第二話 シーン十四 【セイヒツのダンジョンB一F続 竜司祭と竜神将】
第二話 シーン十四 【セイヒツのダンジョンB一F続 竜司祭と竜神将】
レアンの知り合いが別の目的で入ったセイヒツのダンジョンに閉じ込められていたのは、かなりの衝撃だった。
「まさかレティがこんなところに……」
「まさかあなたが冒険者に……」
レアンとレティは複雑な思いで見つめ合って、手を取り合う。
「えーっと、すみませーん。再会に喜ぶのはいいんだけど、説明してほしいかなーなんて☆」
サツキが申し訳無さそうに間に入ると、ふたりともハッと我に返る。
「えっと、話すと長くなりそうですけど……どうしよう」
「ええ……そうしたいのは山々なのですが、わたくしは囚われの身。いつわたくしを監禁した人たちが戻ってくるとは限りません。できればここを出て、落ち着ける場所で説明することは可能でしょうか?」
レアンが迷っていると、レティは自分の意思をしっかり伝えてキョーコは頷く。
「そのほうがよさそうね。レティさんは自分で歩けますか?」
「はい。この足の拘束具を外していただけたら、ゆっくりでしたら歩けると思います」
レティの片足には壁と繋がれた器具があり、ミヤコが魔力の残っていたカタナで鎖を断ち切った。
「ありがとうございます。……痛っ!すみません、肩を貸していただけますか?」
レティが転びそうになってサツキが慌てて支えるが「うっ……」と涙目になる。
レアンはサツキが匂いのきついのがダメだったことを思い出し「代わります」と入れ替わった。
「あっ!ごめん、レアン」
「いえ、大丈夫!もう神の奇跡も使えないし、せめてこれくらいはさせてください」
レティに「失礼します」と断って腰に手を回して支えると、彼女は驚いて少しだけ笑顔を見せる。
「あの小さかったレアンがこんなにたくましくなって……。もう『お漏らしレアン』の認識をあらためないといけませんね」
レティがまたそのことを掘り返したが、悪気がないのだろう。
「……お漏らしレアン」
だが、近くにいたハヅキがぼそっと繰り返したのを聞いて耳まで真っ赤になった。
「大丈夫ですか?レティ」
「ええ、大丈夫。それより重くありませんか?レアン」
「いえ、まったく問題ないです!」
奥の部屋から祭壇の方まで戻ってくる間、レティが足を若干引きずりながら必死で歩いているのは心が痛む。
これほど美しい人がひどい拘束状態にされて、レアンが少し前にいた奴隷部屋のような環境に置かれていたと思うと悔しくて涙がにじむ。
「……待て。誰かいる」
突然、先頭のミヤコがカタナに手をかけて警戒すると、レアンを除く全員が武器を構えた。
「おやおや、これはこれは。あの部屋からどうやって抜け出せたのでしょうか?」
すると彫像の影から竜をかたどった面をした全身ローブの人物と、金髪が美しい耳長のエルフの少年が現れる。
「あなたは……竜司祭シャキード!」
レティが怒りをあらわにして、背筋を伸ばしてにらみつける。
呼ばれた竜の仮面の男はよく見ると手のシワからかなりの高齢だとわかり、そんな男が嫌味のない疑問の声を投げかける。
「もしかして舞踏会でもお出かけですかな?」
「ええ。わたくしをお城に招待してくれる王子様が現れたのです」
レティがレアンの肩に手を添えると、竜仮面の男はわずかに見える口元を歪める。
「ほほう……。物乞いとさほど変わらない格好のあなたと、踊ってくれる物好きな王子様がいるのですね。それは素晴らしきこと」
シャキードが挑発するトーンに、レティは怒りの表情で声を震わせる。
「あなたが……あなたが‼わたくしをさらう計画していろいろな場所に連れ回し、閉じ込めていたのに‼」
レアンは聞いたことのないレティの叫びに、胸を締め付けられる。
黙って彼女の手をギュッと握ると、レティはハッとしてこちらを見て微笑む。
「僕だってイヤだな、あんな汚いの……。まあでも僕たちエルフはお風呂入らなくても、精霊の加護で匂わないからわかんないや」
隣で今まで黙っていたエルフがつまらなそうに頭の後ろに両手を回す。
だがレティは一度冷静になったのか、キッとにらんだだけで大声は出さない。
「好き勝手いってるけど、あなた達が悪の組織の人?レアンの知り合いを誘拐なんて絶対に許さないからね!」
サツキがショートソードを抜いて、盾を構えた。
「……悪が栄えた試しは無し、です」
ハヅキも魔法杖を握って口の中で詠唱をはじめ、ミヤコとキョーコも身構える。
