第二話 シーン七 【夜襲】
おはなし
礼央かい(れおかい)
web版イラスト・キャラデザイン
6624
第二話 シーン七 【夜襲】
レアンたちはセイヒツのダンジョンまであと半日ほどの山脈に囲まれた場所で、野営することになった。
食事を済ませて焚き火を維持したまま交代の番にすることになり、レアンとミヤコが最初の担当になる。
「じゃあ、先に寝るから何かあったら教えてね♪朝までの時間で五時間くらい過ぎたら交代しましょう」
「はい、わかりました」
「……承知した」
キョーコにお願いされて返事してから、火の前にふたり向き合って座った。
レアンはミヤコが苦手というわけでは無いのだが、今までに会ったことのないタイプでいつも調子が狂ってしまう。
「今日は涼しいですね」
「……そうだな」
見張りになり一五分ほど焚き火を前にじっとしていると、間がもたなくなってレアンが話しかけた。
ミヤコは思ったよりも無口ではないのだが、必要がない時は二時間位喋らないこともあるとこの一日で知っていたからだ。
「そういえばボルデさん、お酒を飲みすぎて寝てしまいましたね……」
「……そうだな。人が多いパーティーなら許されるのやもしれぬ」
「あはは……ですよね」
苦笑いのレアンに、ミヤコはほんの少し微笑を浮かべる。
その仕草が絵になって、レアンは思わず見とれてしまって慌てて首を横にふる。
「え、えっと……前にお風呂であった時に聞かれたことを覚えていますか?」
「旅の目的のことか?……それがどうかしたか?」
「えっと、ボクは訳あって奴隷商に売られてしまったんです。その引き取り手がキョーコさんだったんです」
わずか一回のクエストのため組んだミヤコに話すことでもないのだが、なぜかいわないといけない気がしたのだ。
するとミヤコはわずかに眉を動かして「それで?」と続きを促す。
「えっと、それでボクを教会で勉強させてくれたり、服を買ってくれたり食べさせてくれたり、寝る所も与えてくれて感謝しているんです。いずれお世話になったご恩を返して、故郷に帰りたいなと思っています」
もしかすると誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれない。
だが彼はしっかり聞いた上で優しい目をする。
「そうか。レアン殿が強く望むのであれば、きっと叶うだろう。よき出会いであったな」
レアンはそういってくれたのが嬉しくなって、満面の笑みで「はい!」と応える。
それからの時間はミヤコの話を聞くことになった。
彼の旅の目的は世界の見聞で、東方での生活はある程度満足したので中央大陸にやってきたのだという。
「中央大陸はどうですか?やっぱり人は全然違いますか?」
「文化や言語こそ違えど、人間という生き物自体はどこも一緒だと感じた。一応言語は相互理解できる魔法の指輪があれば不自由はしていない」
「あれ?そうだったんですね。ボクは指輪をしていないから、分からなかったです」
「恐らくはあの母娘もしていたと思うぞ。いや娘たちだけかもしれぬ」
翻訳する指輪は知っていたが、中央大陸の中心部に住む者たちにとってほとんど見る機会はない。
それでもサツキの地方言語は時折わからないこともあるが。
「あと、その東方の剣は独特ですね。すごく細くて折れそうなくらいです」
「カタナを見たことが無いのか?中央大陸の剣に比べれば丈夫には作られていないゆえに、扱いが難しいかもしれぬ」
ミヤコは二本のうちの片方だけ鞘から抜いて刀身を見せると、独特な怪しい光を放って目が吸い寄せられてしまう。
「サムライさん専用武器なんですね……。すごく綺麗です」
「……フッ、それはよかった。だが、一つ正すならカタナはサムライと別にニンジャも使う」
「ニンジャ?」
レアンの知識では、サムライが中央大陸でいうところの騎士や剣士だと知っている。
だが、レアンの故郷は中央大陸で最も西方に位置するためか、ニンジャというワードを聞くのがはじめてだ。
「ニンジャは説明が難しいが……中央大陸でいうなら暗殺者や修道僧の複合職とでもいうべきか。俺も敵に回したくない相手だ。だが冒険者としては世界に一〇人もいないゆえに、まず出会うことは無いだろうな」
腕の立ちそうなミヤコがはっきりと苦手といえる職業というのもすごい話だ。
「あと、ミヤコさん。東方の食事で……」
次は別の話題をしようとしたところ、ミヤコがすっと立ち上がり隣にやってきた。
そのままレアンを抱き寄せると、ミヤコの長く美しい髪が香ってきてドキンと心臓が跳ねる。
