番町皿屋敷 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第八十七弾。
今回は『番町皿屋敷』でお送りいたします。
……江戸時代ですから昔話です。
幽霊になったお菊さんがフィーバーする話は既に落語でありましたので、今回は幽霊になる前で書いてみました。
パロディの入れ過ぎで四千字を超えたのはご愛嬌……。
どうぞお楽しみください。
江戸の昔。
現在の千代田区にあたる番町と呼ばれる町に、青山播磨守主膳という旗本の屋敷がありました。
主膳は火付盗賊改方という、今で言う警察のような役目を担っていました。
そのため主膳は法に厳しく、罪人に対して苛烈な仕置きを行う事もしばしばでした。
「江戸の平和は拙者が守る! わあっはっは!」
さて、その主膳の屋敷に、お菊という名の十六歳の少女が奉公に来る事になりました。
お菊は年頃という事もあって、匂い立つような美しさ。
主膳は妻に迎えたいと何度も声をかけましたが、お菊には既に心に決めた相手がおりました。
「どうかご容赦くださいませ」
手を替え品を替え口説いてもなびかないお菊に、主膳は怒りを募らせます。
「おのれ生意気な小娘め! それなら拙者にも考えがある!」
主膳は幕府から賜ったという家宝の十枚一揃えの皿を、お菊に管理させる事にしました。
「この皿は我が家の家宝であり、幕府への忠誠の証でもある! ゆめゆめ粗末に扱うでないぞ!」
「あの、そのような大事な品、私めには荷が重うございます」
「お前を信頼して預けるという主の心意気を無にするつもりか!」
「め、滅相もございません! ……謹んでお預かりいたします……」
しばらくした後、主膳はお菊に買い物を申し付け、その隙に皿を一枚盗み出しました。
そして何食わぬ顔でお菊に皿を出すよう指示しました。
「菊、預けておいたあの皿を久々に眺めたい。持って参れ」
「かしこまりました」
お菊が皿を収めた箱を持って来て、中を改めると、
「えっ、きゅ、九枚しかない……!?」
「おのれ菊! 我が家の家宝をどこにやった!」
「ぞ、存じませぬ! 一昨日磨いた時には全て揃ってございました!」
「ええい! 言い訳とは見苦しい! 大方金に困って一枚くらいならと質にでも入れたのであろう! 主のものに手を付けるとは! そこに直れ!」
「何かの間違いにございます! 私はそんな……!」
「おのれに罪がないと言うなら皿をここに十枚揃えて見せよ! さもなくば主に仇なした罪、なまなかでは済まさぬぞ!」
「か、必ずや見つけて参ります!」
真っ青になって家中を探し回るお菊。
しかし主膳は抜き取った皿を、自室の床下に隠していたのです。
見つかるはずもありません。
「どうした!? 出せぬのか! 主家に牙剥く毒婦め!」
「今少し……! 今少しお待ちください……! 何者かに盗まれて、どこぞに売られているやも知れませぬ!」
屋敷を駆け出すお菊を見て、主膳は意地の悪い笑みを浮かべます。
自分を袖にしたお菊が慌てふためく様に、溜飲が下がる思いでした。
(そうだ、許してやる代わりに妻になれと言ってみるか。そうすれば温情に感激し、一生拙者に甲斐甲斐しく仕えるようになるだろう……)
しかし、事態は思わぬ方向に動き出します。
「あの! すみません! お菊さんはいませんか!?」
「何事だ騒々しい」
激しく戸を叩く音に、主膳は苛立たしげに戸を開けました。
そこにはお菊と同い年くらいの少女が、息を切らせて立っていました。
「あ! 青山主膳様ですか!? 私、森高五郎の娘、お蘭と申します!」
「そのお蘭とやらが菊に何の用だ。今菊は出ておるが……」
「私、お菊さんとは茶の間仲間なのですが、今日真っ青な顔をしたお菊さんが、こんな手紙を渡していなくなったんです!」
「手紙だと?」
お蘭から手紙を受け取った主膳は、その中を読んで顔を青ざめさせました。
『お蘭さん
主である主膳様からあらぬ疑いをかけられ、どうにか
その疑いを晴らそうと奔走いたしましたが、もはや
手立てはありません。
何の咎もなくとも罰を受ければ、親兄弟はおろか、
親戚知人にまで迷惑がかかる事でしょう。
私はこの命をもって潔白の証としたいと存じます。
今まで良くしてくださり、心より御礼申し上げます。
どうか今後ともお元気で。
菊』
これでお菊が自殺でもしようものなら、主膳にもお咎めがくだる事でしょう。
「菊を探さねば! お蘭とやら! 何か心当たりはないか!?」
「私はよく言っていたお茶屋さんを探してみますから、主膳様は川や枝振りの良い松を中心にお探しください!」
「わ、わかった!」
主膳は必死になって駆け回りました。
「お菊……! おのれどこまでも拙者に面倒をかけおる……!」
しかしどこにもお菊の姿は見つかりません。
疲れ果てた主膳が屋敷に戻ると、何やら屋敷から人の気配がしました。
「お菊が戻ったのか!? ……ならば二度とこのような事がないよう重々に折檻して……!」
しかし主膳を迎えたのは、お菊ではありませんでした。
「青山殿。大変な事になりましたな」
「巡殿!? お奉行所の同心である貴殿が、何故……?」
「あれですよ。青山殿の井戸に身投げとは、一体何がどうしてそうなったのか……」
「み、身投げ!?」
