第三話 シーン七【迷い猫と車椅子の令嬢】
第三話 シーン七【迷い猫と車椅子の令嬢】
「猫さーん!どこに行ったのかなー?おーい!」
迷い猫探しのクエストを受けたレアンは、イグスの街を地道に探索した。
特徴は黒猫で背中に白の縦縞が入っているらしいので、見かけたらわかりやすいと思う。
「もしもーし!猫さーん!ねえ、そこの猫さん。黒い猫さん見なかった?」
かれこれ一時間くらい黒猫を探しているが影も形もなく、近くにいた昼寝中の茶色の猫に聞いても「にゃあ」と返事が返ってくるだけだ。
「やっぱり知らないか……そうだよね」
それでも真剣に探している間は悩んでいたことも忘れて、気づいたら街の北側の門まで来ていた。
そこでは門番が槍を片手に見張っていて、暇だったのか大きな口であくびをしている。
「思い切って聞いてみよう……あの!すみませーん!」
レアンは門番の側まで行って、声をかけてみた。
「ん?どうしたんだね?少年」
「おう、おじちゃんたちに何か?」
平和な地方のおかげか、のんびりしている男たちは愛想よく対応してくれる。
「少しお伺いしたいのですけど、クエストで迷子の猫を探しているんです。背中に白い縦縞が入った黒猫を見ませんでしたか?」
初対面の大人は緊張したが、勇気を出して事情を説明すると門番たちは驚いてレアンをまじまじと見た。
「冒険者さんか。僧侶様の格好をしているし、まだ小さいのにこいつはすげえや」
「おう!ちゃんと働いているのは偉い!猫か……そういえば二・三日前に観たかもしれないな」
「そうだな。確かそのくらいにこの門から出ていったかもしれないなぁ」
「……だったよな!」
門番二人が話しはじめると、まさかの有力な情報にレアンの目が輝く。
「本当ですか?大変助かります!ありがとうございます!」
「いやいや、礼をいわれるほどでもないさ。この北側の土地は魔物ほとんどいないが、あまり遅くは出歩かないようにな」
「この先には丘があって、その上に建つのが領主様の屋敷だ。じゃあ、気をつけなよ!」
レアンは門番の二人に頭を下げて北門を出た。
すぐに自然豊かな草原の丘が視界に広がり、山羊や豚などを飼っている酪農家らしき家が何軒か見られる。
イグスで普段飲んでいた山羊の乳はここのものかもしれない。
「景色は全然違うけど、雰囲気は故郷に似ているかも……」
レアンの故郷もどちらかというと田舎で、ワイン用のぶどうの木が随所にあるのどかな場所だった。
「でもよく考えたら、この丘周辺を探すのってけっこう大変かも……」
視界はよいが範囲も広すぎるので、猫一匹を探すのは骨が折れそうだ。
しばらく丘を歩いていると、途中酪農家の方にあって猫のことを聞いてみたが知らないといわれたので、丘の上の方に向かって登る。
ぐうぅ
ギルドから出てもう二時間以上歩き詰めだったレアンのお腹が鳴って、恥ずかしくなってキョロキョロと辺りを見渡したが誰もいない。
「もうこんな時間……」
空を見ると日は高く登っていて、近くの平たい石に腰掛けてサツキからもらった昼食の包みを開いた。
「わぁ……」
包みには東方でいうご飯を三角形に固めたオニギリと干し肉が添えられている。
「イウリファス様、今日も食事をいただけることに感謝いたします。サツキさん、いただきます」
法の信仰神に祈りを捧げてサツキにも感謝してオニギリを口に含むと、薄い塩味と中に入った魚粉の味付がぴったり合って美味しかった。
ひとつめを食べ終える間に干し肉を手に取ると、ひらりと紙片が落ちたので拾って書いてあった文字を見る。
『レアンへ☆ママにいいにくいことがあっても、サツキでよかったら話聞くからね☆』
そこにはサツキの手紙が添えられていて、レアンはうるっとしてしまう。
「サツキさん……ありがとう」
感謝しながら食べるオニギリの味は妙に塩辛かった。
「……ってあれ?」
ふと最後のオニギリを口に含んだ時視界の端に黒猫が映り、背中には白の毛が縦に一本生えているのに気づく。
レアンは行儀が悪いと思いながら残りを口に押し込みながら後を追うと、猫はこちらに気づいたらしく急に走り出した。
「猫さん……待って!」
慌てて追いかけて猫が木の植え込みの下に潜り込むと、レアンは無理やり頭から突っ込んで這って奥へと進む。
ガサゴソと抜けた先に視界が開けて、こんな声が聞こえてくる。
「あら、またあなたなの……困った子ね」
声の主を見ると車椅子の少女が猫を抱いていて、木を揺らす大きな音にこちらに気づいた。
