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ミスラの呪縛  作者: 田村次郎丸
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眠気を体にぶら下げて登校すると、教室の黒板にやたらと大きな字で川村京子と書いてあった。

転入生だ。因数分解でつまずいている私でもそれくらいはわかる。

やがて先生が姿を見せて、騒がしい奴らを黙らせた。

今日は転入生が来ると、みんな既に知っていることをわざわざ言う。

私は退屈に思って、机に頬杖をついて何もない廊下を眺めた。

転入生など、まるで興味がない。

どうせすぐに西岡の下に入るに決まっている。

西岡もそれを望んでいるはずだ。

証拠に、気に入らなかったらいじめてやろうなんて声が耳に入ってくる。

しかしいつ聞いても耳障りな声だ。

梅雨時の深夜、私の眠りを邪魔する蛙の大合唱の方が幾分かましだ。

いじめてやろうだなんて物騒なことは心中で囁けばよいものを、わざわざ隣の席に座る子分に言うのだ。

それほど人の上に立つという優越感に快楽を覚えているのだろうか。

西岡の前世は、一国を治め、気に入らない奴は徹底的に処刑し、貧しい民をこき使っては私利私欲を貪る暴君だったに違いない。

私にしては出来のいい推理だ。


そんなことを思っていると、やがて転入生が教室に通された。

ポニーテールに眼鏡、どこかみすぼらしい着こなし。

徹底的に地味であることにこだわったのかと問いたくなるほど、そいつは地味であった。

そんな転入生、川村京子はなんとも覇気のない、気弱な歩みで室内に入ってきた。

やがて川村は教壇に立つと、ぺこりとお辞儀をして、名乗りだした。

なんとも頼りない声だ。わずかに俯いて、誰とも顔を合わせない。

なんだか不気味な奴だ。

そんな奴にみんなと早く仲良くなれるように頑張りますなんて言われても、いやいやこちらから願い下げだ。

そんな川村を瞬時にカモだと決めつけたのか、近くから小さな笑い声が聞こえてきた。

疑わなくても察しがつく。

西岡だ。近くにいる部下と一緒に川村を見下すような目で見て、何やら小声で話している。

言いたいことがあるなら直接言えばいいものを。西岡もその点では大した人間の器ではないのだろう。

自己紹介を終えた川村は、先生の案内で空席に座った。

不運にも西岡とそう遠くない席だ。可哀想に。

私にできることは、せいぜい祈ることだ。川村が西岡にいじめらないように天に願うだけだ。

もし仮に川村がいじめられたとしても、私は介入できない。

頭の切れる冷静な西岡とは違って、喧嘩っ早いから、先に手を出すのは私に決まっている。

そんなことで停学処分にはなりたくない。

誰よりも何よりも、自分の身を守ることが最優先だ。


昼休みのチャイムが鳴った。

男子は皆我先に食堂へと向かってゆく。飯となると単純な奴らだ。

そうは言うが、私も腹がぐうと鳴った。周りが騒がしいから音は響かなかったが、少し赤面した。

机の上に弁当を広げ、無言で食べる。

もちろん一人だ。相変わらず友達なんてできやしない。

昼休みの教室には友達のいない者が残る。別に惨めでも何ともない。

一人が好きな人だっているだろう。しかし、私は少し寂しい。

笑い合える仲間とか、愚痴をこぼせる仲間が欲しい。

そういう気持ちがほんのりと胸の隅に残っている。しかしそれもだいぶ霞んできた。

もう、高校生の間に友達ができることはないだろう。

そんなことを考えながら食べていたから、いつの間にか弁当を完食していた。

まるで食べた気がしない。


私は無気力に教室を見渡した。

読書している者に、隠れて携帯をいじるもの。うつ伏せになって寝ている者もいる。

友達を作り損ねた者たちのたまり場だ。

ここにいる奴らだけでも、仲良くなれないものか。

転入生の川村京子の周りにはたくさんの女子が集まっている。親切だ。川村もうれしそうというか、安心しているというか、どっちともいかない笑顔でみんなと接している。


食べ終わった弁当を片付けているとき、教室に西岡が入ってきた。数人の側近も一緒だ。

殿のお通りだと言わんばかりに自信に満ちている。

その自信はいったいどこから来るのか。

西岡はそのまま転入生の川村の席まで行った。

恐れをなして、川村の周りにたむろしていた者たちはみんな散ってしまった。

川村はかなり怖がっている様子だ。

それも無理はない。

西岡は川村の机に辿り着くや否や、硬貨を何枚か放りだした。

転入祝いに何か奢るのだったら随分と感心なことだ。

しかし当然そんなことはなかった。

西岡は川村に、この金でパンを買ってこいと命令した。側近たちは陰湿な笑みを浮かべている。

ここで従わなければ、確実にいじめられる。

私は見ているしかなかった。正義なんてものに振り回されて暴力沙汰は起こしたくない。

西岡は昼休みになると、毎回こうやって誰かにパンを買いに行かせる。そうやって子分たちの自身への服従心を確かめているのだ。

私なら絶対に買いに行かない。

人の下でこき使われるのは御免だ。舐められたら終わりなのだから。

川村は震えた手つきで金を手に取ると、席を立った。

見事、川村も西岡の傘下に入ったようだ。

気の毒だが、これから毎日、奴隷のような扱いを受けるはずだ。


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