「み、みゃーこさ……何を⁉」
「……静かに。囲まれた」
ミヤコは辺りに気を配ってレアンを抱きしめる力を強くした。
レアンは何もいえなくなって口をパクパクさせる。
「お、狼ですか……?」
「いや、火を炊いているのに野生の獣は来ない。この気配はおそらく山賊……五人ほどだ」
レアンはまた別の意味でドキンとして、ミヤコにしがみつく。
「……知らせないと」
「今の状況だと難しい。……こちらから打って出るぞ」
ミヤコはすくっと立ち上がると、静かだがよく通る声で呼びかけた。
「やめておけ。俺は行商人じゃなくて冒険者だ。気配を消せぬやつに俺は斬れぬ」
大声ではないのに空気がビリビリと震えて、反応して周りの草木がわずかに動いたが、それ以上動く気配はない。
「どうしたら……」
「そうだな……聖なる光は使えるか?」
「はい……!」
「頼む」
レアンは刻印証を握りしめて小さくつぶやいて、立ち上がり手を天にかざした。
『我が神よ、清浄なる光で我が前を照らし給え……ホーリー・ライト‼』
白い光が辺りを照らして周りに潜む影を照らした。
「うっ!なんだっ⁉」
うめき声が聞こえたと思った瞬間、ミヤコがカタナを手に走る。
「ひとつ……!」
薄暗く視界が効かない中、カタナが閃いて人影を切り伏せる。
「うぐっ‼」
うめき声と倒れる音がして、すぐにミヤコが次の獲物に襲いかかる。
「ふたつ……!」
「ぐえっ‼」
焚き火の赤が刀身に映った瞬間、男は糸が切れたように簡単に倒れる。
「くそっ!」
「……っ!」
不意に草陰から出てきた男がレアンに飛びかかってきた。
レアンはとっさに拾った焚き木で男の右手を打つと、怯んだ相手に石を投げつける。
「ぐっ!」
男は動きを完全に止めたすきに、ミヤコがすれ違いざまに腹を打ち据える。
「みっつ……!すまない、遅れた。大丈夫か?レアン殿」
「ボクは大丈夫です!それよりあと何人かまだ……」
レアンはドキドキする心臓を落ち着かせて、冷静に頭を働かせる。
ミヤコのいう通り五人だというのなら、残りふたりはどこかに居るはず。
カッコーン!
パコーン!
少し間抜けな音がして、近くの茂みから鍋をもったキョーコが現れた。
その横にはサツキが盾だけもっていて、こちらの様子を確認する。
「そちらは大丈夫?ふたりほど不審者いたから黙らせておいたわ」
「ママが突然起きて連れてこられたら、大変なことになってた……!」
どうやらふたりが残りの山賊らしきものを片付けたらしく、ホッとしているとミヤコが慎重に周りを見渡す。
「……山賊にしても他に仲間がいるかも知れぬ。見回りをしてくるから、すぐに出発できる準備をしてくれ」
「えっ……えっ……?はい!すぐに!」
レアンが返事をすると、ミヤコはすぐにその場を離れて闇夜に消えていった。
その後山賊五人をロープで木に縛り付けると、意識が戻るまで待った。
どうやらミヤコは山賊全員を気絶させたらしく、ぐっすり寝ていたハヅキとボルデを起こして六人で取り囲む。
「俺達五人はこの辺をシマにしてたんだが、人は殺してねえ!頼むから命だけは助けてくれ!」
山賊のリーダー格らしき男が命乞いをすると、ミヤコが冷たい視線で見る。
「……もし俺がひとり旅だったら、お前たち全員殺していた。今は雇われの身だからな、幸運と思え」
「……っ!」
脅しではない怖さにレアンまで震えてしまうほどの殺気で、男たちは本気で怯えて顎をがくがく震わせる。
「どうされるんですか?キョーコさん」
レアンが聞くと、彼女は少し考えてから口を開く。
「本当なら役人に突き出すのが正解なんでしょうけど、今からそのために戻るのは現実的でないわ。それならこのまま放置しておこうかなって。どうかしら?皆さん」
問いかけにパーティーメンバーは考えたあとに首を縦に振った。
「はい、異論は無いです」
「サツキはそれでいいと思う。少しは反省しなさい!」
「……運がよければ生きられる、です」
レアン、サツキ、ハヅキについでボルデも刻印証に手をかけていった。
「あとは神様に祈りな。もっとも、慈悲をかけてくれる奇特な神様がいればの話だが」
「格好いいこといってるけど、呑み過ぎでいびきかいて寝てたけどね♪」
「わはははは!すまん!」
キョーコのツッコミにボルデが大笑いする。
「……狼に見つからぬよう祈るといい」
最後にミヤコが付け加えて、夜の中を出発した。
(続)
☆ブックマーク・評価等ありがとうございます☆
☆更新の原動力になります☆