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【2-1 旅は道連れ】

「一体今は何話なんだろう」

「アラン様〜! お迎えにあがりました!」


 クオリティアップの呪い、もとい創成魔法で作り出した鉛筆をナイフで尖らせていると、階下からシュシュの鈴を転がしたような可憐な声が聞こえてくる。

 シュシュというこの物語の主人公を勤める少女とは昨日出会ったばかりだが、まさしく昨日作画崩壊作品の世界に転生させられたばかりの元・限界アニメーターの俺にはほとんど頼る先がない。昨日の夜だって文無しの俺は宿泊先に困って、結局サビィが女将をしている宿屋に泊めてもらった。

 今のところ、飯はシュシュ(正確には彼女の両親だが)、宿はサビィに頼っている。完全にヒモだ。早く自立したい。


「準備はよろしいですか?」

「ああ。木の枝5本とナイフと宿でもらった使い古しの布巾10枚しか用意してないけど」

「では、私の家で朝食を食べてから出発しましょう」


 転生後は着の身着のまま、所持品なし。魔法は鉛筆と紙に変えるだけ。生活力があまりにも欠如している。

 肉体が一新し顔貌に変化はあったことを除けば、思考も能力も大差がないので生まれ変わった実感は薄い。上位空間でのやりとりのおかげで売り飛ばされた感覚の方がよっぽど強い。

 世話好きな気質なのか発注者だからなのか、シュシュはこの世界での常識を知らない俺の世話を焼くことに抵抗を示さない。もしかして、俺は所有物と認識されているのだろうか。

 寝床を提供してもらったサビィに礼を言って、宿を出る。荷物は小さな布袋一つに纏まってしまった。


「旅や戦闘の必需品は私が用意していますので、アラン様は心配しないでください」

「わかってたけど歳下の女の子に守ってもらうって情けないな」


 隣を歩くシュシュははにかんで首を振った。これから彼女のレシピ探しの旅に同行する。恐らくこの物語の本筋に関わるからだ。つまり、全12話前後のエピソードに採用される可能性が高い。

 しかし、ここで問題が一つ。デスクワークかつインドア派だった俺は根本的に旅に向いていない。不便なことに転生後も肉体のスペックはそのままだ。歪みの発生を抑えるためには同行する他に選択肢はないが、単純に足手纏いなのである。

 そこで、今回は危険な魔物の討伐が目的の食材集めの方ではなく、近場の大きな街にレシピ探しにいく、という名目の旅となっている。まあ、力試しだ。ただ低レベルではあるが高確率で魔物に遭遇するとのことなのであまり気が進まない。


「実はですね……私、他人を気にしながらの戦闘は不得手なんです」

「そうなのか。悪いな、俺がついていくと負担だろ?」

「違うんです! えっと、だからですね、助っ人を呼んでいるんです」

「助っ人?」

「はい。人が増えるのをアラン様は懸念されていましたが、それでもアラン様の安全は優先させなければいけませんから」


 紹介する、と食堂に駆け込んでいったシュシュの後を追うと、シュシュはテーブルに着いていた赤毛の青年に声をかけた。

 歳はシュシュと同じくらいに見える。派手な髪、派手な顔、見るからにレギュラーキャラクターだ。体格がいい彼は、顔つきもバトルものっぽい。バトルアクションは動きが多いから原画枚数が嵩んで嫌だな。


「アンタがアランさん?」

「ああ。えっと……?」

「彼はレオです。レオは狩人で、食堂と契約をしてるんです」

「よろしく、レオ」


 レオはこのアーバン村出身ではない流れの者だったが、今はシュシュの食堂に頼まれて食材となる魔物を卸しているらしい。シュシュ自身が食材を狩りに奔走している関係で彼女の旅に同行することも多いそうだ。ということはかなりの手練れだろう。

 そんな説明を終えて、シュシュは人数分のパンとスープを運んできた。朝は客を入れていない食堂なので賄いは昨日と同じメニューだ。彼女はそれを詫びたが、所持金ゼロの俺としては食べれるだけでありがたい。


