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12 水晶盤の覇者

 カマクラ将軍は急速に老い始めたように見えた。なにかに憑かれた表情で戦略室のテーブルから碁盤やら書類やらをたたき落とす。

 ぎょっとした顔を浮かべる士官達をイズキ中佐は追い払った。

「なぜだ! なぜわしは水晶盤をこうも理解できる!?」

 イズキ中佐は口を開いたが、老人の今の言葉が自分への問いでないことにすぐに気付いた。

 老人は素早く樺太の地図の上に日本軍を表す人形を並べていった。同時にイズキ中将もどこからともなく化け物を表す人形を取り出し、地図の上に並べていった。

 カマクラ将軍は苦しげに息を吐き、そして骸骨のような笑みを作った。

「だが、いまやわしもこのゲームに加わっているようだな」

 地図の上の人形が自力で動き出した。



 現実に作用する水晶盤の効果で、現実は改変されていく。

 そんななか、この樺太でのゲームはその様相を変化させた。

 日本軍側もゲームのピースの一つと化し、ゲームへと適応していった。



 日本軍の灰色の駒は青の駒、赤の駒と同等の力を発揮した。

「なんだと!?」

 ソウが驚愕の声を上げた。

 日本軍の灰色は、攻め込んだ青を一瞬で囲んで砕いた。

 コブラのように鋭い反撃だった。まるで花火のように青い破片が水晶の上を弾け飛んでいく。

「くそ! 僕の軍勢が!」

 一方、アメフの軍勢はすでに体勢を整えていた。

 赤は殺意の奔流となって樺太を縦断する。

 だが、灰色の軍勢も不自然な滑らかさで迎撃の体勢を作りだす。

 アメフは鈍いショックとともに悟った。敵の動きはゲームの駒の動きだ。もはや戦場には怒りや恐れといった感情は存在しない。あるのは指し手の打算だけだ。

 カマクラ将軍を表す灰色の王将が禍々しい精気に満ちて日本軍本陣大泊に直立していた。

 ソウにはもうビショップやナイトといった主力の駒は残っていなかった。

 だが、アメフにはまだ十分な手勢がある。鋭い武器の穂先を敵に向け、その現世のものとは思えない姿で戦場を突き進む。

 だが。

 それは……それは組織的に迎え撃つ不気味な日本軍の駒と比べて、滑稽なほど弱々しく見えた。




 イズキ中佐は司令部から落ち着いた足取りで出てきた。

 すぐ近くの戦場では血みどろの戦が広がっているが、いまや流れるのは赤い血ばかりではない。ぎらりと軍刀が光って化け物の首が落ちるのが見えた。

 そして、日本軍の兵の動きは化け物のそれだ。一切の感情を浮かべず、機械のように化け物に襲いかかる。

 力で負けても数では遥かに勝っていた。

 化け物の巨大な爪に貫かれ、あるいは切り裂かれた兵士は役目を終えたとばかりにその場に倒れて動くのをやめた。

 軍勢を指揮するのは名将、カマクラ将軍だ。

 勝利は動くまい。

 だが、イズキ中佐は眼前で行われている戦は度の低い行事でしか無く、まったく興味を持てない、といった顔で歩き続けた。

 そして先ほど撃ち殺された化け物の死骸のわきで立ち止まった。

「ほう。まだ機能が生きているとは。流石はオリジナルですね」

 イズキ中佐は黒い血で汚れた表皮を撫でて言った。それから手袋を脱ぐと、化け物の表皮に指で複雑な模様を描きはじめた。

 化け物の頭を失った首の切断面からごぼごぼと体液がほとばしる。

「ソウさん、アメフさん、はじめまして」



 初めて聞く声にアメフはばっと身構えた。

 水晶盤の底に波打つ黒い液体からすでに壊れたソウのビショップが浮かんでいて、それが声を伝えているのだ。

「誰だ?」

「PCOのイズキ中佐と申します」

「日本人か!」

「あなた方には礼を言わねばなりませんね。カマクラ将軍を覚醒させてくれたのですから。まさかこの時期に、こんな場所で、こんなことになるとは、夢にも思いませんでした」

「覚醒だと!? おまえ達なにを企んでいる? 日本を牛耳る、PCOとは何だ?」

「PCOとは人々によりよい世界を提供しようとしている者の集まりですよ。水晶盤には我々も昔から興味を持っていました。どうなんです? さぞ素敵な使い心地なのでしょうね?」

 声はそれがなにかの気の利いた冗談でもあるかのように、はははと笑った。

「僕達の水晶盤が欲しいのか?」

「いーやいや。カマクラ将軍も言っていたでしょう? そんな物、過去の遺物です。現代には必要ありません。そんなもの無くても我々PCOに導かれた日本は天下をつかめますよ」

 ソウの目がかつてないほど鋭くなった。

「しかし、あなた達二人のことは高く評価していますよ。あなた達は実に大胆です。どうです、我々PCOに――」

「加われと? 断る」

 アメフは相手の口調に嫌悪感しか感じなかった。

「同感だね」

 ソウも言った。

「まあ、そうでしょうね。PCOの理念は解放派の理念の対局に位置していますからね。解放派は我々PCOやそれに似た組織のアンチテーゼとして産み出されたのではないかとときどき思うことがあります」

「なにをごちゃごちゃと――」

「どうやら、この乱痴気騒ぎも終わりのようです」

 灰色と青はぶつかり合った。

 このゲームで最も激しい衝突であった。破片が水晶盤の外にまで飛んだほどだ。

 両者は入り乱れて斬り合い、二つの色が混じってしまいそうになるほどだった。

 だが、アメフの力はカマクラ将軍に一歩及ばない。

 それは戦に関する圧倒的な経験の差だった。なんと遠い一歩だろうか。

 最後の青いナイトが複数の剣に貫かれて砕け散った。

「万に一つの確率でしょうけど、努力によってはあなた方に生き残るチャンスはあるはずです。努力して下さい……」

 イズキ中佐の気配は消え去った。

 ゲームは終わりだ。

 ソウとアメフにはもう操るべき駒が無かった。


 二人は敗北したのだ。

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