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第三話 シーン十一【色を変える世界】

第三話 シーン十一【色を変える世界】





 翌日には雨もやみ、昼前に約束の庭についたレアンを待っていたのは執事イヴァンひとりだった。


「レアン様。エカチェリーナ様の体調が優れず……。どうか、こちらに伺えないことをお許しください」


 いつも穏やかな雰囲気をもつイヴァンが悲しみに暮れているのを見て、レアンは言葉以上の何かを察する。


「リーナに……リーナに何かあったんですか⁉」


 レアンが強い口調で尋ねると、イヴァンはわずかに視線をそらして震える声を出す。


「……容態が急変しまして、お医者様には今日か明日が峠かもしれないと告げられました」


「……っ‼そんな……今はお屋敷ですか⁉」


 まるで頭の血が全部下へ降りていく感覚で卒倒しそうになりながらも、頷いた執事を見てすぐにレアンは走り出した。


 屋敷の裏門から勝手に開けて入ると、慌てて追いかけてきた執事が先導する。


「エカチェリーナ様はご自分の部屋にいらっしゃいます。どうぞこちらへ」


 すぐに屋敷の一階の奥に行きノックをして扉を開けると、そこには医者らしき白衣の人と領主ヤーコフ、そしてベッドで荒い呼吸をしているリーナがいた。


「君は……レアンくん」


 こちらに気づいたヤーコフはベッドの横の椅子に座り、祈るように強く刻印証を握りしめていた。


「リーナさんのお体はいかがですか?」


 レアンが聞くと、医者らしき男が首を横に振る。


「残念ながら、あまり容態は芳しくありません。薬草なども飲ませてみたのですが、これが今の医者としての限界です。もしマジックポーションなどがあれば話は別なのですが」


 医者の言葉にリーナの顔をもう一度見て、教会でおじいさんを看取った時を思い出す。


「ヤーコフさん。ボクのもつ秘薬と奇跡を試させてもらえせんか?」


 レアンは苦しむリーナを黙って見ていられず、懐から小瓶を取り出して見せた。


「レアンくん……ありがとう」


 するとヤーコフは目を見開いて、頭を下げて席を譲る。


 レアンはその椅子に座ってリーナの手を取ると、耳元で呼びかける。


「リーナ……レアンだよ。よく効くお薬を持ってきたんだ」


 まるでやけどしそうな手の熱さに胸を締め付けられたが、わずかに開いた口元に秘薬をゆっくり飲ませ、リーナの喉が鳴ったのを確認してから刻印証を手に握り込む。


『我が偉大なる神イウリファス様、どうか彼女に生きる力をお与えください。ライト・ヒール……!』


 秘薬のマジックポーションに匹敵する効能に加え、レアンの思いがこもった神の奇跡に部屋中が青の優しい光に包まれる。


「す、すごい……!」


 医者の驚きの声が上がる中、レアンはリーナを思って祈りを続ける。


「お願い、生きて……!リーナ……‼」


 三〇分くらい祈り続け精神力の限界が来て中断すると、リーナは穏やかな顔に変わり静かに寝息を立てはじめる。


「奇跡だ……‼レアンくん、本当にありがとう……‼」


「レアン様、感謝してもしきれません……!」


 ヤーコフとイヴァンは涙し、医者も穏やかになったリーナの脈や呼吸を見て信じられないという顔をする。


「お嬢様は今日はもう大丈夫でしょう。素晴らしいお力です」


「よかった……」


 レアンは疲れきってしまい、少しふらつく足で立ち上がった。


「大丈夫かい?よかったら、少し休んでいったらどうかね?」


 ヤーコフは滞在を勧めてくれたが、レアンは帰る理由があったのでそれを断る。


「いえ、今日は早めに帰っておきます。もし連絡が必要な時は、こちらの場所にいますのでお願いします」


 レアンはイグスに住むことになった時迷子防止のためもらった地図を渡すと、ヤーコフは「助かるよ」と受け取った。


 レアンが帰らないといけない理由はふたつ。


 ひとつは帰りが遅くなると心配されること、もうひとつは秘薬が欲しいからだ。


「それでは失礼します。リーナ、またね」


 レアンは最後にリーナの寝顔を見て、後ろ髪引かれる思いで領主の屋敷を後にした。





「ただいま」


 レアンが家に帰ると、レティがひとりリビングで紅茶を飲んでいた。


「おかえり、今日は早いのね?……ちょっと、どうしたの⁉レアン」


 すぐに血相を変えてレティが駆け寄ってきて、しゃがんでレアンの視線の高さに合わせる。


「え?ううん。どうもしないよ?何か変かな?」


「……っ!あなた、自分がどんな顔をしているか分かっているの?」


「え……?」


 レアンは平静を装っていたつもりだったが、レティに手鏡を渡されて見ると少しやつれていて自分でも見たことの無い険しい顔をしていた。


「ねえ、何があったのかよかったら相談に乗るわ。そうだ、私たちの部屋で話しましょう」


 レティは有無をいわさずレアンの手を引いて、二階のふたりの部屋に行くとベッドに腰掛ける。


「あの、その……。うん、実はリーナという女の子に会いに行ったんだけどね……」


 本当のことをしゃべらないと離してくれないので、仕方なく屋敷での出来事を話した。


「……そうなの。その子を治療してあげたの……頑張ったね」


 レティはしばらく話を聞いてから、優しく抱き寄せて頭を撫でる。


 優しくされて泣きそうになるのをぐっとこらえて、これからのことを相談してみた。


「……レティは誰かを助けたい時、自分でどうにもならない時はどうするのかな?」


 中央大陸を統べる国の王女である彼女なら、どうするのだろうか。


 するとレティは少し体を離すと、レアンの目を寂しそうな目で見た。


「レアンはたぶん、わたくしにはフェルナ王国という後ろ盾があるからなんでも出来ると思うかもしれないけど、その逆よ」


「……そうなの?」


「ええ。わたくしたちは多くの民を助けたいと思うけど、助けられるのはほんの一握りのことが多いの。たとえば原因不明の疫病にかかった地域は封鎖して見捨てるしか無かったり、食糧難にあった地域に物資を送っても、途中で紛争が起きて道が分断されて届かなかったり。……ごめんなさい、話がそれてしまって」


