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11 対話

「サキカワ大佐の部隊もほぼ総崩れです。大泊の外縁守備隊は原型をとどめていません」

 イズキ中佐は相変わらず、あらゆるものに対する興味を欠落したかのような声で報告をした。

「海軍に、撤退の支援の要請をしますか?」

「ふん。時間の無駄だ」

 カマクラ将軍がうなるように言った。その言葉は強がりとも、絶望からきた無意味な言葉とも受け取れた。イズキ中佐は死にかけた軍を再編するべく出て行く。

「わしの手銃を持て。カマクラ将軍自らが敵の相手をする」

 分厚い木の扉が弾けるように開いて、第二種軍装をまとったカマクラ将軍が指令本部から姿を現した。両側に護衛が続く。なんの前触れもなくカマクラ将軍前方の対空監視塔がメリメリと音をたてて崩れ、粉塵を巻き上げた。

 そこには不気味な外骨格を備えた化け物の姿があった。

 護衛達が後ずさる。

「うろたえるな。立つべき場所に立っておれ」

 カマクラ将軍が深い声で部下を静めた。

 そして巨大な敵へ向かって声を張り上げる。

「化け物よ、なんの目的で日本軍を、わしの軍を襲う?」

 化け物は鈍く光る単眼でしばらくカマクラ将軍を見下ろしていたが、ゆっくりとその鋭利な鎌を下ろした。

 敵はこちらの将を識別できるのか、とカマクラ将軍は不愉快な気持ちになった。

 化け物が音をたててその大顎を開くと、そこからしわがれ、雑音にまみれた日本語が流れてきた。

「目的? 復讐とでも言うべきなのだろうか。おまえ達がやって来て、こっちを大勢殺したから、こっちもそれをやってやっただけだ」

「解放派か」

「御名答。カマクラ将軍、はじめまして。あなたの名前は以前からよく耳にしていた」

 化け物から言葉は発せられたが、化け物は微動だにしない。

 背後で喋っているのは発掘屋なのだろうか。あるいは傭兵か。

「貴様も名乗ってはどうだ?」

「それほど高貴な名は持っていないさ」

「よかろう。では解放派指揮官、休戦しないか? そちらも少なくない兵が傷ついただろう」

「そちらほどじゃないさ」

「だが、これ以上戦うことになんの意味がある? 我々は樺太から去るつもりだ。戦わずとも樺太は自動的に貴様の手に入る」




 ソウは陰鬱な笑い声を首の無いビショップに注いだ。

「将軍、勘違いするなよ。おまえは僕達と戦争をしているわけじゃないんだ。僕達に狩られるための標的なんだ」

 アメフはソウの言葉を黙って聞いている。ソウよりましな外交能力を持っているとは思っていないし、カマクラ将軍にかけるべき言葉も無かった。

 あの悪党には迅速な死こそがふさわしい。

 カマクラ将軍は絶句でもしたのか返答しない。かまわずソウは言葉を続けた。

「将軍、おまえの軍はすでに崩壊した。抵抗をやめて逃げ出したらどうだ?」

「なんだと?」

「僕達はゆっくりとおまえ達を追いかける。運が良ければ、おまえ達の何人かは生きたまま海に飛び込めるだろう。おまえ達も巨大な敵に追いかけられる恐怖を体験しておけばいい」

 おやおや、とアメフは苦笑した。カマクラ将軍を動かし、狩りやすくしてアメフとのゲームを有利に持っていこうという肚か。

 困った奴だ。

 ソウは素知らぬ顔だ。




「このわしがそんなことを受け入れると思ったか?」

 カマクラ将軍の顔が紫色へと変わった。

「さあな。まあ、いいや。どのみちおまえを殺せばおまえの部下は逃げ散るだろうよ。大した変化は無い」

 化け物は会話を切り上げる気配を見せた。

 カマクラ将軍は激怒を装っていたが、思考は敵を冷酷な刃先のように分析していた。

 化け物の背後にいるのがどちらの敵なのか、確信は持てなかったが、発掘屋の方だろうと予測を付けた。軍人にせよ傭兵にせよ、人殺しは手柄首を前にして多弁にはならないものだ。

