5 攻撃
二度の小さな地震は何ら実害をもたらさなかったが、その後、樺太を包む空気は変わった。
森から動物の声が消えた。鳥は空へと逃げ出した。それは季節外れの渡りなどではなく、算を乱した逃避であるということが素人目にも分かった。訓練された日本軍の馬や猛獣も落ち着かなくなった。
そして――
「一体何が起こっておる?」
ずどんと重たく扉が開いて、カマクラ将軍が戦略室へと入って来た。イズキ中佐の差し出したモールス信号のテープをひったくる。
『真岡偵察信号所ヨリ大泊指令ヘ。見慣レヌ生キ物ニヨル攻撃。奇襲ヲ受ケ混乱シテイル。信号所ノ放棄ノ許可ヲ求メル』
『敷香補給基地発。我ガ基地ハ攻撃ヲ受ケテイル。今スグ救援ヲ。敵ハアヤカシ。思ウニ、此レハ霊的生命ニヨル侵略デハ?』
「馬鹿馬鹿しい! なにが霊的生命による侵略だ!」
カマクラ将軍の顔が憤怒の色に染まり、テープは破り捨てられた。
「ええ、人間の敵は人間に決まってますからね。名前を忘れましたがどこかの詩人がそういう風に表現していました。えー、ところで豊原以北の主要部隊全てが奇襲を受けたと考えられます。そして多くがすでに通信を途絶しました」
巨大なテーブルに樺太の地図が広げられた。イズキ中佐が感情を交えずに手元のメモを読む。
「一体何者だ? なぜこうも簡単に我が軍を襲える? どこの仕業だ……シェルか? アメリカか? はたまたソビイェテ?」
「間宮海峡にも日本泥海にも味方艦隊はいます。沿岸警備の者からも敵上陸の報は入っていませんよ」
イズキ中佐が自明の理であることを口にした。
「知っとるわい。今のは自問自答じゃ。列強大国でないとすれば敵は明らかだ。解放派だ」
「へえ? 北方四島のですか?」
「いや、樺太の解放派だろうな。生き残りの反撃だ。調べろ!」
イズキ中佐は一礼すると、早足に退出した。
テーブルの上には日本軍の軍勢を表す人形が並べられていく。敵軍の人形は置かれていない。その正体はまったく不明で、混乱とヒステリックな言葉のベールに隠されている。
「ホデラ大佐、サキガワ大佐を原隊に復帰させろ。全軍はわしが動かす。おまえ達はわしの手足となって敵を止めるのだ」
カマクラ将軍は雷のように下知を飛ばした。