54.ご先祖様の失敗は繰り返さない
ル・メール侯爵の説明を要約する役目を、レオに任せた。ゆっくりと食後の紅茶を楽しむ。
「使用説明は侯爵に作ってもらうとして……ご先祖様はこの魔法道具を使って、大陸を潤したみたいだ」
いつの間にか集まった民が、わっと喜びの声を上げる。ここ十年ほどは旱魃がひどく、農作物が育ちにくかった。そのため、ヴァレス聖王国にいる私達に期待が向けられていたの。要は、移民として受け入れてほしいのよ。でも、雨が降るなら引っ越さなくて済むわ。
一度にたくさんの兵力を送れないのと同じで、移民も大量に送れないし受け入れられない。最悪の展開としては、ルフォルの貴族が決起して、本国の民を受け入れるために戦を起こす話まで出たことがあるの。
世界は広いようで狭く、人が住める場所はもっと限られている。豊かな土地は少ないから、奪い合いになった。戦いを避けるための政略結婚と言い聞かされ、セレーヌ叔母様は嫁いだけれど……。
魔法道具を迎えにいく! 漁師や船の職人が盛り上がった。さっき、お酒も振舞われていたけれど、酔っ払いの勢いじゃないわよね? 心配になった。伯父様の造らせた魔法道具を乗せる船は、そのまま牽引して運ばれる。
「止まる時ってどうするの? 激突しないのかしら」
「なんとかするさ」
船の扱いに長けた船長が、がははと大笑いする。顔が真っ赤で、明らかに酔っ払いの安請け合いだった。
「魔法道具で降らせた雨が大陸を潤したので、海の容積が減ったそうだ」
「海の容積?」
「海面が下がった」
言い直したレオに頷く。元は海の水……海水? それって塩水じゃないの!
「塩水を使ったの?」
「大量の塩が残ったらしいぞ」
白い大地とか、雪景色みたいな表現で語られた部分を示される。お父様と顔を見合わせた。まあ、塩は塩で……使うけれどね。
「そこまで大量の雨を降らせる必要はないのよ」
海が目に見えて減るほど降らせたから、ここ最近まで保ったんだわ。十年前に枯渇するまで、この大陸は大量の水を地下に蓄えていた。今後はそこまで降らせる必要はない。定期的に、必要な分だけ注ぐ形が望ましかった。
「ご先祖様も極端にやり過ぎたと反省し、海の向こうへ魔法道具を封じたとある」
稼働させて手に負えない状況になったので、慌てて隣の大陸に捨ててきた。そういう話? 額を押さえて溜め息を吐いた。まあ子孫のお父様や伯父様を見る限り、なんとなく理解できちゃうわ。行き当たりばったりで、やらかしたのね。
ルフォルの一族は男性が突っ走り、女性が後始末するパターンが主流だった。故に家庭では女性優位なことが多い。この特性が、そのまま魔法道具の使い方に当てはまるとしたら。
雨を降らせて大喜びしたご先祖様が、やり過ぎて水浸しの大地を作った。叱られて、海の向こうに封印したのが奥様達……うん、想像できるわ。
「どうする?」
「何にしろ、一度は持ってきて稼働させないと乾燥し過ぎよね。潤したら、使い方を厳しく制限したらいいわ」
話しながら、興奮して空を飛ぶドラゴン達を眺める。またすぐに向こうへ帰ることになりそう。船での長距離旅を思い浮かべ、げんなりする。変化のない海上の景色も、ずっと揺れる環境もうんざりした。帰らない選択肢はないから、仕方ないけれど……。
ご先祖様、瞬間移動の魔法道具を作ってくれたらよかったのに。




