表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

4 掘出物

 ソウとアメフは苦労して、その掘り出し物を秘密基地へと持ち帰った。

 日本軍を気にして街道は使わず、灰色の荒れ地と森を通過して帰ったため普段の五倍は時間がかかった。

 日本軍のおかげで全ては悪い方向へと向かっている。

 ソウが基地周辺の足跡を消すため秘密基地の入り口のはね上げ戸をくぐって出て行った。

 秘密基地は半地下の建物であり、内部は明かり取りの小窓からわずかに光の差し込むだけの薄暗い空間だ。二人とも全身泥まみれで基地のフローリングの床もすでに黒と茶色に彩られていたが、アメフの興味は床へと向いていなかった。

 彼は夏用の食料庫に頭を突っ込んだ。だが、期待していたものは何も見つけられない。

「空っぽだ! 稚内や大泊でキャビア製造工場を沢山見かけたぜ。なのにここには魚の缶詰一つないのかよ」

 アメフは不機嫌に樺太解放派を罵った。

 兵站の考えのないアマチュア軍隊め。

 樺太へやってきたのは大きな失敗だった。ノボシブルスクのモザイク状つぎはぎボロ公営アパートから出ず、詩集片手に寝転がりヴォトカをチェイサーにシグリョーフスク・ビールをあおりながら、樺太解放派の実力を見極めて、加わるに値すると判断して、しかる後に動くべきだったのだ。

 樺太解放派の決起の時期はまずかった。日本軍と正面きって戦おうという無謀な考えもまずかった。まずくない物の方が少なかった。また、一方で日本軍が樺太へわざわざこうも大軍を送り込んでくるとは、アメフを含め誰にも予想できなかった。

 今回のことは教訓にすべし。

 アメフは心に誓うが、とにかく生きてこの島を脱せねば、その教訓を生かすチャンスもなかろう。

 ソウが戻ってきたのに気付き、アメフは背負っていた背嚢と武器を壁に立てかけた。

「他の解放派と連絡は付けられなかった。そこら中、日本軍の通信だらけだ」

 アメフはそう言ってあご髭をつねった。

「意外でもない」

 ソウはつぶやいた。

「生き残っている解放派は僕達だけと考えるべきかもな、アメフ」

「だが、敵のカマクラ将軍は完全に樺太解放派を滅ぼしたと確信しない限り、捜索の手は緩めないだろうよ」

 アメフは敵の将軍の名を、喉にからまるなにかを吐き出すように発音した。

「ああ。間違いない。カマクラ将軍は名将だそうだ。樺太解放派は十分に用心するべきだったんだ」

 解放派の他のメンバーによる日本軍への無謀な攻撃を思い出し、ソウの中で怒りが熱く渦巻いているのをアメフは察した。解放派の他のメンバーはソウの忠告を全て無視し、日本軍を過小評価していたのだ。

 あの連中は1950年の半島戦争における、日本軍の暴れっぷりに関するデータをまったく読まなかったのだろうか。

 ソウは発掘屋として樺太解放派に招かれたらしい。発掘屋として、有能なのだろう。しかし、彼は明らかにまったく役にたっていなかった。

 そろそろ、自分のことをセイシェルからわざわざ呼び寄せられたコメディアンとでも感じはじめていることだろう。

 とにかく、樺太解放派はソウの例に限らず、概して人間の使い方のまずい組織だった。

 それに対し日本軍は世界最強レベルの軍団で、どこかの田舎の民兵とはわけが違う。日本軍はぼんくらを基地内菜園の肥料運びの人夫などに任じ、また蛇のような目をした、三度の飯より他人をおとしめるのが好きな人々を参謀部へと配するシステムを作り上げているとされる。

 ソウが解放派でなにをしたかったのか、アメフは知らない。だが、それが日本軍への復讐であれ、発掘屋社会での立場向上を狙った物であれ、樺太解放派が壊滅した今、実現はひどく難しくなっているに違いない。

「さて、掘り出し物を開けてみようか」

「なにかめぼしいものでもあれば樺太から脱出する金になるかもしれんしな」

 二人は資金不足だった。樺太通貨の札束ならいくらでもあるが、それらにもはや価値はない。日本のPCO円が必要だ。

 陰鬱な木材と石でできた部屋の中央に、がっしりした作りの箱が置かれた。二人が地中から掘り出すまでの長い期間の汚れが、ある種の異様な雰囲気を箱にもたらしている。

 古びて黒ずんだ錠をアメフはシャベルでたたき壊した。

 地獄への入り口のように口を開けた箱に上体をいれ、ソウは黒い布に包まれたものをうやうやしく取り出す。

 布は波打って広がり、掘り出し物は姿を見せた。

「……ちきしょう、陶磁器か?」

 アメフが言ってシャベルをがらんと投げ捨てた。

 それは巨大な杯に見えた。頑張れば、一人の人間でも抱えて運べるだろう大きさだ。

「売り払うには骨が折れそうだな。平時ならともかく、今の樺太にこれを欲しがる奴がいるとは思えねぇ」

 ソウは目を細めて、掘り出し物をなでた。鉄ともガラスともつかない質感だ。複雑な装飾が施されていて、杯の縁にもとげとげした飾りがついている。群青色の表面は光のあたり具合で赤や緑の色を浮かび上がらせた。