『あ……』
少女とレアンの声がハモって、お互い驚きで十秒ほど見つめ合ってしまう。
車椅子に座った少女と植え込みから頭だけ出した少年の構図は、傍から見れば可笑しかっただろう。
「あの……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
そこで少女に付き従っていた老紳士に質問されて、レアンは我に返った。
「ひゃい!ボ、ボクはレアンといいまして冒険者見習いなんですけど、その猫が依頼で探している迷子の猫じゃないかって!……あれれ引っかかって通れない!」
途中で木の枝に引っかかったみたいで、抜けようとしても前に進めない。
法衣と武具のセットが金貨一枚だったことを思い出して、顔が青くなる。
「あら、それは大変。イヴァン、助けてあげて?」
「はい、承知しました。エカチェリーナ様」
エカチェリーナという少女にいわれて、老紳士のイヴァンが下を覗き込んで状況を確認する。
「む、そのままお待ちを。レアン様」
やがて一度視界から消えると、後ろから声が聞こえてくる。
「枝の部分を私が持ち上げますので、そのまま後ろにお下がりください」
「はい!すみません!」
指示通りゆっくりと後ろに這って出ると、無事脱出できた。
レアンはイヴァンに何度も頭を下げて猫がいる方にお邪魔させてもらうと、そこは小さな庭になっていて車椅子の少女が出迎える。
「ご無事で何よりです。お怪我はありませんでした?」
「はい、ご迷惑をおかけしました!あらためて、レアンといいます。えっとエカチェリーナさんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
レアンは薄桃色のショートカットの少女を見ると、折れそうなほど細くて儚げな印象を受けた。
整った顔立ちとすまし顔が人形のようにも見える。
「あら。私とレアンさん、たぶん同い年くらいですよね?さん付けなんて可笑しいわ」
「そうですか?ボクは今年で十一歳ですけど」
「まあ同じです♪それでしたら、私のことはリーナと呼んでください」
「えっと、リーナ……さん?」
レアンがそういうと、少女は不満気に頬を膨らませて猫を抱きしめそっぽを向く。
「リーナです。さんを付けずに呼んでくれるまで、この猫さんは返しませんわ」
「ええええっ⁉」
フリル付きの可愛らしい服を着たお嬢様然とした第一印象と違って、随分わがままな少女だった。
「……リーナ。これでいいですか?」
レアンは意を決して名前を呼ぶと、 ツンとしていた少女がこちらを向いて笑う。
「はい♪レアン。呼び捨てでいいわよね?」
無邪気な笑顔で見た目以上に幼く見えたが、可愛くて思わずドキッとして顔が赤くなってしまう。
「はい……大丈夫、です。あはは……」
レアンは恥ずかしくなって視線をそらすと、リーナは抱いていた猫を撫でながら向かいのテーブル席を勧める。
「よかったらお話でもいかが?ここにはお父様が各地より持ち帰ったお菓子があるわ。ほらレアン、そちらに座って?イヴァン、お客様にお茶を入れてもらえるかしら」
「はい、かしこまりました。エカチェリーナ様」
老紳士がよどみなくケトルのお湯をティーポットに入れ蒸らしてカップに注ぎ、向かいの席に差し出される。
ここまでされると断れずレアンは大人しく座った。
「それでは失礼して、いただきます……おいしい」
紅茶の香りが鼻の奥まで抜けて、程よい渋みが口の中に広がる。
自然と口から出た言葉にリーナとイヴァンは微笑んだ。
「レアンはお砂糖もミルクも入れないのね!すごく大人だわ。私なんて両方たっぷり入れないと、美味しくいただけませんわ」
「お嬢様は甘い紅茶がお好きでして。レアン様は普段からそのまま飲まれているのですか?」
砂糖を入れないのは大人ではないだろうが、ティーカップに鼻を近づけて香りを楽しむ。
「家族がそのまま飲む風習でしたので、ボクも自然に。それと、一生懸命作っていただいてたお茶の葉の味がわかるようにと教えられてきました」
説明するも、ふたりは余計に感心するばかりだった。
「わかりましたわ、今度からお砂糖少なめで味わってみます。そうそう、この猫さんは二日前にこの離れの庭に迷い込んできたのですが、お腹をすかせていたのでお菓子をあげると昨日今日とまた来るようになってしまって困っていたの」
「すっかり懐いていますね」
レアンが猫を見るとゴロンと膝の上でひっくり返ったので、リーナがお腹を撫でていると喉を鳴らすような声を出す。
