44.船酔いの次は陸酔い
結界の魔法道具が作動していれば、風や冷気の影響を受けにくい。それに加えて、推進力を発揮する魔法道具のお陰で、本国まで順調な船旅だった。
お父様はほとんどの時間を、同行した貴族達との会議に当てた。忙しそうな彼らを横目に、船旅の前半はレオの介抱で終わる。後半は船酔いの軽くなったレオから解放されたが、何もすることがなかった。
本を読もうにも、さすがに揺れる。刺繍なんて以ての外、手が血塗れになっちゃうわ。日記も本と一緒で無理だったので、最低限の短い記録だけに留めた。甲板に出て外を眺めても、視界に広がるのは青い海ばかり。
「飽きてきたわ」
「もう大陸が見えますよ、ほら」
呟いた言葉に反応したのは、甲板にいた水夫だった。顔を上げて、遠くを見るが……よくわからない。そのまま凝視していると、白い波の間に陸が見えた。子供の頃の記憶では緑だったのに、かなり減っている。茶色の大地は乾いているように思われた。
「こんなに乾いてしまったのね」
「原因不明なんっすよ」
困ったと言いながらも、水夫は上陸の準備を始める。帆を畳み、入江に向かう船の角度が調整された。あっという間に、接岸してしまう。一度陸が見えれば、そこからは早かった。
甲板から船室へ戻る。荷物は少なく纏められ、半分ほどに減らした。全部運び出すのは、船倉の武器くらいだ。
「行くぞ、到着したようだ」
「ええ。戦いですわね」
気合いを入れて頷くも、お父様は変な顔をする。伯父様が来たから、私を迎えに来たのではない? 首を傾げながら、まだ顔色の悪いレオと甲板へ戻った。ようやく降りられると知り、レオはぼそっと吐き出した。
「やっと地に足が着く」
ぷっと吹き出してしまい、初めて会った時のことを思い出した。すでに隣大陸へ移動した私達を追う形で、レオは養子に入った。船で酔ったことを隠し、なんとか挨拶を済ませようとしたけれど……我慢できずに盛大に吐いたのよね。
お父様が咄嗟に私を庇ってくれて、出迎えのドレスは汚れなかった。でもお父様が被って、さり気なくお母様がハンカチを差し出したの。どうしたらいいか困って青くなったお兄様の腕を掴んで、お父様ったら海に飛び込んだのよ。
汚れを落とすつもりだったみたい。もしレオが泳げなかったら、どうする気なのかしらね。そんな思い出が一気に蘇り、我慢しようとしても肩が揺れてしまう。
「……後が怖いからな」
「あら? お仕置きされたいのね。それといいことを教えてあげるわ」
両側に手すりのついた階段を使って、港の土を踏む。十年以上踏んでいない本国の香りを楽しむように、私は深呼吸した。
「……まだ、揺れている気が」
「レオったら、忘れてしまったの? 船から降りて終わりじゃないのよ」
陸酔いだったかしら? 船の揺れに慣れた体が、揺れない地上に馴染むまでしばらくかかる。慣れた頃に帰ることになりそうだけれど……今はその話はやめてあげるわ。