 権力者ゆえの苦しみをレティも見てきたのだろう、苦悶の色を映す。


「ボクはどうしたらいいんだろう……」


 レアンが漏らした弱音をレティは正面から受け止めて、こう答えた。


「人間誰しもその時自分のできる精一杯のことしかできない。わたくしなら最後までもがいてみせる。ダンジョンの奥で必ず助けにきてくれると信じて、半年間その時を待っていたようにね」


 レティの力強い瞳に、レアンの目に希望が戻った。


 そうなるとやるべきことは決まっている。


「ありがとう。ハヅキさんに秘薬をもらって、明日もリーナに会いに行ってくるよ」


「ええ、よい風が吹かんことを」


 レアンとレティは見つめ合って、少しだけ微笑みあった。





 翌日に領主の屋敷に行くと笑顔のヤーコフが玄関で待っていた。


「昨日はありがとう。リーナは離れの庭にいるから一緒に行こう」


 いきなり背中を押されて面食らったレアンがいつもの庭に行くと、車椅子のリーナと執事のイヴァンが待っていた。


「こんにちは、レアン。歓迎するわ、そちらの席に座って。お父様も、そちらにお座りになって」


 昨日とは見違えるほど、いや見たことのないくらい元気になった姿に驚いて声も出ない。


「昨日はエカチェリーナ様にいろいろ施してくださり、誠にありがとうございました」


 イヴァンもニコニコ顔で、紅茶を入れてくれる。


「えっと、本当にリーナ……だよね?」


 昨日命に関わる状態だった人とは思えない元気な姿にレアンが驚くと、リーナはキョトンとしたあと笑い声を上げる。


「……ふふふっ♪何をいっているの?私は私、エカチェリーナよ!変なレアン……なんてね。……昨日は本当にありがとう。意識はほとんどなかったんだけど、レアンの声ははっきり聞こえたわ。ちょっと驚かせてごめんね。だって、ゴーストを見たような顔をしているんですもの」


 リーナは途中で真面目なトーンになって、胸ポケットから星の形のペンダントを取り出した。


「この魔法のペンダントは商人が私にと頂いたものなのですけど、そばにあるとすっと体が軽くなって力が湧いてくるの」


 彼女のもつペンダント自身が弱く発光していて、どこかで見た光のような気もしたがヤーコフが説明してくれる。


「昨晩いきなり商人が屋敷を訪問してきた時は怪しいと思ったのだがね。身なりのよくどこか引かれる男でね、お代はあとでも結構ですからと置いていったのだよ。半信半疑でリーナの側に置いてやると、ペンダントが光りだしてまたたく間に症状が改善していってね」


 どこか引っかかる所はあったが、リーナが元気になってくれればそれでよかった。


「そうですか、リーナが元気になるならそれで……」


 元気すぎる姿に泣きそうになるレアンを見て、リーナは執事を呼び寄せる。


「ねえ、イヴァン。少し試してみたいことがあるの。私の前に立って手を引いて欲しいわ」


「……お嬢様?それは……」


「ね?お願い、イヴァン」


 リーナに念を押されて戸惑うイヴァンが車椅子の前に立ち手を引くと、リーナは車椅子からゆっくりと立ち上がった。


 全員が声にならない驚きと共に見守る中、慣れない足取りで父ヤーコフの元に歩いていく。


 慌てて立ち上がり腕を広げたヤーコフの元にたどり着くと、リーナはその胸に飛び込んだ。


「えへへ、お父様……!」


「リーナっ!リーナが歩いて……!幼少期からほとんど歩けなかったのに、これは奇跡か⁉」


 ヤーコフは娘が腕の中にいるのが信じられないと何度も首を振ったが、温もりを確かめるようにギュッと抱きしめる。


「お父様。私、花飾りを自分の手で作ってみたい。いいでしょ?」


「ああ……ああ、もちろんだとも!」


 レアンには親子の過ごした時間の重みは分からなかったが、端々から伝わる喜びに涙ぐむ。


 三人の見守る中、リーナは花が咲いている野原に歩いていき座って花を摘みはじめる。


「レアン、ちょっと手伝ってほしいな」


「うん!」


 途中で呼ばれて一緒に花を摘んで、リーナが三つの花飾りを作る。


 まず父親のヤーコフに、次に執事のイヴァン、最後にレアンの頭に載せてくれた。


 それぞれがお礼をいい涙ぐんでいると、ヤーコフは刻印証を手にして神に祈る。


「これもレアンくんや神様のお導きでしょう。今日という日に感謝いたします」


「本当によかったです。リーナさんが元気になってくれて」


 レアンがリーナを見ると、イヴァンと手をつないで連れ添うように歩いている。


 そして彼女の胸元で光輝くペンダントは、静かに燃えているような錯覚を覚えた。





(続)

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