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第四話 シーン一【旅立ち前 イグス領主の館にて その一】

第四話 シーン一【旅立ち前 イグス領主の館にて その一】





「おはようございますわ、レアン姫☆お目覚めの時間ですことよ」


 レアンの寝室にノックして入る人影があった。


 言葉遣いの怪しいサツキが、ユサユサと寝ているレアンを揺らす。


「……ふああ……おはようございます、サツキさん。……ボクは姫ではありません」


 寝起きの頭でベッド横に立つサツキを見ると、本物の給仕の服を着ていてびっくりしたが間違いは否定しておく。


 サツキはヤーコフから三年前の舞踏会でドレスを着たレアンの話を聞いたあと、事あることに着替えさせようとしてくるのだ。


「いいえ、そんなことはありませんですわ姫様☆今日はお召し物をご用意しましたわ。どうぞ、お着替えになってちょーだいませ☆」


 サツキが服を用意してくれているが、明らかに舞踏会で着るような真紅のドレスでげんなりする。


「またそんなものもってきて……どこで借りてきたんですか?」


「え?これはなんかずーっと昔ママがドレスコード?的な感じで作ってもらった服らしいよ。何年前の服か知らないけど、レアンにピッタリかなって☆」


 サツキはベッドを出たレアンの後ろに回って抱きしめるように服をあてがい、丈の長さを確認して鏡に写った姿を見る。


 そこにはレアンであってレアンでない女の子みたいな自分が写る。


「ううっ……恥ずかしいですよー」


「うわー!なしてこげん可愛いとー☆たまらんけん……鼻血出そうばい」


 身の危険を感じてサツキの腕から逃れようとするが、興奮しているのか余計に抱きしめてきて背中にやわらかいものを押し付けてくる。


「うわっ!抑えてください、サツキさん!その……当たっていますよ」


「んー?☆お洋服当ててんのよー☆ほら、観念しなさーい!」


「ひゃあああああっ!」


 イグス領主の館にレアンの悲鳴が響き渡った。




 事の発端はイマイ家に領主ヤーコフが来訪した時にさかのぼる。


 エカチェリーナとの悲しい別れを経て、ヤーコフは事件への謝罪とともにレアンとレティの帰郷を支援することを申し出た。


 ふたりはまたとないチャンスをありがたく受け、さらに出発準備が整うまで連絡のつきやすい領主の館に滞在を勧められて現在に至るのだ。





「あの……あまり見ないでください……」


 結局断りきれなくてなくてドレスを着たレアンが応接間に入ると、そこにいた全員の視線が集まり真っ赤になって下を向く。


 その恥じらいも絵になって、一同から感嘆のため息が漏れる。


 サツキがこだわって髪の毛を整え、アクセサリーもつけて気合の入りようが違う。


「……あの、気を悪くしたらごめんね?三年前より綺麗になったわね、レアン」


 最初に感想をくれたのがレティで、お世辞ではないのが伝わってどうしたらいいのかわからなくなる。


「これはレアン様、大変お似合いでお美しい。キョーコ様も立派なドレスをおもちでしたな」


 次に領主ヤーコフが褒め、執事のイヴァンもしきりに頷いている。


「あー、ドレスは……えっと。……たぶん二〇年くらい前に王都で仕立ててもらった、かも?」


 キョーコが珍しく歯切れの悪い受け答えをしていると、ハヅキが指を折って計算しはじめる。


「……今が……歳だから……ん?何かサイズ感がおかしい、です」


「えー⁉またまた冗談きついなーホント?え?サツキ大きさ負けてる?」


 一緒に指で数えるサツキとハヅキの指を、キョーコがにこやかに包み込む。


「こーら、みなさんがいる前でする話では無いでしょう?ほら、レアンくんも困っているから、早く着替えさせてあげなさい?」


 キョーコの方に話題がそれて、レアンのドレスお披露目会は閉会となりホッとした。


 レアンの自室に戻りサツキに着替えを手伝ってもらうと、彼女が胸のすき間に詰めたタオルを回収する。


「レアンの身長と同じくらいの時にはこんだけ大きいって、かなりショックなんですけど……」


 サツキはブツブツいいながらタオルを胸に当てているが、レアンは気の利いた言葉をかけてあげられなかった。





