三枚のお札 その三
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第九十七弾です。
今回は『三枚のお札』で書かせていただきました。
その一、その二では山姥がひどい目に遭いましたが、今回は……?
どうぞお楽しみください。
昔々、ある山のお寺に、和尚さんと小僧さんが住んでおりました。
小僧さんはやんちゃ盛りのいたずら盛り。
なかなかお寺の修行を頑張りません。
「こりゃ。お前はなぜそう修行に身が入らんのじゃ」
「和尚様〜。おいら、この季節は修行どころじゃないんですよ〜。隣の山に栗がいっぱいなっているかと思うと、気になって気になって……」
小僧さんの言葉に、和尚さんは顎を撫でます。
「お前の怠け癖は今に始まった事ではないと思うがの。ま、ワシも栗は好きじゃ。取ってきて良いぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ただし、あの山には夜になると山姥が出る。日が暮れる前に帰るのじゃぞ?」
「はーい! 栗だ栗だ〜!」
「……大丈夫かのう……。念のため、このありがたいお札を持って行きなさい」
「はーい!」
小僧さんは喜び勇んで隣の山へと行きました。
しかし小僧さんは栗拾いに夢中になり、気がつけば日が暮れてしまいました。
「困ったなぁ。どうしよう」
「お困りかね小僧さん」
「えっ?」
振り返るとそこには、人の良さそうなお婆さんがおりました。
「今から山降りるのは危ねえから、ワシの家に来るといい」
「え、でも……」
日暮れの山の中で出会う知らないお婆さんというのは、何とも言えず不気味でした。
(……和尚様の言っていた山姥かもしれない……)
小僧さんは警戒して断ろうと思いましたが、このまま夜の山で一人過ごす方が危険にも思えました。
「……じゃ、じゃあ、お世話になります……」
「あぁ、ついておいで」
お婆さんは小さな小屋に小僧さんを連れて行きました。
そして小僧さんのカゴの栗を剥いて、栗ご飯を作ってくれました。
「お、美味しいなー」
「たんとおあがり」
栗ご飯を食べた小僧さんは、敷かれた布団に横になりました。
しかし眠気はやって来ず、布団の中で何度も寝返りをうちます。
すると、
……しゃ〜こ、しゃ〜こ……。
「……何の音だ……?」
小僧さんは何かがこすれるような音に気が付きました。
台所の方から聞こえて来ます。
「まさか……!」
のぞいてみると、山姥が包丁を嬉しそうに研いでいました。
「あの小僧、ようやく食えるぞ……。ひっひっひ……」
(……! やっぱりあのお婆さん、山姥だ……!)
小僧さんは、恐怖に身震いしました。
(逃げないと……!)
しかしその動いた音が、山姥に気付かれてしまいました。
「小僧! 起きただか! どこさ行く!」
台所から飛び出した山姥は素早い動きで、出口の土間へと回り込んでしまいました。
「しまった! こんな時こそ和尚様のお札を!」
小僧さんは懐からお札を取り出します。
札には『声』『水』『火』とそれぞれ書かれていました。
(この三枚でこの状況を打開するには……!)
その時小僧さんに電流が走りました。
「お婆さん、人間を食べるよりももっと素敵な体験、してみない?」
「はぁ? 命惜しさとはいえ馬鹿な事を言うじゃないか!」
「体験してみればわかるよ! まずはこの札!」
小僧さんが『火』の札に念を込めると、部屋の温度が急上昇していきます。
しかし山姥は平気な顔で笑います。
「こんなものでワシが参るとでも思っているのか! それにこの暑さはお前も受けておる! お前の方が先に茹で上がるぞ!」
「それは、どうかな……」
小僧さんは既に『声』の札を発動させていました。
『三十秒経過……。君はたかが三十秒と思うかもしれないが、三分を目標としている君には六分の一だ。こうしているうちにも時間は過ぎて、もうすぐ一分だ……』
「まだまだいける!」
イケボのタイムカウンターに、小僧さんは力を取り戻します。
それでも三分近くなると、小僧さんの顔は真っ赤になっていました。
「くくく、小僧、限界だろう! とっとと札を解除して楽になれ!」
「いやそんな事はしない! これが『いい』んじゃあないか! お婆さん!」
「え?」
「この『暑く』なるお札、解除だなんてとんでもない! これがいいんだよ! お札がやってくれたこの暑さが『いい』んじゃないかッ!」
「何を言っている? 頭が熱でおかしくなったのか?」
目を丸くする山姥の前で、小僧さんは最後の『水』の札に念を込めます。
すると土間が冷たい水で満たされました。
「うわっ! 冷たっ! 小僧! 何のつもりだ!」
「全身を! この! 水の中につっこんで! 浸かり浸るッ!」
そう叫ぶと、小僧さんは水の中に飛び込みました。
「……はあぁ……、整うぅ……」
「……」
小僧さんのうっとりした顔に、山姥も全身を水に浸してみました。
「ひゃあああ! 冷たい! ……あ、でも身体の芯が熱いから、何というか、気持ちいい……」
「そしたら上がって、少し座ったり寝転んだりするといいよ」
「……うむ……」
水から上がって板の間に寝転がると、なるほど、さっきの熱気が少し残っている空気が、何とも言えない暖かさで、身体がほぐれていくのを感じます。
「さぁ、もう一セットいってみようか! 今度は五分で!」
「う、うむ、わかった」
『大丈夫だ。君達なら五分でもきっと耐えられるさ。そして行こう! 整った世界へ!』
こうして小僧さんと山姥は思う存分整いました。
翌朝、小僧さんは籠いっぱいの栗と共に、お寺の前まで戻って来ました。
「お婆さん、寺まで送ってくれてありがとう!」
「こちらこそ素晴らしいものを教えてくれて、ありがとうね」
整った山姥は肌も髪も艶々で、ぱっと見三十代の美女と思う程に若返りました。
「本当にこの三枚のお札、もらってもいいのかい?」
「うん! でもその代わり、もう人を食べたりしないでね!」
「あぁ! この整った感覚に比べたら、人を食べるなんて今まで馬鹿な事をしてきたと思ったよ! ありがとう!」
そう言うと山姥は風のように元の山へと帰って行きました。
こうして隣の山の山姥の噂は消え去り、代わりに美人女将がいるというドライサウナの噂が遠い町まで届く事になりましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
やはりサウナ……!
サウナは全てを解決する……!
※サウナの効果には個人差があります。
次回は【混ぜるな危険】シリーズで『さるかに合戦』を書こうと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。