 だとすれば、敵は人間よりも骨董を相手にするのが得意な者だろう。

「ところで、その新しい掘り出し物の使い心地はどうなのだ、発掘屋ソウよ?」




 ソウの肩がびくっと震えた。目が見開かれる。

「正体を見抜かれた?」

 息が詰まったような声でつぶやいた。

「落ち着けよ」

 アメフが低く言う。

 カマクラ将軍がいかに勇将であろうとも、奴は敗北寸前だ。

 水晶盤がソウに落ち着きをもたらした。



「流石だよ、将軍。僕の正体なんかとっくにお見通しか」

「ソウよ、貴様がわしを憎む理由など無いのではないか? むしろ感謝してもらいところだ。解放派は貴様の才覚を認めていなかったそうではないか。わしが連中を葬り、引き起こした混乱のおかげで今の貴様があるのと違うか?」

「それもそうだな。感謝しているよ、将軍」

「貴様は解放派にとってなんの役にも立たなかった。貴様にとって解放派の理念なんてものは価値を持っていまい? 貴様に出番のある世の中があるとすれば、貴様より強い者が皆死んだあとの世の中なのだろうな、小物よ」

「よく舌が回るな将軍? 今までどのくらいの敵をそうやって惑わしてきたのだか知らないが、そろそろゲームを再開させてもらうぞ。僕はすでに大きすぎるほどの力を手にしているんだ」

 カマクラ将軍は体を震わすと、歯の隙間から絞り出すように大声を発した。

「力だと? 貴様が地中から掘り出した骨董ごときが世の中をどうにか変えれると思っているのか! 笑わせるな! 時代が貴様らのような発掘屋を必要としていないのが分からんのか! 貴様の自慢の骨董なんかこの手で砕いてやる! 貴様なんか――」

「僕の水晶盤は無敵だ!」

 化け物の喉から発せられた声はきしるような叫びだった。カマクラ将軍は声に殴られたかのようにぐらりとよろめいた。軍帽をむしり取り、両手で頭を覆っている。その顔は苦悶の仮面だ。

「水晶盤!」

「カマクラ将軍、砕かれるのはおまえの方だ!」

 化け物がその鎌を構えて突進してきた。

 護衛がうおっと叫んで銃を撃つ。カマクラ将軍はまだなにかわめいていたが、猛然たる銃声が全ての音を圧倒する。

 頭だ! 化け物の頭を撃て!

 護衛達の口が動く。

 化け物には他に急所らしい急所は見当たらない。

 銃弾は化け物の目を撃ち抜き、さらなる攻撃が頭を熟した果実のように裂いて割った。

 だが、化け物は止まらない。よろめきながらもカマクラ将軍を押しつぶす決意に燃えているようだった。

 その巨体がわめき続けるカマクラ将軍にせまる。

 唐突に強力な機関砲弾がやってきて化け物の後頭を襲った。

 一瞬、化け物はそれにさえも耐えたが、黒い卵をつぶすようにして化け物の頭部は完全に爆ぜ消えた。

「すいません、将軍。ホデラ大佐の部隊の生き残りを集めるのに時間をくってしまいまして」

 一団の兵と装甲車を率いてイズキ中佐が戻ってきた。

「戦線はすでに修復不可能なほど叩かれていますので……おや将軍? 大丈夫ですか?」

 カマクラ将軍はもう将軍に見えなかった。わけのわからぬたわごとを化け物の赤黒い死骸へとわめきたてる老いた男でしかなかった。その目は灼熱の溶鉱炉の目だ。カマクラ将軍を将軍たらしめていた理性は、寸分も見当たらなかった。

 イズキ中佐は目を見張ったのかもしれない。それでも、外見的にはなんの変化も見せなかった。

 やがて、カマクラ将軍は肩で息をしながら罵り声をあげるのをやめた。

「……よくやったイソダ中佐!」

「イズキです」

「そうだ! わしは思い出した!」

 彼は護衛を突き飛ばし、よろめくように司令部へと急ぎ戻った。

「敵は水晶盤だ! ここで食い止めろ!」

 イズキ中佐はその場を部下に任せてあとを追った。

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