表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/66

第四話 シーン二【旅立ち前 イグス領主の館にて その二】

第四話 シーン二【旅立ち前 イグス領主の館にて その二】





「おはよう、レアンくん。今日からさっそく修行よ。ふ〜♪」


「ひああああっ⁉むがっ⁉」


 気配も足音も完全に消したキョーコが、早朝のレアンの寝床を襲う。


 耳に妙に熱のこもった吐息を吹きかけられ、レアンが叫んだ所をキョーコが手で口をふさぐ。


「しーっ、まだ朝六時前よ♪一〇分くらい寝顔見てたんだけど、全然気づいてくれなくて意地悪しちゃった♪」


「……ふええ、そうなんですか気づきませんでした。おはようございます。こんなに朝早くどうしました?」


 完全に目覚めたレアンは目をパチパチさせてキョーコを見ると、不思議そうな顔をされる。


「忘れちゃったの?今日から修行開始だから、今から軽く走りに行くわよ♪」


「あ……はい!」


 レアンは慌てて着替えると、薄暗い朝の庭を横切り屋敷の外に出てふたり並んで走る。


 あくまでもゆっくりで、先頭を行くキョーコは後ろを見ず無理のないペースを続けた。


「ふ~♪朝の空気はやっぱりいいものね♪」


「はいっ!はっ、はっ、そうですね」


 三〇分くらい緩やかな坂道を下ったところで休憩すると、キョーコは小さなカバンから革の水筒をレアンに差し出す。


 頭を下げて受け取り息を整えながら喉に流し込むと、ちょうど朝日が昇ってきて陽の光が目に染みる。


「レアンくんって基礎体力は十分あるのよね。ジョルジュからだいぶしごかれた?」


 レアンは父を呼び捨てにする人はいなかったので一瞬誰のことか考えたが、すぐに幼少期からの鍛錬を思い出した。


「父はボクが次期領主にふさわしくなるようにと、五歳から剣術や格闘を教え込まれました。ですが、ボクは昔から気弱で体が丈夫では無かったので、期待に添えられてなかったと思います」


 厳格な父の前ですぐに泣き出して、練習がきつくなると翌日熱を出して寝込んでばかりで困らせていたと思う。


 あまり無理をさせないでと姉や母が間に入ってきて、止めていたこともある。


「なるほど。正直合う合わないがあるから、誰でも鍛えれば強くなるわけではないのよね。だけど、今のレアンくんの体を形作っているのは間違いなく幼少期の積み重ねなのよ」


「そうですね、今は感謝しています。そういえばエル姉さまがボクをかばって『レアンばかりじゃなくて私も鍛えてください』と一緒に練習しはじめたのですけど、ものすごい早さで剣術がうまくなって、父もかなり驚いていました『どうしてこの才能がレアンに無かったのか』と」