「いただきます。うん、美味しい」

「それにしても、父と母の料理が別世界からいらっしゃったアラン様のお口に合ってよかったです」

「俺も驚いた。にんじんも玉ねぎもじゃがいももあるんだもんな」


 家庭的で胸に染み込む味がする。文句なしに美味しいが、シュシュの両親の提供している食事に使われているのは見慣れた食材ばかりだし、風味も一般的なそれと変わらない。

 建物などの世界観は中世ヨーロッパ風であるものの、食事は日本の洋風家庭料理だし、読むことの出来ない象形文字の発音は日本語だし、ますますこの世界がアニメ設定であることに説得力が出てきてしまった。

 そういえば昨日唐突にしたカメラの説明に対して、彼女は「写真を撮るカメラ」と答えた。そして、サビィは実際に写真を持っていた。肖像画ではなく、だ。

 生憎、俺は世界史に明るくないが、西洋美術史で勉強したルネサンス時代が大体中世ヨーロッパあたりだろう。そんな時代に写真などあるはずがない。魔法の関係で発展しているのか、アニメ作品によくあるご都合かだ。


 考えごとをしながら黙々と食べ進めていると、一足先に朝食を平らげたレオにジロジロと見つめられているのに気がついた。視線がぶつかると、ほとんど無言を貫いていたレオが口を開く。


「救世主って聞いてたけど案外普通じゃん。顔はちょっと異世界人っぽいかなぁ。あ、歪み以外には弱っちぃって聞いたぜ?」

「ああ、すごく弱っちぃ。旅もしたことないしサバイバルも無理だ」


 これから共に旅をするのに嘘をついても仕方がない。素直に己の能力の無さを告白するとレオはパチパチと瞬きをして、それから怪訝な顔になった。


「シュシュ、本当に連れてくの? 歪みの被害者集めて連れてきてやった方がいいんじゃないの?」

「ダメです。カメラは基本私を追いかけるそうなのでアラン様は私と一緒にいなきゃいけないんです」

「ごめん弱っちくて」


 レオは気さくというより無遠慮な性格のようだ。シュシュとレオはどのくらいの付き合いなのだろう。同じ敬語ではあるがシュシュとレオのやりとりは、シュシュと俺との他人行儀なものとは違い、互いに和気藹々としている。

 腕もあり、ついでに職もあり、歳も近く仕事でも付き合いのあるレオが居る時点で、旅の最中で馬に蹴られて死ぬんじゃないだろうか。

 いや、自信を持とう。俺は業者、歪み退治業者。会社にエアコンを直しに鉛筆削りの音しかしない無言の作画空間にお邪魔してくる業者さんのように、存在感を消し、為すべきことを為すプロフェッショナルであるべきだ。

 すると、こそこそとシュシュがレオに耳打ちをする。存在感を消すと決めたとはいえ、3人しかいないのにあからさまに省かれるとちょっとへこむ。


「レオ、あのですね。アラン様はハートが繊細なお方なので、出来るだけ優しい対応をお願いします」

「めちゃくちゃ面倒だな……」


 こちらに容赦ない視線を送ってくる2人に何を言われているのかヒヤヒヤしていると、シュシュはレオから離れて今度は俺に耳打ちをしにくる。年頃の女の子は内緒話が好きだとかそういう問題なのだろうか。


「アラン様、この通りレオは少し大雑把で不躾なところがあるので、気に触るかもしれませんが……」

「いや、あれくらい俺に期待してない感じだとすごく落ち着く。作画も楽そうな髪型だし、顎も尖ってないし頭身も高すぎない。いい奴だな!」

「アラン様のお気に召す基準は私にはよくわかりませんが、問題なさそうでよかったです」


 シュシュは声を潜めるのをやめ、長い髪をクルクルと指に巻きつけた。心なしか不貞腐れている。レオの髪型が楽とか言ったから気にさせてしまったのかもしれない。

 流石の俺も、作画のために短髪になれとか言わないので安心して欲しい。それに短髪だらけだと絵コンテ段階で誰が誰だかわからなくなる。キャラクターの取り違え事故は避けたい。全部描き直し。Rマークのリテイクだ。

 実のない話を終えたシュシュはするするとまたレオの方へ流れていった。まるで伝書鳩みたいだ。


「レオ、やっぱりアラン様には優しくしなくていいです」

「何で? シュシュって救世主さんのこと嫌いなの? この世界救う存在だろ?」

「あっ! そうやってアラン様に期待しないでください!」


 なんの話だろう。今生で与えられた不吉な名前が聞こえた。制作進行さんの机の方で俺の名前が聞こえたときの変な緊張を思い出す。悪口じゃないことを祈ろう。

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