第二話 シーン三 【新たな仲間】
第二話 シーン三 【新たな仲間】
「よお。マスターに教えてもらったんだが、お前たちがセイヒツのダンジョンに行きたいんだってな?」
昼過ぎに募集開始しておよそ三時間後、同行者募集の張り紙を見て法衣の男が声をかけてきた。
「はいはーい!そうですよ!サツキたち……私たちと一緒してくれるんですか?」
サツキが立ち上がって手を挙げると、四〇歳過ぎの男はレアンたちのパーティーを見渡して突然笑い出す。
「ははははっ……わははははははっ‼こりゃいい!女三人にちびっこ僧侶様ひとりなのか!本当にこのメンツであの難易度の高いダンジョンに行くつもりか?」
「……はい。もうひとり前衛になってくれる方も募集中、です」
ハヅキの言葉に男は笑いをこらえながら、目尻を拭った。
「いや、すまねえ!見た目で判断しちゃいけねえな、悪かった!ちなみに聞きたいんだが、もし状況的に途中で撤退することになっても契約時の報酬はもらえるのかい?」
「ええ。私の許可をもって撤退した場合は、全額差し上げるわ。勝手に離脱した場合の報酬は無しで。……一応聞いておきたいのですけど、神の奇跡は何回くらい使えるのかしら?」
キョーコが答えてから男に質問を返した。
「んー……最近は倒れるまで使ったことがないから正確には答えられないが、おそらく一五回くらいだな。おっと、自己紹介がまだだったな。俺はボルデだ。混沌の女神クラヴィレス様を信仰してるんだが、そこの僧侶様が俺の神様が気に入らねえというのはないのか?」
「えっ……?それは……」
レアンは自分を見られてギュッと刻印証を握りしめた。
レアンが信仰する法の男神イウリファスと混沌の女神クラヴィレスは兄妹神だ。
秩序と倹約を旨とするイウリファスと自由と享楽を旨とするクラヴィレスは、教えが対照的で信者同士の争いも多い。
そもそも信仰に関係なく、属性が『法』と『混沌』の時点であまり馴れ合いをしないのが、中央大陸の常である。
「それなんだけど、レアンくんはまだ『見習い』なんで、大目に見てくれないかしら?正直
きついダンジョンなので、あなたのような強い僧侶様が居てくれると心強いわ」
キョーコが頭を下げると、ボルデという男は納得して手を差し出した。
「分かったぜ、美人から頼まれたら断れねえ。今日はもう遅いから、明日以降メンバーが揃ったら声をかけてくれ。連絡先はマスターが知っているから。じゃあな!」
「ええ、よろしくお願いします」
男が去っていくと、サツキが少し口を尖らせた。
「むーっ……もうちょっと感じのいい人だとベターだったんだけどなぁ……」
「……ただ、あの装備と奇跡の回数からすると、私とサツキより経験豊富な方、です」
「それはそうなんだけどさあ……」
机に突っ伏してぐでーっとなったサツキの頭をハヅキが撫でる。
「ボクはいいと思います。ボクなんて三回しか奇跡を使えませんから、きっとボルデさんのほうが頼れると思います」
レアンが自信なさげに俯いていると、マスターが声をかけてくる。
「坊主、最初から強いやつなんてどこにも居ねえよ。それにまだ一二歳になってねえんだろ?それで三回も奇跡を使えるなんて大したもんじゃねえか。なあ?キョーコさん」
「そういうこと♪もしずっと僧侶の修行を続けていたら、きっといつか三〇回以上奇跡を起こせるようになるんじゃないかしら」
キョーコもフォローに入って褒めてくれるので、レアンはブンブンと手を横に振った。
「そ、そんな……!今はまだまだなので、一生懸命頑張ります!」
レアンは恥ずかしくなって自分の打撃棍で自分の顔を隠した。
「……フッ」
その時、一番奥の席でずっと酒と読書を楽しんでいた人がこちら側を見て笑った気がした。
レアンがその人を見ると向こうがじっと見つめ返してきて、中性的な整った顔にドキドキしてしまう。
どうやらキョーコたちと同じ東方の人のようで背は高く腰まで髪の毛があり、机に二本珍しい細身の剣を立て掛けている。
「ん?どしたの?」
サツキが少し顔を赤らめたレアンに気づいて、視線を追うと東方の剣士が目に留まった。
すぐさま席を立ちサツキは剣士のそばに歩いていって声をかける。
「こんにちは!もしかしてダンジョン探索パーティーに興味がありますか?」
「……どうしてそう思う?」
回答した人の声は予想より低く、どうやら男性のようだが魅力的な声だった。
「えっと、レアン……あの僧侶の男の子を見ていましたよね?」
「……然り。とくに理由はないが、思わず視線が吸い寄せられてな」
「うん!そうだよね!思わず見ちゃう!お兄さんもレアンの可愛さに気づいたかー!」
「……フッ。否定はできぬな。……それであなたたちは仲間を探しているのか?」
やり取りのあと今度は向こうの方から質問してきたので、ここぞとばかりにサツキがまくしたてる。
「ギルドを通して依頼してるんですけど、セイヒツのダンジョンの探索メンバー募集をしてます。あと残りは戦士さんで、報酬は……」
「……受けよう。報酬はいくらでも構わぬ」
内容を話す前に男は立ち上がると、レアンのいるテーブルに流れるような足取りで近づいてきた。
「……っ!」
レアンは反射的に立ち上がり見上げると、レアンより五〇センチ近く背が高く、美形というより美人という感じの人だ。
後ろから慌ててサツキがついてくる。
「俺の名前はミヤコ・タチバナ。東方生まれのサムライだ。こう見えても男だ。しばしの間お世話になる」
軽く会釈をしたミヤコという男は微笑むと華があった。
レアンは頭を下げて名乗り、握手を求めて右手を差し出す。
「ボクはレアン。レアンドル・ド・モンフォールです。見習い僧侶をしています。よろしくお願いします」
しかし、手を取ってくれなくてレアンが困惑していると、ミヤコが目を細める。
「……武人たるもの、手を差し出すときは命のやり取りと同意と肝に銘じているのでな。許せ」
結局握手しないまま宙ぶらりんな手を引っ込めようとすると、キョーコが隣に来て代わりに握る。
「いい?サツキも見ておきなさい」
なんだろうと思った瞬間レアンは手を強く引っ張られて、態勢を崩したところにキョーコから後ろを取られて、首筋にスプーンの先を当てられた。
ほんの瞬きの間の出来事に、レアンとサツキが息を呑む。
「……っ!レアンっ!そ、そっか……誰でも気軽に握手しちゃうのよくないんだね」
「ええ。力のある人が相手なら利き手で握手するのはあまりオススメしないわ。そして相手は両利きの場合もあるから気をつけてね♪」
キョーコはミヤコを見て微笑んでから、レアンを抱きしめて「ごめんね、怖い思いさせたね~♪」と帽子をとって頭を撫でまくる。
「……フッ。これは退屈しなそうだ。それであなたは矢面に立たないのか?」
ミヤコが聞くと、キョーコは柔らかく微笑む。
「今は娘たちの育成のために支援に徹しているわ。いろいろな人と一緒に戦うことで学ぶことも多いから」
「……然り。よき指導者であるな。出立は明日でよろしいか?」
ミヤコが予定を聞いてきたので、サツキが答える。
「あ、うん!さっきの僧侶さんが予定ついたら……あ、いたいた!おーい!ボルデさーん!」
そうしてレアンたち一行は、僧侶ボルデと侍ミヤコと共に明日正午にイグスを旅立つことになった。
(続)