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2 鋼の軍団

 樺太南部大泊。日本軍本拠地。

 カマクラ将軍は名将らしい、石碑のようなどっしりとした態度の男だが、その全身に鋭く力がみなぎっている。クノッソス宮殿にいるらしいミノタウロスがその名だけで敵をひるますのと同様、カマクラ将軍にもなんというか、常人離れした迫力というものが備わっていた。

 彼は左腕でドイツ製の懐中時計をとって時間を確かめた。千もの精巧なねじや歯車で作られたこれは、一年に一度巻くだけで、正確無比に時間を刻んだ。だが、それほどのものを作る技術を持っていたにもかかわらず、すでにドイツという名の国はない。ヨーロッパでの絶え間ない闘争は国を倒し、文明を根こそぎにしてしまうのに十分な威力を誇ったのだ。

 油断ならない時代になったものだとカマクラ将軍は思った。

 黒檀の箱を開き、中から紙巻きを手に取った。まずい国産ではなく、南米からの希少なものだ。

 それを手にもてあそびながら彼の部屋の南にもうけられた大窓へと歩み寄る。歩く度に腰のサーベルが金属的な音を立てた。カマクラ将軍は金色のライターをとりだし、紙巻きに火をつけ、そして深々と煙を吸い込んだ。

 眼下ではカマクラ将軍の手足となって動く軍隊が、次の戦に備えて静かに待機している。

「イズキ中佐、まいりました」

 廊下の方から静かな声が聞こえた。

「入れ」

 木製の堂々とした扉が開き、イズキ中佐がきびきびと入ってくる。

 時間通りだ。イズキ中佐はPCO軍令本部から派遣されてきたカマクラ将軍の副官だ。常につまらなそうな顔をした痩せぎすの男だったが、カマクラ将軍の求める仕事は果たしていた。

「海岸から全ての物資を大泊に運び込みました。敵対勢力である解放派の遺体、遺棄兵器へ検分チームを派遣。そのうち気の利いた報告をよこすはずです」

「海軍どもはどうした?」

「彼らは我々の忍耐を試してやろうとでもいうかのように、眠っている部下達の隣で樺太内陸へと艦砲射撃を行い、やがて割当弾薬を消費したとのことで、間宮海峡へと進んでいきました。部下達は割当睡眠を消費できなかったことに関してぶつくさ言ってます」

「うむ」

「報告は以上です。ところで本土から伝令が来たようですね」

「その通りだ。よく分かったな?」

「あの、赤と黄緑色のしましま模様に塗装された特使機は目立つんですよ。たぶん、ここから長野県の人間、全てが特使機に気付いているのでしょうね」

 カマクラ将軍はゆっくりとうなずく。日本軍特使機が派手な塗装をほどこされている理由は、てんとう虫が目立つ出で立ちなのとまったく同じ、警戒色。伝えんとしているメッセージは明白だった。『これを撃ち落としたら、その代価は高いものとなるぞ』、だ。

「それで、伝令はなんと?」

 カマクラ将軍はイズキ中佐の問いには答えず、磨き上げられた長靴のつま先で床を引っ掻き耳障りな音をたてた。

「来い、イズキ中佐。ここへ立つのだ。見よ、わしの軍団を」

 カマクラ将軍は眼下の軍団を誇るかのように両手で示した。

「精強な軍団です。あー、これはお世辞でない意見ですよ」

「そうだ」

「そして、もはやこの樺太にこれに対抗できる勢力はありません。原住民はもちろん、解放派にもまとまった軍団は残っていません。全て我々につぶされました」

 この二週間で、敵対勢力は全て粉砕され終えていた。波打ち際で彼らを止めようとした集団は、くすぶる鉄塊を砂浜にまき散らすだけしか成果を上げなかった。

 これは当然の結果と言えた。

 日本軍の精強さは半島戦争以降、世界の果てまで鳴り響いていたし、カマクラ将軍は戦の勝ち方というものを知っていた。兵はカマクラ将軍の期待によく応えて戦果をあげた。

 すでに戦闘は残敵の掃討という段階に入っている。カマクラ将軍はこの大泊の本拠地にとどまり、直接の指令はもう出していなかった。

「その通りだ」

 カマクラ将軍は言って、窓のわきの戸棚を開けた。

「年代物のスコッチがあるんだが、どうだ、イズキ中佐?」

「消化器官からのアルコール摂取ですか? 小官にその習慣はありません」

「そうかい」

 カマクラ将軍はうなるように言って自分の分だけアルコールを注いだ。

「では、イズキ中佐、なぜわしはなぜ敵のいないこの地で大軍をかかえているのだ?」

「敵ならまだいますね。落ち武者が。まだ過激な解放主義者が森のどこかに隠れているはずです。しかし、彼らを相手するのに閣下のお力は必要ない」

「その通りだ」

「PCO軍令本部は閣下に北方四島を襲えと命じた。違いますか?」

 カマクラ将軍はのどの奥で笑って正解を認め、紙巻きを吸いながら酒を喉に流し込んだ。

 択捉、国後、色丹、歯舞の北方四島は解放主義へ賛同し、曖昧ながら日本へ敵対的と受け取れる態度を表した。しかし、樺太解放派への軍事的な支援は一切行わず、日和見に徹している。

「北方四島が傍観しているのは保身のためだ。解放派への忠義など欠片も持っていまい。そして我々PCOへの忠義もな。解放派が破れた後、その領土をかすめ取り、我々の先鋒面でもしようとしたのだろう。ふざけた連中だ」

「ですね」

 イズキ中佐があいの手を入れた。

「奴等を攻撃するには、より積極的な手法をとるつもりだ。北方四島は我々の奇襲によって、樺太よりも早く陥落するに違いあるまい」

 カマクラ将軍は、手にしたサーベルの先端で床を突いた。


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