくる。
「そこは頑張りなさいっ、飼い主の危機よ!」
「シャル、それはどういう意味かな。俺を信用できないの?」
「……シンヨウ、シテマス」
信用できないと答えたら、じゃあ好きにさせてもらうと返ってくるはず。嘘でもこう伝えるしかないわ。にっこり笑ったレオが、鋭い視線でリュシーを睨んだ。慌てて飛び上がり、空に逃げるもふもふドラゴン。
「……リュシー、後で覚えてなさいよ……許さないんだから」
ぶつぶつ文句を言いながら、簀巻きの私は屋敷に連れ戻された。ここからが意外だったのだけれど、簀巻きのまま手出しはなし。優しく丁寧に看護されて、すごくバツの悪い思いをしたわ。疑ってごめんなさいね、レオ。




