個人企画に参加してみた ①と②それと③ +バンダナコミック01作品
菊池に鬼畜な菊地が告知
「目障りだ────消えろ!!」
硬直して動けない俺に容赦のない言葉が発せられ、ロングコマンドからの大技が入り……俺は倒れた。
────You Win!!
「まだまだ雑魚だね、菊池優は。これで明日のきくちの権利は、また僕のものだね」
◇
俺の名前は菊池 優。ゲームが好きなだけの高校生だ。ゲームの腕前は普通より上、それほど悪くないと思っていた。
────進学して菊地 悠に出会うまでは。
読み方は同じ「きくち」 だったが俺が「菊池」 なのに対してこいつは「菊地」 と、少し違う。
発音が同じなので紛らわしいのは確かだ。同じクラスになった時に、すぐ周りからもからかわれた。
「うがぁ〜ムカツク!! だいたい菊池優が菊池なのが悪い。そもそもなんで出席番号、菊池優が先なんだよ。黒板見づらいし」
俺の後ろの席から、人の名前を連呼するなと言いたい。視界を塞いでしまってるのは申し訳ないが不可抗力ってやつだ。文句は担任にでも告げてくれ。
「そんなの俺のせいじゃない。誕生日まで一緒とか、こっちだって迷惑なんだよ」
この学校は男女関係なく、名字のあいうえお順で出席番号順が決まる。全国でも数の多い佐藤や鈴木ならクラスに二人いても珍しくない。その時はだいたい名前や誕生日で順番が決まる。
俺は菊池優で、こいつは菊地悠。誕生日まで同じ九月十五日だ。
冗談のような偶然。このままではからかわれ続ける不愉快さと、学校生活が不便になる予感があった。
────俺達は入学式の後、教室に残り今後についてどうするのか話し合う。
「簡単な解決方法があるじゃん。菊池優の名前、マサルって読めるよね? 在学中はマサルで通せばいいんだよ」
「はぁ? なんで俺が変えなきゃなんないんだよ。それなら悠だってハルカって読めるだろう。ハルカ‥‥いい名前だぞ」
「そんなん嫌に決まってるじゃん。よしっ、こうなったらじゃんけんだ。一回勝負ね──じゃんっけんポン!!」
勝手にじゃんけんを始められて、思わず俺はグーを出して……負けた。思えばこの時から、俺とこいつとの遊戯が始まったんだと思う。
そしてそれがこの先、菊池と菊池の名誉を賭けた長い戦いが続くことになる。この時はまだ、俺もこいつも人生を賭けてまで戦うなんて‥‥想像すらしていなかった。
────不意打ちのじゃんけんで、三年間の渾名が決まるのはいくら何でも横暴だ。
「勝負は勝負だよ。異論は認めない」
俺の訴えをあっさり却下する悠。せこいし、ズルい。ただそれならこっちもやり方を変える必要がある。
「ハイハイ。菊池と違って菊地ってのは、せこいやり方で勝つことしか出来ないんだな」
菊地悠は俺と同じで、名前に誇りを持っているように見えた。だから少し煽ってみた。
「はぁ? そんなわけないでしょ」
「なら、一日一回ゲームで勝負しよう。負けた方は次の日、勝った方が決めた渾名で一日過ごすんだ。自分から友達にも宣言するんだぜ」
「いいよ、それで。ついでに負けた方が、翌日の勝負方法を決めるとしよう」
俺の提案に悠が乗ってきた。せこいと言われたのが、本当に悔しかったらしい。
「それで、肝心の渾名は決まってるの? 僕は決まったよ。優なんて名前、贅沢だからね」
