1日目 17時から18時 初めての魔法
「世界の根源より生まれし紅蓮の炎よ。我が魔力を糧としてその力で世界を焼き尽くせ。ファイアボール」
イーナの掌から放たれたサッカーボールほどの火の玉が一直線にゴブリンに命中すると、一気に炎は広がりゴブリンを消し炭に変えた。
「こんな感じかな。さ、やってみてください」
「あー、その、世界の云々って詠唱って必要なのか? 無詠唱魔法はないのか」
二十代の妻子持ちに厨二病くさい詠唱はきついんだが。どうしても必要というのなら、魔王は剣のみで倒してやんぜ。
「無詠唱か。ボクのような天才魔導士なら造作もないけどねっと――」
しゃべりながら生み出した火球がダンジョンの壁に向かって放たれた。
「それを教えてくれ」
「んー。基礎なくして応用はないんだけど、しょうがないですね。いいですか。魔法というのは――」
ダンジョンに潜って一時間が経過していた。手に残る生々しい感触に戸惑いはしたけども、家族のもとに帰るためにはほかに道はないのだと言い聞かせて出てくるゴブリンを次から次に倒していった。10匹ほど倒したところで体の内側から熱く滾るような熱が噴出しレベルが一つ上がった。ステータスが大体100前後上昇したくらいで特別なことは何もなかった。
ただ、それを確認したサポートメンバーたちが、それでは今度は魔法を使ってみましょうとなってイーナがお手本を見せてくれたのだ。
「――で、聞いてますか」
「つまりイメージを魔力に乗せろってことだろ。とりあえずやってみるよ」
敵は接近していないのでゆっくりと掌に力を集中する。正直言えば無詠唱であっても、壁に向かって右手を突き出してる状態がすでに羞恥の極致なんだが、新入社員研修で山に向かって大声で挨拶したり電話の取り方のロールプレイングを思い出せば何とか耐えられそうな気がする。
魔力。
元々の世界にはない力だけど、この世界にそういう力があるということ。そして自分の体にもそういう力が流れているという前提で意識を集中させる。社畜の基本性能として自己暗示という能力には多少の自身がある。
本当は替えのきく歯車の一員であるとわかっていながら、俺がいないと仕事が回らない。今日中に俺がやらないと明日の会議でみんなが困るんだと、自己暗示をすることで厳しく理不尽な状況でも激務に耐えてこられたのだ。
その俺の自己暗示力を舐めてもらっては困るのだよ。
身体の中を流れる血流とは別の”何か”。
天啓が降りてきたようにその感覚をつかんだ俺は、その力を操り掌へと集約させる。先ほどイーナが繰り出した炎をイメージしながら、
「ファイアボール!!」
やべっ、声に出してしまった。
そう思った時には時すでに遅し。俺の手から打ち出された火球が壁に激突して大きく広がった。
「はは、天才のボクもびっくりだよ。さすがは選ばれし勇者ということだね」
「ええ、本当に。あれだけの説明で魔法を使えるようになるなんてすばらしいです」
「ならば次は実践へ移ろうぞ。発動が遅れそうなときは、私がフォローしよう」
三者三様の言葉をもらって俺は魔法を使ったゴブリン討伐に乗り出したのだった。