「レティはボクが守りますから!」
レアンが宣言すると驚いたようにレティが、微笑ましく見つめる。
「ええ、お願いします。わたくしの小さな騎士さま」
彼女はレアンの後ろに回って、肩に手を置いて敵を真剣に見る。
「ねえー?シャーちゃん、僕たち悪者になってますけどー?」
「ははは、世界的に私たちは悪者かもしれませんな。後は任せました。彼女は当初の役目は果たせましたが、まだ使いみちがあるかも知れません。生かしておくのですよ」
エルフの少年と竜の仮面の男はのんきなやり取りをしていたが、こちらは手を出せずにいる。
「もちろんですよ♪でも少しくらいこの子達と遊んでもいいんですよね?」
「ほどほどにですよ。……さらばです」
そういって仮面の男は一言つぶやいてその場から一瞬で消える。
「えっ⁉急にいなくなった⁉」
突然のテレポートに驚くサツキと対照的に、エルフの少年はのんびり背中から弓を取り出して手で弄ぶ。
「そいえばさー、おもりもヒマだったからドワーフのじっさんにも手伝ってもらって罠設置したんだ。ふたつ下のフロアの仕掛け、楽しんでもらえたかな?」
「あれあんただったの?危うく指がさよならするところだったよ!」
サツキがドアノブの罠を思い出したみたいで、エルフの少年は可笑しそうに笑う。
「あっははは!あー、あれねー。じっさんがどうしてもっていうから設置したけど、現場見たくないよね。ウインナー食べられなくなるもん。あ、ちなみにいうならここの神殿は僕たちのものじゃないよ。ケルベロス置いたのは悪魔神官だけど……って話長すぎ?」
一気にまくし立てて、エルフの少年はようやく弓に矢をつがえた。
「僕は竜神将がひとり、水のヴェイゼル♪少し遊んでくれるかな?」
のんびりした雰囲気とは裏腹に、いきなりハヅキを狙って矢が飛んできた。
「させないっ!」
カンッ!
サツキがバックラーで受け止めて矢を弾き返すと、ミヤコが一気に近づく。
「……フッ!」
間合いの取りにくい鞘に収めた状態からの一撃を、ヴェイゼルは軽々と後ろに宙返りして避ける。
『原初なる水の力をもって切り裂け……!アクア・カッター!』
ハヅキが唱えた魔法は水流の刃を生み出して着地したエルフを切り刻もうとするが、矢で器用に相殺してみせる。
「あー、魔法が一番避けにくいから嫌なんだよなー。って、なにこれ?」
ヴェイゼルが足元に転がった黒い球体に驚くと、次の瞬間「ドーン」と小さな爆発が起きて飲み込まれる。
「さすがに当たらないか……おっと」
キョーコが爆弾を手にしていると、キョーコめがけて矢が飛んできて寸前で避ける。
「危ないな~、怪我するところだったよ~。もう、仕方ないなあ……」
ヴェイゼルはいつの間にか距離を多く取り、弓を上に掲げて目を閉じる。
「みなさん、頑張って……」
レアンはレティを守ろうとメイスを構え、攻撃を待つしか出来ない。
「行くよっ!」
「……させるか!」
サツキとミヤコがもう一度間合いに入ろうとした所で、ヴェイゼルは目を見開く。
『ロスト・イデアル。コード……レイン・ボウ・インヴォーク!』
言葉と共にエルフの少年のもつ弓が淡く光りはじめ、同時にサツキとミヤコのそれぞれの一撃が少年を捉えたかに思えた。
パアンッ!
しかし、サツキの剣もミヤコのカタナも少年へ触れる前に見えない力で弾き飛ばされ、魔法が弾けたような甲高い音を上げる。
「きゃあっ!」
「……むっ!」
サツキは弾かれた衝撃の強さに剣を飛ばされて、ミヤコでさえも地面に両膝をついてカタナを支えるだけで精一杯みたいだ。
「まずいわ!一旦下がって!……今の彼には攻撃が効かない!」
キョーコが叫んで事の重大さに気づいたようで、ふたりは武器を構えながらジリジリと後退する。
「あら~?逃げるの?もうちょっと遊ぼうよ~!って、なんで無敵状態って分かったの?」
ヴェイゼルが逃げるふたりに向けて矢をつがえずに弓を引くと、矢の形をした虹色の光がふたつ現れて固定される。
「当たると痛いよ~?えいっ♪」
続けてヴェイゼルが弓を放つと、虹色の矢が猛烈な速さでサツキとミヤコを襲う。
「避けきれないっ!」
「……速い!」
当たると思った瞬間サツキの体をキョーコが突き飛ばして、ミヤコは寸前で避ける。
『原初なる力をもって、かのものを貫く槍とならん!エナジー・ランス!』
ハヅキの援護魔法は弓を撃ち終わったヴェイゼルの体を捉える。
パアンッ!