「もったいぶるなよ。俺はさっき言った”ハルカ“にしてもらうぞ」
「いいよ、別に」
ニコッと楽しそうに笑う菊地悠の屈託のない笑顔に、俺はドキッとした。こいつはただの菊地だ。菊池として、俺も勝負には負けたくない。
「ちなみに僕が菊池優に名乗らせる名前は“菊地下位”だよ」
「おい、待て。もしかして菊池の池が、地になってないだろうな。下位って、菊池が菊地の下位って言いたいのか」
菊池と菊地で紛らわしいから、呼び名を変える勝負をするはずじゃなかったのか。
「当然菊地の地だよ。池は地面より下に溜まるでしょ? それに菊池よりも、菊地の方が優れているんだもん」
「どこが当然なんだよ」
全国の菊池さんに怒られろ。第一どんな勝負を提案するかわからないのに、自信満々過ぎるだろ。
こいつと勝負する事になって、俺の中にも「菊池」 の名前に対する愛着や誇りが生まれたよ。それに俺にはゲームという切り札がある。
────悪いな菊地悠……。俺はゲームならば、どんなジャンルで勝てる自信があった。対戦相手になる友人達をボコり過ぎて嫌われ、ゲームに誘われなくなったくらいだからな。
俺はじゃんけんの時に気づくべきだった。菊地悠の反射神経の速さや、動体視力の高さを。
ルールや動かし方のわからない初回は勝った。しかし二度目以降は、どのゲームもギリギリで負け、三度目からはボコられた。
一番得意なはずの格闘ゲームでも、既に七十六連敗中だ。対戦相手をして欲しくて、毎日勝負なんて言うんじゃなかった。
一戦重ねるごとに俺のプライドと、菊池優としての人生が文字通り削られていく。
菊地悠は鬼畜だ。最初は色々手探りに勝負方法を選んでいた。しかし勝てる戦いを見つけると、負けた時に必ずその勝負を選んで勝ちに来た。
俺が絶対の自信を持ったゲームで屈伏させたいがために、腕相撲や大食いなど苦手や不得意な分野の勝負でわざと負ける。
「ちぇっ、また負けたよ。」
放課後の教室で何度目かわからない腕相撲で負けた菊地悠が、嬉しそうに負けを認めた。こいつに勝つには、体格、体力を活かした勝負しかなくなっていた。
これでまた明日は俺の家で、俺が得意だった格闘ゲームの勝負に決まった。負けた日からずっと練習を重ねたのに、菊地悠にあと一歩届かない。
いつの間にか立場が逆転して、俺がこいつに教わっている事実が悔しい。
何より悲しいのはこいつがいわゆる僕っ娘のせいで、俺は「菊地下僕」 と呼ばれ出しているのだ。負けが込んで来て、菊池ではなく菊地の時間が長いせいだ。
「あはは、何それ似合う〜」
コロコロ良く笑うやつだ。俺が下僕扱いなのを喜んでやがる。
「笑い事じゃない。お前が変な渾名にしたせいだろ」
菊池の俺が菊地を名乗らされる屈辱に加えて、こいつの下位「菊地」 扱いの日々。
実際、力勝負以外は菊池の俺対菊地のこいつとの戦いは、ほぼ菊地悠の圧勝だ。しかし得意なゲームや中間テストは惨敗した。
俺より頭一つちっこいのに、ハイスペックな菊地に勝つには運ゲーしかない。
「‥‥というわけで夏休みに向けてアルバイトするぞ」
「それだと休みの日まで勝負になるよ?」
「構わん。正直小遣いが持たん」
「ふぅん、なら働きながらも勝負だねぇ」
ニッコリ満面な笑みを浮かべる菊地悠。あれ、休日明けの勝負はやったよな?