「……ですがあまり懐かれても屋敷では飼ってあげられないから、どうしようかと思っていたところですわ。僧侶レアン様。猫さんを探してくださるなんてあなたは優しいのですね」
「いえ!これも冒険者の仕事ですから!」
急に改まってリーナに様付けで呼ばれて、レアンは背筋をピーンと張った。
「まぁ……なんて奥ゆかしいレアン。街で迷子の猫を探してこんなところまで、大変だったでしょう。イヴァンもそう思いますわよね?」
「左様で。エカチェリーナ様」
「いえ、決してそんなことはないです……」
ふたりに褒められて恥ずかしくなってうつむいていると、リーナは何かに気づいて「あっ」と声を上げる。
レアンもその方向を見ると、遠くに野生の鹿が二匹いて仲睦まじく互いに体を寄せあっていた。
「鹿さんが仲良さそうですわね」
「そうですね、ずっと一緒なのかな?」
リーナのつぶやきに相槌を打つと、彼女は抱いていた猫を持ち上げてレアンの方に差し出す。
「……今までずっと一緒だった人が待っていますわ。レアン、この子を飼い主の方に届けてあげて」
「……うん。ありがとうございます、今日はお邪魔しました」
レアンは立ち上がって猫を受け取りふたりに頭を下げると、去り際にリーナの寂しそうな視線がレアンを捉えた。
「またいつか会えますか?レアン」
それがひとり誰かの帰りを待つ子どものように見えて、こう返してしまう。
「うん。また遊ぼうね、リーナ」
「うん!絶対よ!レアン」
するとリーナは花が咲くような笑顔で手を振り、レアンは顔を直視できなくて頭を下げて足早にその場を後にした。
やがてイグスの街に黒猫とともに帰ってきたレアンはギルドに報告して、依頼主の老夫婦に猫を届けると泣いて喜んでくれた。
本当に良かったことをしたという達成感とともに報酬の銀貨二〇枚、二〇〇〇エフを受け取る。
「無事ソロクエスト成功だな!やるじゃねえか!」
「はい!ありがとうございます!」
マスターから受け取った報酬を自分の財布に入れて、ニコニコ顔で家に戻る。
「ただいまー!」
「……おかえり、です」
玄関を開けるとハヅキしかいなくて、あたりを見回す。
「……少し前までミヤコさんが打ち合わせに来てた、です。今私以外は買い物中。……そうそう。明日からレアンはレティと一緒の部屋になるから」
「ふえっ⁉本当にそう決まったんですか?」
「フフフ……どうでしょう」
思わず変な声を上げたレアンを、意味深な笑みで見るハヅキ。
いくら昔から知っているとはいえ、大陸一の国の王女と同室になるのはさすがに緊張しそうだ。
「ただいまー!」
その時買い物組の三人が帰ってきたので出迎えると、荷物がたくさんあったので運ぶのを手伝う。
「おかえりなさい。随分たくさん買いましたね」
「そうだよー!明日からママがいなくなるから念の為多めに買い物と、知らないお店も聞いておきたかったから」
レアンの疑問にサツキが答えて、隣にいたレティが荷物を抱えて嬉しそうにしている。
「キョーコさんに自分が側にいる時に買えるもの買っておいてとお許しが出たので、ついお言葉に甘えて」
中身を見せてもらうとティーポットや紅茶が入っていて、この家には置いて無いものだった。
「レアンくんは気分転換できたみたいね♪ハヅキから聞いているかもしれないけど、明日からミヤコさんが来るけどよろしくね。寝る所は部屋の都合でレアンくんと一緒にしようかと思っているけど、それでいい?」
キョーコはレアンの視線の高さにしゃがんで聞いてくる。
レアンは話が違うとハヅキを見ると、彼女は「フフフ……」と不気味な声を上げイタズラが成功したことを喜んでいた。
そういえばキョーコはこういう決め事に必ず確認をとってくる人だと思い出す。
「よかったです……レティじゃなくて。ミヤコさんなら大丈夫です」
男性のはずなのに妙に緊張してしまうけど問題はないだろう。
「ちょっと!レアン!今わたくしは嫌というふうに聞こえたのですが」
口から出てしまった名前に反応して、レティが眉を吊り上げる。
「いえ!そんなつもりは全然なくて!」
しまったと思ったが、どう説明しようか焦るレアンにレティは宣言する。
「決めました。わたくしは明日から……いえ、今日からレアンと同じ部屋で寝ます。いいですいよね⁉レアン」
「えっ!ええええっ⁉……はい」
有無をいわせない王女の笑顔に、レアンは頷かざるを得なかった。
(続)