「たしかに陶磁器としてもそれなりの価値を持つのかもしれない」

 ソウは言った。

「だが、これが本当に僕の探している物なら、その真の価値は極めて実用的なものとなるはずだ」

「ほう? 実用的に?」

 ソウは懐から手帳を取り出して、唱えた。

「目覚めよ」

 指で杯の内部に複雑な模様をなぞっていく。まるで何を描くべきか心得ている絵師の様な手つきだった。

 このソウの不気味で不思議な行動を眺めていたアメフの耳が何かをとらえた。コォォォ……と聴いたことのない魂を揺さぶるような甲高い音。音はたちまち大きくなり、アメフの歯の根は合わなくなる。

 壁が、ガラス窓が細かく震えた。

 一心不乱に指で紋を描くソウ。

 杯の底から墨汁よりも黒い、どろりとした液体がしみ出し、ソウの手首まで沈めた。

 アメフの背筋を冷たいものが走った。

「面妖な」

 ソウは唇をつり上げ、普通の発掘屋は浮かべることのなさそうな類の笑みを浮かべた。

 それから、杯の尖ったふちに、空いている方の手を押し付ける。アメフは血に見慣れていた。それでも、ひるむほどの血が滴り、杯に流れ込む。

「アメフ、おまえも血を出して、この中に手を入れろ」

「ふざけるな」

「生きて樺太から出たいんだろ? 言う通りにしろ」

「くそ、解放派のために、もう十分血なら流したぜ」

 アメフは傷だらけの篭手と革手袋を脱いで、手のひらをさっとナイフで切った。

 赤い液体が溢れ出る。そして、いやいや暗黒の中に手を差し入れた。

 アメフは野外経験豊富な傭兵だった。だがそれにもかかわらず、次の瞬間、彼を襲った冷たさに度肝を抜かれた。

 それは死そのもののような一瞬の冷たさ。

 あまりに早く手を抜いたので、アメフは悲鳴を上げずにすんだ。

「畜生! なんだ今のは!」

 アメフは転がって立ち上がった。肩で息をしている。

「おまえがプレイヤー2、僕がプレイヤー1だ。登録した」

 ソウは暗い笑みのまま己の手をゆっくりと引き抜いた。杯の中の波紋はおさまらず、むしろ激しくなった。

 ゆっくりと黒い波面から骨のように白い固体が浮かび上がる。

 アメフはうめきとも喘ぎともつかない声を漏らした。

 そう大きいものではなかった。人間の頭骨四つ分ほどだが、実にでこぼこしている。無数の切子面を光らすそれは水晶だった。

 と、アメフは浮かび上がった水晶塊は見覚えのある形であることに気付いた。

 樺太の島の形だ。

 不気味な水晶で作られた数百万倍も縮小された俯瞰地図なのである。

「ソウ! なんだこれは? いい加減説明しろ!」

「ゲームだ。僕の知る限り最も大規模なボードゲームといったところだ」

 発掘屋が応えた。再び黒い海が揺れはじめる。ソウは樺太の西、アメフは東に座っていたが、彼らの手元の海域からそれぞれ同数の水晶の塊が浮かび上がって来た。

「おい、ソウ、ゲームで遊んでいる暇はないぞ」

「アメフ、気付いているだろ。これはただのボードゲームではない」

 二人の手元に浮かび上がって来た小さな塊は二十個近くで、その形状にはいくつかのパターンがあるようだ。

 明言できるのは、揃いも揃っておぞましいデザインであるということだ。ソウはそのうちの一つを感慨無さげにつまんで手の中で転がした。

「ポーンか」

 カツッと音をたててそれは樺太の一角に置かれた。

「僕がこいつのことを知ったのはずいぶん昔のことだ。でも、泊居だとかいう街の図書館廃墟で古文書を見るまでは実在するとは考えていなかった。そこの持ち主はこれを本物の、価値のないゲームだと思ってあんなところに捨てたのだろう。だが、残念ながらこれは立派な古代兵器というわけだ」

「わけがわからん」

「すぐに分かるようになるさ。水晶盤が作られたのは六百年以上前。当時の大陸勢力が侵攻して来た際に、日本が太古のテクノロジーから作り出したとされる。こういった強力な兵器は江戸時代に集められて破壊されていったが、その手は樺太まで届かなかったようだな」

