虎の威を借る狐 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第九十一弾。
今回は『虎の威を借る狐』でお送りします。
……昔話には違いない、はず(震え声)。
どうぞお楽しみください。
昔々、ある森の中に、知恵の回るキツネがいました。
ある日キツネが森の中を歩いていると、大きなトラに出会いました。
(ひえー! と、トラだ! 何かされたら怪我じゃすまない! ……そうだ!)
良い事を閃いたキツネは、トラの前で胸を張りました。
「やぁトラさん。こんにちは」
「? あ、あぁ、こんにちは……」
トラはキツネの態度に面食らいました。
キツネのような小さな動物は、自分を見たら怯えて逃げるのが当たり前だったからです。
「お前は俺が怖くないのか?」
内心(めっちゃ怖い!)と思っていたキツネでしたが、そんな事はおくびにも出さずに鷹揚な態度を取り続けます。
「はっはっは。僕はね、森の神様から全ての獣の王と認められていますからね。君を恐れる理由がありません」
「!?」
初めて聞く内容に、トラが目を見開きました。
その隙を逃さず、キツネは畳みかけます。
「お疑いですかな? では一緒に森の広場に行きましょう。そうすれば僕の言ってる事が本当だとわかりますよ」
「……わかった」
半信半疑のまま、トラはキツネについて行きました。
森の広場に来ると、そこにいた動物達は驚きました。
普段は森の奥にいる大きく強いトラが、のっそりと現れたのですから。
(と、トラだ! な、何をしに来たんだ……?)
(怖い怖い怖い! でも逃げたら目立つよね!? 目をつけられたら、後で何をされるか……!)
(ど、どうしたらいいんだ!?)
戸惑う動物達に、キツネは頭の上まで上げた手をすっと下ろしました。
「!」
「っ」
「……!」
先触れのように歩いて来たキツネの動作に、動物達は瞬時に意味を理解し、頭を下げます。
それはまるでキツネに頭を下げているように見えました。
「ふむ……。この様子からするに、先程の言葉、満更嘘でもないらしい」
「ふふっ、ご理解いただけましたか?」
実際はトラの恐ろしさに平伏しただけなのですが、そうと悟られないよう、キツネは殊更に胸を張ります。
「どうですか? 僕に危害を加えるのは間違いだとわかってもらえましたか?」
「あぁ」
トラが頷いたのを見てキツネはほっと一安心しました。
しかし次にトラが続けた言葉に、キツネは出会った時以上に驚きました。
「ならば俺は森の王を守る護衛役となろう。常に側にいてキツネを危険を遠ざける、いいか?」
「えっ!? あ、あの、その、よ、よきにはからえ……?」
こうしてトラはキツネの側にいる事になりました。
キツネは嘘がバレたら何をされるかわからない、とびくびくしていました。
そこで少しでも機嫌を取っておこうと、食べ物を用意したり、景色の良いところに連れて行ったりしました。
そんなある日。
「トラさん、僕ちょっとトイレに……」
「あぁ、わかった。ここで待つ」
キツネは小走りにトラから離れました。
「はぁー……。トラさんが側にいるお陰で、食べ物は手に入りやすくなったし、誰かに取られる事も無くなったけど、この緊張感には慣れないなぁ……」
深呼吸して戻ろうとしたキツネの耳に、
「あのー、トラさん……」
ウサギがトラに話しかけているのが聞こえました。
「何だ」
「えっと、その、と、トラさんは、何でキツネさんと一緒にいるんですか?」
その言葉にキツネは青ざめました。
これでトラが「キツネは森の神様から獣の王を任されているからだ」なんて答えられたら、嘘が全部バレてしまいます。
(は、早く逃げないと……!)
しかしトラの答えはキツネの予想と違っていました。
「あいつは俺に話しかけてくれたからな」
「え?」
(えっ!?)
目を丸くするウサギ。
それ以上にキツネの目はまん丸になっていました。
「森の皆は俺の身体の大きさと力の強さを怖がっていた。だがキツネはそんな俺に声をかけてくれた。『僕は森の獣の王様だ』とな」
「え、それって……」
「初めは半信半疑だった。だが広場に行って、皆が俺とキツネに頭を下げた。だがその目はキツネではなく俺を見ていたから、俺を利用してビビらせたんだとわかった」
草むらの中で、キツネは頭を抱えます。
(バレてた……! ほとんど最初から全部バレてた……!)
しかしトラの声に怒りはありませんでした。
「だがそれでも話しかけてくれたお礼に、その嘘に付き合おうと思った。もし何か俺以外に怖いものがあるなら、それから守ってやりたい、そう思ったんだ」
「トラさん……」
「そうしてキツネといるようになってから驚いた。他の皆も少しずつ話しかけてくれるようになってな。……今のお前さんみたいに」
「……はい。キツネさんといるとトラさんあんまり怖くないなって……。だから、トラさんが騙されてたらやだなって思って……。キツネさん時々嘘つくし……」
(んがあぁ! ウサギさんにもバレてたー!)
ウサギの言葉に、キツネが草むらで身悶えしました。
トラはそんな心配そうなウサギの頭を優しく撫でます。
「心配してくれてありがとな。だが俺はキツネになら騙されてもいいと思ってる」
「えっ? トラさん、どうして……?」
「話しかけてくれた事、一緒にご飯を食べてくれた事、綺麗な景色を見せてくれた事……。それに比べたらちょっと騙されて利用される事ぐらい、なんて事ないのさ」
「……!」
その言葉にキツネはたまらず草むらから飛び出しました。
「ドラざぁん! ごべんなざい、ぼぐ、ドラざんに、ウゾづいで……」
「よ、キツネ。やっぱり聞いてたか。あんまり遅いからもしかして、と思ってたが……」
「ごべんなざい……! がっでにごわがっで、だまじで、あんじんじようどじで……」
「あぁ、わかってる。わかってるよキツネ。だがお前は俺を利用して誰かをいじめたり、物を取ったりしなかった。それが俺は嬉しい」
「ドラざん……!」
「改めて、俺と友達になってくれないか?」
「ゔん!」
「わ、私も、トラさんとキツネさんと友達になりたい!」
「あぁ、ウサギ、よろしくな」
「よろじぐぅ……!」
こうしてキツネとトラとウサギは心からの友達となり、森の動物達と共に幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
話を読み直して、(トラからしたら顔見せるだけでビビられていたそれまでの生活って辛いよな……)なんて思ってしまったので、こんな流れになりました。
ウサギグッジョブ。
次は『金太郎』で書こうと思います。
よろしくお願いいたします。