まあいい。勝負のために二人で放課後に夕飯がてら、ご飯を食べに行くことも多くなった。学生の俺達の懐事情は夏休みを前に寂しい。
二人同時に雇ってもらえた牛丼屋やラーメン屋では、人気メニューの注文数を言い当てた方が勝ちとした。ハンバーガー屋ではスマイルを求められた数を競い‥‥これは惨敗した。
呼び名をかけて勝負をしながら、何だかんだ毎日同じ時間を過ごしている。アルバイトを始めたので休日まで顔を合わせているからな。
キツいはずのアルバイトも、ニコニコ笑顔のこいつとの勝負のおかげか楽しい。
◇
「さて、負けてばかりの菊池優に、告知があります」
珍しく言い淀む菊地悠。このタメはゲームの時のタメのようで不気味だ。こいつが俺の名を正しくフルネームで呼ぶ時は、大概鬼畜な勝利を決めに来る時だ。
「────夏休みの初めに、僕のお母さんの実家で花火大会があります。次の勝負で勝った方が、花火を見に行くか行かないかを決めよう」
「何で顔が赤い?」
「うっ、うっさいよ。で、勝負方法は菊池優が決める番でしょ? 昨日も僕に負けたんだからさ」
何故か赤い顔をしたまま勝ち誇る菊地悠。
「花火かぁ、ちなみに場所は?」
「田舎だから少し遠いよ。たぶん……泊まり」
夏休み早々にこいつと勝負出来なくなるのは、俺も寂しい。っていうかこれは告知じゃなくて告白!?
真っ赤になりながら俺の返答を待つ菊地悠。鈍い俺でもいい加減気づいてるよ。
いやこれは嘘だ。俺の前の席の菊田に、二人の勝負についてからかわれた時に言われたのだ。
「勝負って一緒にいるから出来るんだよね」
意味深な言い方だったが、こいつが勝負しようと言う度に、一緒にいよう──そう言われているようで心がドキドキ、ソワソワしていたのは確かだ。
勝負のおかげで邪魔されずに一緒にいられる。ムキになって勝ちに行ったのは、勝負をやめようと言われるのが怖かったからだ。
まさかこいつも‥‥菊地悠もそう思っていたのかな。
この勝負──行きたくなければ力比べで俺が勝って断ればいい。でも俺は‥‥一緒に行きたいと思う。
なんだか先に気持ちを確かめるような真似をされて、こっちまで急に恥ずかしくなった。だから照れ隠しもあって、この大事な勝負に、俺は格闘ゲームで勝負を挑んでしまった。
「────菊池優のバカぁーーーッ!!!!」
告知をして来た相手に選択を委ねる気などなかったが、結果としてそうなってしまった。それなのに、こいつは鬼畜だ。大事な選択の時でも‥‥涙を流しながら、容赦なく大技で俺を叩くのだから。
今までにないくらいの大差と超大技を決められて、俺のゲーマー魂は完全に折れてしまった。
────You Win!!
ゲーム画面に輝く菊地悠の勝利のメッセージ。勝ったのに、顔を真っ赤にしながらポコポコと俺の胸を叩く菊地悠。
初めから優と悠の勝利は、二人で遊んだ時点で決まっていたのかもしれないな。
「バカバカッ、菊池優の大バカ! 行くんだからね、これからも勝負するんだからね」
勝負にかこつけて気持ちを測りたかったのは菊地悠も同じだったようだ。名前も似てて誕生日も同じだから、性格だって似通っていても不思議じゃない。
真っ赤になって涙しながら、照れ隠しをする姿を見て喜ぶ俺も、充分鬼畜だと思った。
────菊地悠の母親の実家は菊池だった。血は争えない……というか菊地悠の両親も、俺達のように勝負をしていたそうだ。
もし菊地悠が俺と同じ菊池の姓だったのならば、仲良くなれただろうか。理由もなく勝負しようとはならなかったはずだ。
俺が菊池で、こいつが菊地で良かった。一緒に勝負して、戦って、飯を食ったから深くわかり合えた。
だから次の真剣勝負の機会は、照れずに真っ向から勝ちにいきたいと思った。
お読みいただきありがとうございます。この作品は先日たまたまお見かけしたコロン様の活動報告を見かけて参加したものです。
菊池というワードを使って、とにかくなんか書きたかっただけの内容です。書き上げた今も、なんで菊池なんだろう? となっています。
ほんのり甘さを楽しんでいただければ幸いです。個人企画初参加となります。温かくご了承いただいて感謝です。