 ピシピシと音がたった。

 樺太の島の表面から水晶の駒達が自力で分離し、立ち上がっていく。その数は三十体ほど。

 色は、積もった埃のような灰色だ。ある駒は二本の足で立ち、ある駒は四本の足、そしてまた、ある駒は車輪を持っていた。

 彼らの大半は樺太南部に固まっている。

 唐突に気付いてアメフはぞっとした。

 この灰色の一団は、樺太に上陸した日本軍の醜悪なカリカチュアなのだ。

 それぞれがその形状で歩兵、騎兵、あるいは機械化部隊を表しているようだった。

「馬鹿な」

 アメフは激しく首を振る。

「そんなわけがない。これが六百年前に作られたのなら、日本軍を模した駒であるはずがない……」

「いや、そうでもなさそうだ。見ろよ」

 ソウが灰色の駒のなかで最も大きな物をさした。それが天へと掲げている突起は王冠を想像させる。

「これが王将だろうけど、こいつが座っている場所は大泊だ」

「日本軍の司令部か! くそっ! この王将はカマクラ将軍を表しているのか! どういうことだ?」

「知らん」

 ソウは言ったが、その顔の笑みは隠していない。

「だが、当時の技術は本当に素晴らしかったのだろうな。今なお、これだけ正確に敵軍を評価できるのだから」

「水晶盤は調査の機械なのか?」

「……いや、これが完全に稼働するなら、その能力はこんな物じゃないはずだ」

 新たな駒が音を立てて盤面から生えた。二つの王将が並んで立ち上がる。一方が赤で一方が青。

「どうやら僕が赤のようだな」

 ソウがあごに手をあてがって言う。

 気がつけばソウの手元の駒は赤く染まっていた。炎を固めて作られたダイヤのような赤だ。

 対してアメフの駒は、悲しげな青。

 ソウは手元の駒をいくつか王将のまわりに並べてみた。この王将が自分自身であるということに、もはや疑問を抱いていない様子だ。

「ゲームスタートだ」

 水晶盤が脈動し、それに呼応して二人の足下の樺太も震えた。



 微弱な地震とともに人間には感知するすべのない声が波となって樺太を駆け巡り、太古の忘れられた信号が飛び交った。



 無音だった森は今、騒音に満ちていた。地面がひび割れ、死んだ巨木がひっくり返される。

 ソウとアメフは急いで秘密基地から飛び出る。日本軍の登場にしてはあまりに騒々しい。

 これは天災だとアメフは考えた。

 ソウの発掘は、この島の地盤になにか悪影響を与えたのだろうか。

 二人の眼前の大地が立ち上がり、めくれる。

 アメフは即座に伏せた。だが、ソウが惚けたように突っ立っているのを見て、毒づいた。

 困った発掘屋だ!

 そのとき、地中から赤黒い異形がその身を引きずり出した。泥をはねとばしながら甲殻に包まれた四肢をくねらす。

「化け物だ!」

 アメフはうめいた。信じがたいことだ。

 恐怖に似た衝撃がその心をわしづかみにした。武器は? 秘密基地の中だ。取りに戻る暇はない。

 化け物の単眼がゆっくりと二人へと向く。


 そして化け物はゆっくりと……平伏した。ソウに向かって。

「なんだと?」

 アメフは唖然とした。ソウの肩が震えた。そして彼は狂気じみた笑い声を漏らす。

「完璧だ!」

「……ソウ?」

「まだ分からないのか? これは僕の駒だ。現実の日本軍が水晶盤の上に存在するのと同じく、水晶盤の上の駒は現実に存在するんだ」

 アメフはそんなの信じられない、という顔でその化け物を見ていた。

 神話に悪者として登場しそうな姿だ。四本の節ある後脚で体を支えていて二本の前脚にはカマキリの様な鎌がある。身長は六メートルはあるだろう。圧倒的な重量感を誇って、微動だにしていない。

 そして、いまやソウが水晶盤の上に置いたのと同じ数だけの化け物が樺太の上にいて、主人の命令を待っているのだ。

「僕が今まで発掘した物の中で一番劇的な効果を引き起こす道具だな。さあ、アメフ、ゲームの続きだ」

 ソウは秘密基地へと戻ると、水晶盤の前に座る。

「日本軍は樺太の解放派を滅ぼすことは出来たが、奴等はまだ勝ってはいない。次は僕達の番だ。日本の子は眠る前に僕達を恐れることになるんだ」

 アメフはもう一度化け物を見上げた。そして、腹を決めてソウのところへ戻っていった。

 ソウは嬉々として新たな下僕を樺太のどこかで目覚めさせている。

 他に樺太を脱出する方法なんてないんだ、とアメフは自分に言い聞かせ、青い駒を樺太に置いた。

 水晶盤と樺太が歓喜を表すかのように再び震えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