 その日はレアンとレティとヤーコフを主にして、イマイ家を含めた話し合いに熱が入った。


 難しい問題は山積みだが、まずレティの王都帰還についての話から進める。


「では、まずレスティアーナ王女は直接エリック王に連絡を取るのは危険だとお考えだと」


「そうです、ヤーコフ様。あの賢王と謳われた父上がご乱心したのには相応の理由があると思います。もちろん理由の一端がわたくしの誘拐にあるかもしれませんが、それだけでは無いと考えます。よって、わたくしの直属の天馬騎士団長フェリエに内密に連絡を取るのが最善だと思うのです」


 ヤーコフとレティのやり取りはスムーズに進んでいく。


「現在フェリエ様がいらっしゃる場所に心当たりは?」


「緊急時の本拠地を王都近くにある山場の拠点と決めております。そこへ連絡が取れれば対応できると思います」


「それならば話が早い。さっそく王女に手紙をしたためていただき、早馬を使って連絡を取りましょう。距離にして二〇〇〇キロですので、帰りは伝書鳩も使えば最短二五日程度で連絡がつくでしょう。合流はそうですね……『クーア・トワルス』でよろしいですか?」


「……ちょうどここイグスと王都の中間あたりですね。わかりました。さっそくその方向でよろしくお願いします」


 そこで一旦話し合いは終わったようで、レアンたちにもヤーコフが声をかけてくる。


「それではご足労ですが、キョーコ様をはじめ皆様方にはクーア・トワルスまでの護衛をお願いできますか?もちろん冒険者としての報酬もお支払いします」


 本来はレアンからも王女のことをお願いする所を、あくまでもヤーコフからの依頼という形にする配慮に頭が下がる。


「もちろん、喜んで。いいでしょうか?キョーコさん」


「ええ、お受けします。馬車の手配と修理用の道具なども多めにお願いします。……おそらく長い旅になると思うので」


 キョーコの言葉にはクーア・トアルスまではなく、レアンの故郷までの四〇〇〇キロ以上の距離まで含まれているように思えた。


「ありがとうございます、馬車の件はかしこまりました。レアン様の帰郷の話は後日あらためてさせてください」


 それではとヤーコフは部屋を出て、執事イヴァンや使用人たちに指示しはじめる。

 屋敷の人以外が退室したあとレアンは立ち上がり、ここ数日考えていたことを伝えるため立ち上がりキョーコの前に立つ。


「あの、キョーコさん。お願いがあります」


「どうしたの?急に改まって」


 真剣なレアンをキョーコはいつもの余裕に満ちた表情で受け止める。


「お時間があるときでいいんです。キョーコさんのもとで修行させてください。お願いします!」


「いいわよ♪」


「そうですよね。いきなりこんなこといわれても……え?今なんて?」


「だからいいわよっていってるじゃない♪」


 断られるか困惑させるだろうと思っていたのに拍子抜けして、頭を下げたレアンがポカンとしてキョーコの顔を見た。


「本当にいいのですか?」


「ええ。きっとレアンくんは強くなりたい理由ができた。違う?」


 キョーコに心の内を読まれて、レアンはこの人には隠し事は出来ないなと素直に頷く。


「ボクは人と争うのが苦手という言い訳で強くなることを拒んできました。ですが誰かの役に立ちたい、守りたい時に力がないボクには何も出来なかったんです」


 それはハーピーとの戦いの時、ダンジョンでの戦いの時、凶暴化したリーナを目の前にした時……姉と母を目の前で連れ去られた時。


 レアンはただ無力な少年だった。


 もちろんまだ十一歳の少年にはそれが当たり前のことで、どんなに幼少期から鍛え抜いたとしても状況は変えられなかったかもしれない。


 それでも今は強くなることで選択肢は増えるはずだ。


「だから少しでも強くなりたいんです。がんばりますので、お願いします!」


 もう一度頭を下げると、キョーコも立ち上がってレアンの前でしゃがんで目線を合わせる。


「大丈夫よ♪お役に立てるかわからないけど、一緒に頑張りましょう♪レアンくん」


 レアンの手を握る彼女の手は力強く、レアンは奴隷市場の外で手を握られた時のことを思い出した。





(続)

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