シンデレラ その一
パロディ昔話、第九話です。
今回はシンデレラ。
『誤字から始まるストーリー』の『砂かぶり姫』は原作の原形がないほどに遊びまくったので、こちらでは原作ベースで行きたいと思います。
……あくまでベースであって、尊重すると思ってはいけない(戒め)。
どうぞお楽しみください。
昔々ある国に、シンデレラと呼ばれる美しい娘がいました。
シンデレラのお母さんが病気で亡くなり、お父さんは新しいお母さんを迎えました。
しかしお父さんが病気で亡くなると、継母とその連れ子の三人の娘はシンデレラに辛く当たるようになりました。
ある時お城の舞踏会が開かれましたが、継母達はシンデレラを家に置いて、四人で行ってしまいました。
「私も舞踏会に行きたい……」
その時魔法使いが現れ、シンデレラに魔法をかけました。
シンデレラは素敵なドレスとカボチャの馬車で、舞踏会へ行く事ができました。
そこで王子様と出会い、仲良くなりましたが、魔法が十二時で解けるため、急いで帰りました。
その時に落としたガラスの靴を頼りに、王子様は見事シンデレラを見つけました。
シンデレラは王子様と結婚する事になりました。
めでたしめでたしのその夜。
「……エリザベス、シンデレラはもう眠ったの?」
「はいお母様。王子様から返してもらったガラスの靴を胸に抱いて」
「まぁ、まるで子どもね」
長女の報告に継母は扇子で口元を覆いました。
「ジョセフィーヌ。明日の準備は?」
「はいお母様。シンデレラには似合いの服を用意してやりましたわ。あんな格好で王子様の前に出たらどうなる事か……」
「今から明日が楽しみね」
次女の報告に、継母はにたりと笑みを浮かべました。
「エカチェリーナ。手続きは進んでいて?」
「はいお母様。この屋敷の査定と貴金属の鑑定は完了しました。これでいつでも売却できますわ」
「そう。これで王宮で何があろうと、シンデレラに帰る家はなくなるわ。計画は完璧ね! おーっほっほっほ!」
「お母様! シンデレラが起きてしまいますわ!」
「ここで気づかれてはこれまでの苦労が水の泡ですわ!」
「あのシンデレラの事です! 計画が知れたら何を言い出すか……!」
三人の娘に嗜められ、継母は慌てて口を押さえました。
「私とした事が浮かれてしまいましたわ」
「気をつけてくださいませお母様。ようやくここまで来たのです」
「しかも王子様というこれ以上ない成果で」
「このまま計画を完遂するのです。我らの悲願……!」
『シンデレラの幸せ結婚計画!』
三人の娘が小声で揃えた言葉に、継母は満足そうに頷きました。
「貴女達にも苦労をかけましたわ」
「とんでもないわお母様。私達の総意でしたもの」
「そうですわ。お母様がお義父様と再婚なさって屋敷でシンデレラを見た時の衝撃は、今でも時々夢に見ますわ」
「私は末っ子でしたから、新しく妹ができて、しかもあんなに美しくて可愛い、幸せの絶頂でしたわ」
「あんな事さえ無ければ……」
継母の溜息に、三人の娘の溜息が重なりました。
「お義父様がご病気で亡くなられた後のシンデレラの憔悴振りは見ていられませんでしたわ」
「元は他人の私達を『お姉様、どこにも行かないで』と縋って……」
「何度抱きしめてあげた事か……。でもそれがシンデレラの依存を深めてしまいました……」
首を振る三女の背中を、長女が優しくさすります。
「エカチェリーナは悪くないわ。まさか完全に家から出なくなるとは思わなかったものね……」
「そうよ。私も一緒のベッドで添い寝したりしたから同罪よ……」
「ジョセフィーヌ姉様そんな事まで!? ず、ずるいですわ!」
次女の衝撃の発言に、三女が立ち上がりました。
「ちょ、落ち着いてエカチェリーナ! シンデレラが起きるわ!」