だが、ハヅキの現時点での最強魔法は体に当たる直前に弾けて消えてしまう。
「あれは……もしかして古代文明の武器のひとつ?父上がかつて手にした伝説の槍みたいなものでしょうか?」
レティが指摘すると、ヴェイゼルは「お~♪」と目を輝かせる。
「そうそう、そんな感じ♪だから僕は負けないんだ~。今なら降参すれば痛い思いしなくて済むよ♪」
エルフの少年は上に弓を投げて遊びながら、こちらを楽しそうに見ている。
「ミヤコさん、相談が」
「……いかがした?」
その間にキョーコがミヤコに駆け寄って耳打ちする。
「ほんの数秒だけでいいの。敵の注意をミヤコさんに引きつけて欲しい。あとはなんとかするから」
「……承知した」
話は終わってキョーコとミヤコが離れて立って、カタナと拳を構える。
「ふーん、降参するってわけじゃないんだね~。じゃあ、かな~り痛い目にあってもらわないとね♪」
ヴェイゼルが弓に虹色の矢をつがえようとした時、キョーコとミヤコが前に走る。
「はっ‼」
キョーコが手の中に秘めていた東方の投げナイフを三本放った。
ものすごい速度でヴェイゼルの眉間、口、心臓の三点に吸い込まれていたが、不可思議な力で弾かれて落ちる。
「おー、こわっ!本気で僕殺すつもりなの?」
「……行くぞ!『五十三式……孤影撃‼』」
わずかにひるんで声が出たヴェイゼルに、ミヤコの剣技が襲いかかる。
ミヤコの上段から振り下ろされたカタナが更に上に斬り返し、今度は反対の手が攻撃を加えて切り返し、合計六回ほど連続で斬りつけたように見えた。
「なんだこれ……いや全部幻だね!だって当たれば必ず跳ね返すから!」
ヴェイゼルが見破った途端、六度目の斬り上げが当たり弾かれて甲高い音が出て光が火花のように散る。
「ぐうっ……!」
ミヤコは手がしびれてカタナを取り落としてしまい、手を伸ばそうとした所にヴェイゼルが矢を放とうとした。
「……捕まえた」
だが、まるで消えたようにヴェイゼルの背後に回ったキョーコが、少年の弓本体を手で掴む。
「い、いつの間に!離せ!僕の大事な弓っ!」
「……あなたの負けよ!『ロスト・イデアル……キャンセレーション!』」
キョーコが合言葉を発した瞬間ヴェイゼルの弓が光を失って元の状態に戻り、キョーコはヴェイゼルから離れてミヤコに手を差し伸べる。
「ちょ、ちょっと待って!なんでただの冒険者が解除方法知ってるの?ロスト・イデアル・インヴォーク!うああああん!ダメだ動かない……‼」
エルフの少年はもう一度合言葉を口にするが『連続起動不可です。再起動まであと二四時間』と弓から声がして、レアンは錬金釜の時を思い出す。
「さあ、負けを認めて大人しくしなさい!」
「……神妙に、いざ神妙にいたせい、です」
サツキとハヅキも近くに来て武器を突きつけると、エルフの少年は突然笑い出す。
「悔しいけど今回は負けでいいよ~!一度君たちのところに彼女を預けとくから!まったね~♪」
ヴェイゼルは指をパチンと鳴らすと、その場から一瞬で消える。
「よかったです……みなさんのおかげで勝てました!」
レアンが明るくいうと、緊張しきっていた場の空気が少しだけ緩んだ気がする。
「みなさまのおかげで困難を乗り越えることが出来ました。本当に感謝の念に耐えません」
レティも頭を下げて優雅に礼をすると、キョーコが笑顔で受け取る。
「どういたしまして♪さてこれで探索終了にしましょうか♪回復装置は見つからなかったけど、もっと美しくて可憐なお宝は見つかったわ♪これより冒険者五名は囚われの君と共に帰還して、別れた仲間一名と知人の所に合流します」
『はい!』
キョーコの言葉に全員の声がハモリ、レアンの初ダンジョン探索はどうにか無事に終了した。
(続)