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幼いころから意地っ張りで喧嘩ばかりしている。
それは酷いものであった。
幼稚園児の時、同じクラスの奴とおままごとの母役決めで揉めたことがある。
もちろん双方譲らないものだから、堪忍袋の緒が切れてそいつの頬を強くつまんでやった。
そしたらそいつは泣き出して、いじわるされたのだと先生に訴えた。
先生が気味の悪い笑みで仲良くしましょうねと言うものだから、正直に気味が悪いと言うと、先生は顔を真っ赤にして私を怒鳴りつけた。
小学校の入学式の日に同級生の一人を泣かせたこともある。田中という名だったか。
そいつは私より随分と体の大きい男で、いかにも甘やかされて育った坊ちゃんといったところだ。
泣かせた理由もなんてことはない。
式の相中に仲間と騒がしくしていたから、耳障りだという趣旨の暴言を吐いた。
すると怒って襲い掛かってきたから、当時は柔らかであった足を田中の顔面に叩き込んでやった。
尻もちをついた田中は、鼻血を垂らして泣き喚きだした。
それがもっと耳障りだった私は、泣くな弱虫! と怒鳴り散らし、新品の上履きを脱いでそいつの顔面に放り込んだ。お陰様で入学初日に指導を頂いた。父が田中の親類に平謝りしていたことを覚えている。
そんな父に向かって、田中の母親が育てが悪いと嫌味を言った。
すぐさまお互い様だと言い返すと、田中の母は鬼の形相で去っていった。
別に父のために言ったのではない。ただ気に食わなかっただけだ。
もちろん一度も謝っていない。間違ったことをしたとは一寸も思わないからだ。
それだけは何としても守った。
中学の時分からいよいよ勉強しなくなった。
かといって友達と遊び惚けていたわけでもない。私に友達なんて生き物は縁遠い存在だった。
喧嘩っ早いのと、尖った性格が周りを寄せ付けなかったようだ。
それでも、心優しい奴らや、好奇心の旺盛な奴は気を利かせて私に話しかけてきた。習い事や趣味、最近流行りのTV番組の話題だ。
しかし私は習い事もしていなければ別段趣味もない。流行りにも疎いから、みんなが何を話しているのか全く分からない。これでは全く知らない言語の学校に通っているのと変わりない。
そんな中クラスの女王になったと勘違いしている痛い女との小競り合いもあって、いつの間にか見事に孤立していた。
けれど私は気にしなかった。その方が楽だと思ったのだろう。
3年間、本当に何もせずに過ごした。足を引っ張るようなことこそしていないが、中学校の行事なんかに精を出す奴なんかの気持ちが分からなかった。
給料が出るわけでもないのに。
親にもしきりに反抗した。
毎日のように口喧嘩だ。まともな会話などあっただろうか。さすがは親子と言わんばかりに、お互い全く譲らない。
自分の言い分こそ絶対の正義だと自信を持っているのだ。
3年生の時、進路相談で選べる高校がないと言われたときは少しだけ焦った。
母も顔を真っ青にして、今すぐに勉強なさいと言った。
しかし3年間、授業のおよそ3分の1を睡眠時間に当ててきたのだ。勉強しようにも仕方が分からない。
そんな私を、母は安くない金を払って進学塾に放り込んだ。
集団では従来と変わらないので、個別指導だ。
しかし、私の担当になった大学生の講師はいかにもうんちく好きそうで、自分よりも年下で頭の出来が悪いと判断すると偉そうに接してくる嫌な男だった。
証拠に、講師の男は眼鏡を指で少々押し上げて、人を小ばかにするように薄ら笑う癖があった。
それでも何とかテストが並の成績になったから、その講師には少し感謝している。
駄目もとで受けた、地方でも割と名がある進学校の合格発表に私の番号札があったときは、親が泣いて喜ぶ隣で、一生分の運を使い果たしたと思って逆に憂鬱な気分になった。
晴れて身の丈に合わない高校へと入学したのだが、それでも友達はできなかった。
いや、もはや私が友達を作ろうとしていなかったのだろう。
もともと近寄り難い気迫があると言われてきたのだ。諦めにも似た感情があったことは否めない。
これでは駄目だと何度か努力したが、すべて無駄に終わった。
結局親友と呼べる者もいないまま、2年生に進級していた。
それまでにとった赤点は数知れない。
追試常連客として校内で少しだけ有名になった。先生たちにもまたお前か、と言われつつ変に可愛がられていたが、不名誉にもほどがあって微塵もうれしくなかった。
2年生に進級し、新しいクラスになってからも状況は変わらなかった。
赤点の数は増えるし、友達なんて全くできやしない。
しかし、新しいクラスになってからというもの、友達ができないのはどうやら私だけのせいではないようだった。
というのも、どうもクラスの女子には親分的な身分がいて、そいつの癇に障る女子生徒は陰湿ないじめを徹底的に受けるようだった。
その親分の名は西岡だ。
見た目も可愛らしく、運動部の部長を務める風貌の良い男子生徒に猫なで声で接しているところを見たことがある。笑いを堪えてその場を去ったのを覚えている。
もちろん、その陰で気に入らない女子生徒を何人かの部下を従えていたぶる様子も見た。
しかし私はただ見ているだけだった。
怖かったのではない。
自分のことではないから興味がないのだ。
それに、喧嘩っ早い性分だからこそ、無駄に干渉して面倒を起こしたくなかったのだ。
なので私と西岡は、同じクラスにいながら不干渉であった。
お互い舐められたら終わりだという理念のもとに生きていることだけは共通の理解があるようで、自動的にそうなったのだ。
ほかの女子生徒は次々に西岡の配下にされていく。そうすれば雑用のような命令こそされるが身の安全が確保できたのだろう。
まるでヤクザの組織図だ。見事にひとクラスでその縮図が完成している。
いやはや、同じ生き物ではあるが、やはり女は恐ろしい。
私はと言うと先ほど述べたように、西岡の支配下に入るわけでもなく、西岡に支配下に入れと強引に迫られるわけでもない、謎の中立関係を保っていた。
あの西岡に対してその態度が勇ましく映るのか、徐々に周りの女子から羨望のまなざしで見られるようになっていた。
目立たないようにしていたい私にとってはいい迷惑だ。
お陰で最近、西岡とその側近が私を面白くなさそうに睨んでくる。
喧嘩っ早いから何度か本気で睨み返しそうになった。しかし寸前で心を抑え、冷静に目を逸らした。
面倒は御免だ、と言わんばかりにだ。
本当は殴り飛ばしてやりたいところなのだが。
川村京子がクラスに転入してきたのはまさにその頃だった。