「ごめんなさいエカチェリーナ! でもエリザベス姉様もしてたのよ!」
「……添い寝……。可愛いシンデレラと添い寝……。私だけしてないなんて……」
「貴女達、落ち着きなさい。だからこそ私達は厳しく接する事を決めたんじゃない」
継母の言葉に、三人は落ち着きを通り越して、憂いの色が深くなります。
「……理屈では分かっておりましたの。この家に閉じこもり、縛られていては幸せになれない事は……」
「……シンデレラの幸せのためには、良い家柄の男性との結婚が最も確実……」
「……でも我々下級貴族の出に、上級貴族の風当たりは強い。だから今から慣れさせなければ……」
納得させていたはずの思いが、三人の口からこぼれました。
「でもあんなに可愛いシンデレラをいじめなければいけないなんて!」
「一生懸命やっている掃除や洗濯、そして美味しい料理の粗を探してはネチネチと嫌味を言わなくてはいけなくて……!」
「嫌われましたわ! もうお姉様と呼んでもらえる事はないんですわ!」
「貴女達……」
涙を流す三人の頭を、継母は順に撫でて回ります。
「大丈夫。シンデレラが幸せというその事実一つだけで、私達は幸せに生きられる、そうでしょう?」
継母の優しい言葉に、三人は涙を拭って頷きました。
「はい、お母様。たとえ魔法使いへの支払いのために、家財一切を売り払う事になりましても」
「王宮に入ったシンデレラに二度と会う事が叶わないとしても」
「私達に後悔はありませんわ」
「それでこそ私の娘よ。いずれ貴女達にも良い縁を探しますからね」
継母はにっこり微笑みました。
「お母様、その笑顔はまだ早いと思います」
「明日の朝、シンデレラに見られたら、家を出る事を躊躇うかも知れません」
「最後まで私達は悪役でなくては」
「そうだったわね」
継母はにたりと笑いました。
「さぁ、明日はシンデレラを手ひどく追い出すわよ!」
『分かりましたわお母様!』
シンデレラが城に迎えられて三日。
屋敷を出る準備を進めていた継母と三人の娘は、王宮に呼び出されていました。
「……何の呼び出しでしょうか、お母様」
長女の言葉に、継母は重い口を開きました。
「……もしかしたら、シンデレラが私達の悪行を王子様に告げたのかも知れないわ……」
「そ、そんな……! では私達は……」
「……良くて追放、悪くすれば投獄、最悪処刑もあり得るわ……」
「そんな、シンデレラ……」
「落ち着きなさい」
動揺する娘達を、継母は優しい声色で諭します。
「もしそうだとしたら喜ばしい事よ。シンデレラがそこまでできるなら、これから貴族の中でも生きていけるという証なのだから……」
「……はい」
「……分かりましたわ」
「……屍を越えて行け、という訳ですわね」
「それに大丈夫よ。その場合は、私が貴女達に無理矢理やらせた事にするから」
「そんな!」
「ダメですわお母様!」
「死ぬなら一緒に!」
「お黙りなさい!」
継母の厳しい言葉に、三人は言葉を失いました。
「私のためを思うのなら、生き延びて幸せになりなさい! 貴女達がシンデレラを思う気持ちと同じくらい、私は貴女達の幸せを願っているのです!」
『お母様〜!』
感極まって泣き出す四人。そこに、
「王太子妃様のおなーりー」
案内の声が響き渡りました。
慌ててハンカチで顔を拭い、居住まいを正した四人の前に、美しく着飾ったシンデレラが現れました。
「お母様、お姉様……」
「シンデレラ……」
初めて見るシンデレラの厳しく冷たい顔に、四人は血の気が引きました。
「シンデ……、王太子妃様、この度はいかなるご用件でございましょうか?」
「いかなる、用件……? 分からないはず、ないじゃないですか……!」
歯を食いしばり、拳を握りしめるシンデレラに、四人の恐怖の色がより深くなります。