 姉への劣等感もほんの少し生まれたが、それよりも一緒に練習することで大変さを理解してくれる人がいて嬉しかった。


 そして姉エルネスティーヌも稽古で疲れたレアンを気遣ってか、練習後余計に甘やかしてくれるようになる。


「難しいわよね。家を背負った責任や期待に応えることって。……じゃあ、そろそろ行きましょうか」


 キョーコは少し悲しい表情をしてから、立ち上がりレアンの頭をポンポンと叩く。


 レアンは「はい!」と返事をしてまた一緒に走り出した。





 レアンが今日から修行をはじめたことは、すぐにサツキたちに気づかれた。


 早朝ランニングを終えて汗を流して朝食を終えると、一時間ほど休憩後に剣術の訓練に入る。


 さっそく見学の姉妹とレティが見守る中、レアンとキョーコが向かい合う。


「レアンくんは宗教上の関係で刃物の使用は禁止よね。じゃあ、午前中は打撃棍メイスで訓練したあと午後に木の剣でも練習しましょうか」


「はい!よろしくお願いします!」


 レアンは鉄の打撃棍を手にして向かい合うが、キョーコは木の剣を片手にぶら下げているだけだ。


「どうしたの?レアンくんの今の力を見せてくれる?」


「キョーコさん。もしメイスが当たってしまうと、怪我をさせてしまいます……」


 相手は木の剣で受け止めるのは無理とためらっていると、キョーコは笑って剣を構えた。


「本当に私に当てられると思っているの?……来なさい?」


「う……行きます!てああああっ!」


 短いステップで詰め寄りレアンにとってやや重いメイスを振り下ろすと、キョーコは木の剣でわずかに軌道をそらす。


 それだけで体勢が崩れそうになる所を踏ん張り、返しの一撃を横に振るうがキョーコは寸前の間合いでかわしてレアンの武器をもつ手を木の剣で軽く叩く。


「うっ……!」


 軽いはずのキョーコの一撃にビリビリッと衝撃が来て、簡単にメイスを取り落としてしまう。


「ママ、さすが……!」


「……レアンも頑張ってる、です」


 サツキとハヅキが息を呑んで見守っているが、レアンは痺れた手をさすってメイスを持ち直すがあまり力が入らない。


「どう?もう降参する?」


「いえ……まだこれからです!」


 レアンは両手で持ち直して何度か振るうが、たった一回の衝撃で動きが鈍くなってしまった。


 それから何度もキョーコにメイスを払われて地面に落として持ち直してと繰り返していくうちに、攻撃の手が滑ってキョーコにメイスを投げてしまう。


「あっ……!危ない!」


 だがキョーコはメイスを軽く避けながら柄の部分を掴んでキャッチすると、レアンに返す。


「もうっ……ちゃんと握っておかないとダメだぞ♪」


「……本当にごめんなさい。参りました。握力がなくなったので休憩させてください」


 力の差をあらためて思い知ってレアンはうなだれると、その場に座って荒い息を整える。


 キョーコはそんなレアンの前にしゃがんで、武器の頭に触れながら説明してくれる。


「レアンくん。このメイスって大人用では小さい方なんだけど、あなたには少しだけ重いかも。あともうひとつ、剣と同じ振り方をしているとダメよ。なぜならメイスは先端が重くなっていて、バランスが違う。だから剣で叩くよりバランスを取る方に重きを置かないと、武器の重さに体が持っていかれるわ」


「……ありがとうございます」


 キョーコに慣れない武器の使い方をしていることを見抜かれ、武器の本質を説いてくれるのは本当にありがたかった。


「じゃあ、一回休憩しましょ♪痛かったでしょ?手を見せて?」


「すみません、キョーコさん」


 キョーコはレアンの手を打った所を見て傷薬を塗ると、ふたりで側の石に腰掛けた。


 すると今まで黙って見ていたレティがキョーコの前に近寄ってきて頭を下げる。


「キョーコ様。わたくしも一緒に修行させてもらえませんか?」


 予想しなかった行動にほぼ全員が驚くが、キョーコだけは冷静にレティを見る。


「王女殿下、頭を上げてください。噂によるとフェルナ聖騎士の男性とも渡り合える強さと聞きました。それ以上強くなる理由がおありでしょうか?」


 質問にレティは真剣な表情をわずかに緩める。


「キョーコ様……いえ、キョーコさん、ここではお互いの立場は忘れましょう。私は本来前線に出て戦う立場ではありません。しかし、私は城での襲撃に為す術も有りませんでしたからまだ未熟なのです。何より……」


 レティはそこまでいって下を向いて何かを我慢していたが、やがて顔を上げて目をキラキラさせて大声を上げる。


「これだけ強い人がいたら戦ってみたいじゃないですか!どんな技使うんだろうなんて、ワクワクしちゃいます!」


 さすがのキョーコも目が点になって、しばらく固まっていたがこらえきれなくなって笑い出す。


「……うふふふふ♪あははは!……レティさん、あなたすごいお転婆姫なのね♪これじゃエリックも苦労したでしょう♪」


「ふふ……ええ、城の花瓶を割ったり泥団子だらけにしたり、カエルを大量に捕まえて放つのが日常茶飯事でした!」


 ふたりのやり取りを見守っていた三人は、釣られて笑ってしまう。


「へええええ!そうなんだ!お姫様で超美人だから高嶺の花?だと思っていたけど、めっちゃ親近感わいたかも!」


「……意外と庶民的……イタズラ姫、です」


 サツキとハヅキが意外な過去に驚いていると、レティはウインクして指を一本立てて横に振る。


「だって、わたくしの父は一般市民出身ですもの。お城の生活は堅っ苦しくて、息が詰まりそうだったの。だから暇があれば筋肉を鍛えて、槍の稽古ばかり。ドレスを着た時腕が太かったらおかしいとメイドにいわれて、泣く泣く控えていたくらいよ」


