第二話 シーン五 【錬金術と採取のお仕事】
おはなし
礼央かい(れおかい)
web版イラスト・キャラデザイン
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第二話 シーン五 【錬金術と採取のお仕事】
「レアンくん、これは『お仕事』なんだからね?……ほら、こっちにおいで」
「は、はい……」
レアンはベッドでキョーコの横に腰掛けて体を預けたが、中々緊張はほぐれない。
ギュッと抱きついて不安げな顔でキョーコを見上げると、彼女に頭を撫でられる。
「さっきハピルから襲われたから体がこわばっているわね。……仕方ないわ、ちょっと落ち着くまで錬金術の話でもしましょうか」
「はい、お願いします」
キョーコの話は純粋に興味があるものなので、レアンは頷いた。
「えっと、まず基礎ね。錬金術は基本的に錬金釜という古代アイテムを使うんだけど、私は『生命の雫』という素材を作っているわ。これに薬草などを調合して、飲み薬や塗り薬、身体能力向上などと分けるの」
「やっぱり錬金釜が無いとできないんですか?」
「そうね、釜を使わないとただの薬草になっちゃうわね。そして錬金術の最終目標は蘇生の力を得ることといわれるわ」
「蘇生⁉すごい話ですね」
レアンにとって錬金術はよくわからない不思議な技術くらいに思っていたが、蘇生となると話は違う。
キョーコはレアンの反応に驚いたようで、少し苦笑いを浮かべる。
「ええ。あくまでも目標であって、錬金術師たちの悲願ともいえるもの。まだ記録としては残ってないわ」
「それでもすごいです……」
この世界では蘇生の秘術は歴史上両手で数えられるくらいのものだ。
ここ最近だと二〇年前、八英雄の聖女オリアーナが仲間を蘇らせた記録が残っている。
「錬金術師にとって材料集めは一番大変な仕事なの。生命の雫の材料は人間の血液か体液を使うのが基本で……もう一つは入手が困難で論外。ちなみに秘薬をはじめとする錬成品は日持ちがしないのも難点ね。せいぜい七日とか一〇日とかくらいなの」
「それは、全然だめですね……」
「そこなのよね……そこが最大の弱点になってるわ。あと、血液も材料に出来るけど、力が弱いせいか量が多く必要で現実的ではないわ。錬成一回で貧血になって失神するくらいの量が必要っていわれてるわ」
「う……それは嫌ですね」
レアンは大量の血が取られることを想像したら血の気が引いた。
そんな顔を見てキョーコが逆に明るく笑う。
「でしょ?だから世界の錬金術師はほとんどが男性なのよ。私は娘の呪いを解きたくて錬金術を学んだから、材料は分けてもらうしかなかった」
「呪い?」
「あ……」
レアンは指摘した言葉がキョーコの顔を曇らせてしまったが手遅れだった。
「あれれ……なんでこんなことを話したのかしら。レアンくんだから油断しちゃったのかな……てへ♪」
「ごめんなさい、変なことを聞いてしまって」
レアンが謝ると、キョーコは首を横に振って力ない笑いを浮かべる。
「……娘たちにも話してないから内緒にしておいてくれると嬉しいわ。あの子達も苦労させてるし話すべきなんだろうけど、きっかけや踏ん切りがつかなくて……」
ふたりとも優しい娘たちだからこそ、正直にいえないものもあるのだろう。
「キョーコさん……」
レアンは無意識のうちに彼女の頭を撫でていた。
するとキョーコはびっくりして、声を上げて笑い出す。
「うふふ♪あはは♪もう、私のほうが慰められてるじゃない!レアンくんは私が思ってる以上に大人……本当にいい子。私はレアンくんにいてもらうのは助かるのよ。今までみたいに道行く人にお願いして集める苦労を考えれば楽だし、だから少しはいい思いをしてもらいたいわ」
キョーコはレアンを抱きしめておでこにキスをした。
そのままレアンの衣服を脱がしていくと、全身を優しくマッサージしはじめた。
「私の感覚的には採取って牛や山羊の乳搾りと一緒。だから恥ずかしいことはまったく無いわ。いずれ自分でできるようになったらお任せするけど、それまでは、ね♪」
「ふぁ……キョーコさん……んんっ……」
レアンはキョーコにすべてを任せてされるがままになった。
柔らかく弾力のある身体に包まれて、彼女の指先が髪の毛や首筋、胸元からおへそ……その先へ動く。
「レアンくんも喜んでくれると嬉しい♪ほら、我慢せずに声出してもいいのよ♪」
「ふぁ……そんな、あっ……声出ちゃう……ひゃっ……ああっ」
裸になることで奴隷時代の傷を見せるのはいまだ抵抗あるが、キョーコは分け隔てなく撫でて指先から全身に熱と電気が走った。
「あっ……」
そして、小さな波がやがて大きな波に変わると、あっという間に採取は完了していた。
キョーコは採取されたものを保存用の小瓶に入れてハンカチで手を拭う。
「少し疲れたでしょう?おやすみ、レアンくん」
「……はい」
レアンは全身から力が抜けたようになって、裸のまま横になる。
キョーコから布団をかけられてトントンと寝かしつけられると、あっという間に眠りに落ちるのだった。
「んっ……ふあああっ」
レアンが早朝に目覚めると、部屋にはまだキョーコがいた。
向こうも気づいて作業の手を止める。
「あ、おはよ♪レアンくん♪調子はどう?」
「あ、はい。とても元気です」
キョーコは明るく振る舞っていたが、顔には疲れが見えた。
レアンはわざと明るめの声を出して、元気さをアピールする。
「そっか、それは何より♪若いわね~」
「キョーコさんは寝ずに作られていたのですか?」
テーブルの上を見れば魔法の小型加熱器具と錬金釜、いろんな小瓶や薬草が並べられて誰でも分かった。
「そうね。なんとなく眠れないのもあったけど、もしかするとハピルがまた来る可能性もあったしね♪それにダンジョン対策でいろいろ必要になるから、下準備をしないと」
「……あんまり無理をしないでくださいね、今日は昼くらいに出発ですよ」
キョーコは心配するレアンのそばにやってくると、よしよしとレアンの頭を撫でる。
「ありがと♪じゃあ、お言葉に甘えて今から出発ギリギリまで仮眠するわね。朝食で会ったら、サツキちゃんとハヅキちゃんに伝えてもらえる?」
「わかりました」
レアンがベッドから出ると、キョーコが入れ替わりに布団にくるまる。
うつ伏せで鼻をひくつかせてこちらを見て一言。
「くんくん……レアンくんの匂い♪」
「……っ!恥ずかしいからやめてください!」
「うふふ♪おやすみなさい♪」
からかったキョーコは天井に向き直って、ものの数十秒で寝てしまう。
レアンは起こさないように布団をかけ直して朝食を済ませることにした。
その後一階に降りてレアンは姉妹に事情を説明し、朝食を済ませて身支度を終えて自分の部屋に戻ってくる。
「キョーコさん寝ているかな……?」
そこで見たのは、寝ているキョーコの頬に残る涙の跡だった。
いつもは明るくお茶目なキョーコが、今は苦しそうな表情をしている。
「サツキちゃん……ハヅキちゃん……ごめんね」
ふと漏らした寝言にレアンは胸が締め付けられて、たまらずハンカチで頬の雫を拭った。
そして、ベッドの横の床に膝をついて手を握って頭をなでていると、少し寝息が落ち着いたようだ。
「我が神イウリファスよ、どうか眠りの間だけでも彼女に安らぎの時を与え給え」
レアンの知らないさまざまなものを抱え込んでいる彼女の平穏を祈った。
(続)
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