「お怒りはごもっともです王太子妃様! ですが悪いのは全て私なのです! 私に罰をお与えください!」
「お母様! 何を仰っているんですか!」
シンデレラの怒りに、四人は思わず平伏しました。
三人の娘は、それでも必死に抗弁を試みます。
「王太子妃様の仰る事はごもっともです」
「私達姉妹も同罪でございます」
「どうぞご納得のいくようなさってください」
「お姉様方! 納得のいくようにと言うなら! 説明をなさってください!」
凄まじい剣幕に、もはや四人は悪役を取り繕う事もできません。
「ごめんなさいシンデレラ!」
「辛い思いをさせてしまいましたわ!」
「許してなどと傲慢な事は言いません!」
「出来る事なら何でもしますから!」
「だったら! 何故お家を売る事になったのか、説明してください!」
『へ?』
シンデレラと四人の間に、カラスが飛ぶような間が空きました。
「変だと思っていましたの! あのモテカワコーデの第一人者と言われる魔法使いさんが、時間限定とはいえただで魔法をかけてくれるなんて!」
「え、いや、その」
「お母様とお姉様方が、私を良いところに嫁入りさせようとしている事は存じておりました! 嬉しく思ってもおりました!」
「や、それは、その」
「でもそのためにお母様達の生活が脅かされるなんて! 私には耐えられません!」
「だから、貴女がそうだから、私達は」
「だから王子様にお願いしました! 大好きな家族と一緒に暮らしたいと!」
「だ、大好き、えっ!?」
「お母様! エリザベス姉様! ジョセフィーヌ姉様! エカチェリーナ姉様! ずっと私の側にいてください!」
「……」
王太子妃の、いえ、可愛くて仕方がない家族の必死の願いに、逆らえる者などいませんでした。
「……良いのですか? シンデレラ」
「お母様と一緒でなくては嫌なのです!」
「あんなにいじめたのに……」
「お掃除やお洗濯、お料理のコツを教えてくださっていたんですよね? いじめだなんてとんでもないですわエリザベス姉様!」
「嫌いに、なってないの?」
「ジョセフィーヌ姉様! 私がお母様やお姉様方を嫌いになる事なんてあり得ません!」
「あの、お姉様達と添い寝したそうだけど、あの、私とも……?」
「お願いしますエカチェリーナ姉様! 今でも父の亡くなった時の夢でうなされる事があるので!」
『シンデレラ〜!』
家族五人、泣きながら抱き合いました。
場にいた兵士も、案内も、陰で聞いていた王子様と国王様も、皆涙を流しました。
この後しばらく家族で幸せに暮らした後、三人の姉は心優しい貴族の元に嫁ぎ、継母は世話役としてシンデレラと共に充実した日々を過ごし、シンデレラは王子との間に三男五女をもうけ、皆幸せに暮らしましたとさ。
「シンデレラ! フリードリヒがまたお漏らししたわよ!」
「今行きますお母様!」
「早くなさい! オムツかぶれができたら可哀想じゃない!」
「ふ、ふぇ……」
泣きそうな顔になる我が子を察して、シンデレラはオムツを渡しながら声をかける。
「お母様、また悪い顔になってます」
「あらやだ。シンデレラに注意する時は、どうしても昔の顔になるわねぇ」
「私はその顔も好きですけど」
「孫に泣かれたくはないわ」
「きゃーう」
「あーらご機嫌ねー、フリードリヒちゃーん。ばぁばが今お着替えさせますからねー。あばばばば〜」
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
優しい世界。
身内皆ツンデレラという、良い人しかいない世界。
たまにはこんなのもよろしいかと。
次回はまた笑いに振ろうかと思います。
『金の斧 銀の斧』でまたお会いしましょう。




