1日目 18時から19時 残業
魔法の扱いにも慣れてきた。
イースから教えてもらったファイアボールにとどまらず、風の刃を打ち出すウインドエッジ、土の弾丸を放つアースバレッドなどが使えるようになった。
レベルも一つ上がって3になり、いつの間にか魔力感知というスキルもついていた。
「アキラ様。そろそろ日の暮れる頃合いでございます。お城に戻りましょう」
腕時計で時間を確認すれば6時10分。
元の世界の時計だけど、召喚されたときの太陽は真上を過ぎていたし、そろそろ日暮れというのなら腕時計の示す時間が大きく異なるとは思えない。
「何を言っているんだ。まだ時間はあるだろ」
仕事というのは天辺付近に終わるものだと俺は認識している。もちろん、会社には定時と呼ばれる給与の切り替えラインが存在することは知っているが、それすらも幻想だと俺は知っている。
「ダンジョンの中では時間感覚が無くなるのは仕方ありませんがもう夜です。アキラ様、休息も必要でございます」
「ボクもクタクタだよ。汗もかいたし、お風呂に入りたいよ」
「アキラ殿の歓迎の宴もございますので、一度城に戻りましょう」
「……」
俺は思わず言葉を失ってしまった。
妻と娘から引き離しておきながら何を生ぬるいことを言っているのだ。
「俺のレベルを一日も早く70まで上げないといけないのだろう」
「お言葉ですがアキラ殿、元の世界に帰りたいと考えるお気持ちはわかりますが――」
「ボーグ、君は何を言っているんだ。俺が元の世界に帰るため、一日でも早くレベルを上げたいのはもちろんだ。だが、それ以前にこの世界は魔王の軍勢に町や村を襲われ続けているのだろう」
「そ、それは……」
「だったら、今やるべきことは一日も早く、一秒でも早く魔王を討伐することだろう。俺のレベルが70に到達するのが1秒遅れるたびに、大切な国民が一人殺される。そう考えて行動すべき時に、俺の歓迎の宴? ふざけるのもいい加減にしろ!!」
「くっ」
「申し訳ありません。アキラ様」
言い過ぎたか。
エリノスが顔を赤くして、まるで懇願するように俺の手を取ると下から見上げてきた。
「感動いたしました。私は王族でありながら、国民のことを少しも考えることができていなかったのですね。アキラ様のおっしゃる通りでございます。アキラ様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、ぜひともレベル上げを継続しましょう」
目をキラキラさせて言われると、少しばかり胸が痛む。
「エリノス殿下がそうおっしゃるなら……」
「えー、ボクはもうへとへとだよ。まだ続けるのー」
エリノス以外の二人は不満があるらしい。
残業を押し付けて来る上司に悪態をつき、自分が上に立った時は部下に同じことはしないと心に誓っていたはずなのに、今の俺は同じようなことをしていないだろうか。
「わかったよ。君たちに休息が必要だというのなら、休息をとればいい。その代わり俺のサポートチームを二つ用意してくれ。朝と夜、二交代で俺をサポートしてくれればそれで十分だ」
「そうですね。私は最後までご一緒しますが、そのように明日以降は考えることにしましょう。ですが、今日は二人とも協力してください。これは命令です。ですが、その前に『スタミナヒール』」
緑色の淡い光が俺たちを包み込み、歩き棒になっていた足、剣を振るって重たくなっていた腕、集中して疲れていたから頭から疲労が抜けていく。
元の世界にこの魔法を持って帰りたいと思った俺はやっぱり社畜なのだろう。
俺は軽くなった体を武器に、魔物に向かって突っ込んでいった。