「ムキムキレティ……あはは」


 レアンは以前にも聞いた話だが、筋肉もりもりのレティがドレスを着て王の間に座るのを想像して吹いてしまう。


「あ、この流れ、サツキもいける?ね?ママ。サツキも修行させてほしいんだ!もっと強くなりたい!ちゃんとした前衛として戦いたいんだ」


 サツキが一歩前に出るとキョーコは「しょうがないわね」と頷く。


 残りひとりになったハヅキはみんなの視線を受けるが、首を横に振る。


「……私は私、です。魔法は母さんの専門外」


「正解♪ハヅキちゃんも明日からになるけど手伝ってもらえると助かるわ♪」


 キョーコは立ち上がってハヅキの肩に手を置いて、他の三人に向き直る。


「じゃあ、今日の昼の部から三人まとめて修行するわね。そうね、これだけ多いと別の人にも先生役をお願いしなくちゃ……。ハヅキちゃんもよろしくね♪」


「……報酬は?」


「そうね、デザートにわらび餅作っちゃうわ♪いっぱい食べても太らない魔法のお菓子よ♪」


「……引き受けた、です」


 ハヅキとも折り合いがついて、ふたりを加えて昼から修行をすることになった。





 レアンとサツキは木の剣、レティは二メートルの棒を持って基礎的な素振りをする。


 その様子をキョーコが見ながら指摘していくのだが、実に理にかなっていてレティも納得している。


「わたくしキョーコさんと戦いたい気持ちばかり先走っていたけど、やはり実戦経験が長い方にはいろいろ気付かされます」


 レティは途中から予備武器として短剣を持たされ、その訓練も一緒に行う。


「槍は確かに強い武器だけど、手元に入られた時のリスクと部屋などの狭い場所では使いづらい弱点があるので、もう少し武器や格闘での練習もやりましょう」


 そして基礎練習を中心とした午後は終わり、お風呂に入って夕食の時間になる。


 王女が滞在中のせいもあるのか、とくに夕食は豪華だ。


 また領主ヤーコフが食通なのもあり、いろいろな地方からの名産品があってハヅキは喜んでいる。


「……この爽やかで酸味があるクリームは、パンにも合って肉料理にも合う……すごく美味しい、です。もぐもぐ……はむはむ」


「おお、素晴らしい食べっぷりですな。そのサワークリームはスメタナといって、肉料理のビーフストロガノフにも入っています。中々他の地方ではお目にかかれないと思います」


 ハヅキの食欲に好印象のヤーコフが説明してくれ、レアンも食べたことがない料理を堪能した。





 夜になると領主の館の応接間で、昨日の話し合いの続きを再開する。


「最初に、レティ様直属のフェリエ様に宛てた使者は本日昼前に出発しました。もうしばらくの間続報をお待ちください」


「本当にありがとうございます、ヤーコフ様」


 レティが礼をいい、ヤーコフが微笑み返してから全員を見渡す。


「さて今日はレアン様の帰郷の件を提案できたらと思います。率直に申し上げますと、レアン様の帰郷の件で最重要の課題は同行してくださる方の確保です。もちろん資金面も潤沢な必要はありますが、それ以上に大陸の四分の三ほどある四五〇〇キロの道のりを、送り届けてくださる信用のおける方は中々いません。馬車で順調にいっても九〇日、実際は一〇〇日以上の長旅になるのですから」


 ヤーコフは周りの反応を見て、次にキョーコと娘たちを見る。


「キョーコ様、サツキ様、ハヅキ様。レアン様の手伝いをしていただけませんか?あなた方でしたら冒険者としての力も経験も、レアン様との関係も申し分ない。もちろん移動資金とは別に護衛料金もお支払いします」


 ヤーコフのお願いにレアンはうつむいてじっと待っていると、キョーコは姉妹に目で合図をして話しはじめる。


「そうですね……それを受けるにはいくつか条件があります。ひとつは最短ではなく、娘たちの治療で竜脈の祭壇に寄りながらのルートであること。もうひとつは故郷リーセに送り届けた後は領地の問題には関わらないこと。私たちの報酬は最短ルートの日数分で結構です。これでいかがでしょう?」


 イマイ家の三人で事前に話し合ったのだろうか、具体的な詳細にサツキとハヅキは納得の顔をしている。


 するとヤーコフは少し考えて今度はレアンに尋ねてくる。


「レアン様としては今の内容で何か疑問点や問題点などありますかな?」


「いえ……ボクも治療の件では少しでもお役に立ちたいと思っていますし、あまり恩を返せないままさらにお世話になる以上、これ以上の条件はありません。どうかヤーコフさん、みなさん……よろしくお願いします!」


 レアンは立ち上がり、先にヤーコフに頭を下げてからイマイ家の三人に頭を下げた。


 するとサツキとハヅキが立ち上がって、レアンを軽く抱きしめたあとヤーコフに向かい合う。


「サツキからもお願いします!ヤーコフさんの力をレアンに貸してください!」


「……ここまで来たら一蓮托生、です。おうちに届けるまでは任せて」


 サツキが頭を下げて、ハヅキが親指をグッと立てる。


「……よかった、本当に」


 そこまで硬い表情で見守っていたレティも、安堵した顔になる。


「では、これでレアン様の件は決定しました。みなさん、どうぞよろしくお願いします」


 最後にヤーコフが頭を下げて話し合いは終了した。





(続)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