巡が示した先には、じっとりと湿った菰が、井戸の脇に置かれていました。
「若い娘です。心当たりは?」
「……ございます」
「では確認をお願いいたします」
ふらふらと井戸の前に行き、巡が掛けられていた菰をめくると、
「……菊……!」
そこにはずぶ濡れになり、目を閉じたお菊の変わり果てた姿がありました。
巡は菰を戻すと、真っ青な主膳に問い掛けます
「この娘は?」
「……我が家の、奉公人です……」
「それがこうして家の井戸に身を投げた、となると、何か因縁が?」
「い、いえ、その、預けていた家宝が行方知れずとなり、それを厳しく咎めましたが、まさかここまで思い詰めるとは……」
動揺しながらも自分の悪事を誤魔化そうとする主膳。
そこに、井戸の周りを調べていた男が、二人の元に駆け寄って来ました。
「いやー、そうでしたか! 若い娘とは思い詰めると突拍子もない事をしでかすものですからな! うちの娘も何かあるとすぐ大騒ぎして!」
「……貴殿は?」
「はっ! 巡殿のお手伝いをしております、森高五郎と申します! 以後お見知り置きを!」
「森……? あぁ、あのお蘭とかいう娘のお父上か……」
「うちの娘が迷惑をおかけしてすみません! しかしこんな事になるとは、青山殿も災難でしたなー!」
「う、うむ、そうであるな」
高五郎の言葉に、自分の立場がそう悪くもないのではと思った主膳の顔が緩みます。
そこに、
「でもこれって変だよねー?」
「!?」
どこからともなく子どもの声が聞こえました。
驚いた主膳が辺りを見回すと、高五郎の後ろから歳の頃六、七歳の眼鏡をかけた男の子が顔を出しました。
「な、何が変だと言うのだ少年?」
震えそうになる声を抑えながら、努めてにこやかに話しかける主膳。
すると男の子は無邪気な様子で主膳に答えます。
「だってお菊さんって奉公人でしょー? 何で家宝なんて大事なものを預けたのかなーって」
「ぜ、拙者は菊を信頼しておったからな」
「でもねー、寺子屋の先生は、信頼って失敗する事も含めて任せられるものだって言ってたんだよねー。でもおじさんはお菊さんを死にたくなるまで叱ったんだー」
「……あ、過ちは正さねばならんからな。と、とはいえまさか預けた大事な皿をなくすとは思わなかったから、ついかっとなった事は否めんが……」
痛いところをずばずばと指摘する男の子に、巡と高五郎の反応が気になり、主膳はあたふたと返すのが精一杯でした。
「そーなんだー。だったら何もないといいねー」
「な、何もないと言うのは、何の事だ?」
「だってお菊さんは普通じゃしないような仕事をさせられた上に失敗を責められて死んじゃったんでしょー? お菊さんからしたら、恨むよねー?」
「し、死んだのは、お菊の勝手と言うか、私が殺したわけではないのだから、恨むなどお門違いも甚だしい!」
「うん、お菊さんもそう思ってくれるといーね」
そう言うと男の子は、どこかへ駆け出していきました。
「いやー、すみませんねぇ青山殿! うちで面倒を見ている考羽南太って言う餓鬼なんですが、やたらこまっしゃくれておりまして!」
「……そう、だな」
主膳には高五郎の言葉はほとんど耳に入りませんでした。
井戸の脇の菰が今にも動きそうで、主膳は挨拶もそこそこに屋敷へと入っていきました。
「う、恨みだの、祟りだのと馬鹿馬鹿しい! そんなもの、この世にあるわけが……!」
主膳は恐怖を紛らわすために酒をあおりますが、いつもの倍近く飲んでも一向に酔えません。
「……そんな事より、床下の皿、これをお菊の部屋に移さねば……! 誰が疑おうとも皿さえ菊の部屋から出れば、罪に問われる事はない……!」
酒器を横に寄せ、畳をめくる主膳。
その耳に、身の毛もよだつような声が聞こえてきました。
「……いちまぁい……。にぃまぁい……」
「! そ、その声は……!」
「……さぁんまぁい……。よぉんまぁい……」
「ま、迷うたか菊! おのれ主にここまで楯突くとは……!」
「……ごぉまぁい……。ろぉくまぁい……」
「な、何を数えておる……? はっ! ま、まさか……!」
「……なぁなまぁい……。はぁちまぁい……」
「……皿……!」
「……きゅぅうまぁい……」
そこでぴたりと声が止まりました。
「……き、菊……?」
問いかけても、庭の虫の声が聞こえるばかり。
しばらく震えながら耳を澄ませていた主膳でしたが、何事も起きないと大きく息を吐きました。
「な、何だ。気のせいであったか。ち、ちと酒を飲み過ぎ」
「あといちまいはどこだぁ!」
「ぎゃあ!」
庭に面した障子が勢いよく開き、髪を振り乱したお菊が叫びながら飛び込んできたのには、さしもの主膳も肝を潰しました。
腰が抜けた主膳に、全身から水を滴らせたお菊が迫ります。
「あといちまい……! あといちまいはどこだぁ!」
「こ、この床下だ! この床下にある!」
「なぁぜそこにあるぅ!」
「き、菊が拙者になびかないのを恨みに思って、少し懲らしめてやろうと……! 出来心であった! すまん!」
「ゆるさんぞぉ!」
「ひいぃ!」
土下座の体勢でぶるぶる震える主膳。
すると部屋にばたばたと何人もの足音が響き渡りました。
「青山主膳! 奉公人への不埒な振る舞い! お上の前で説明してもらうぞ」
「め、巡……!? 何故ここに!?」
「これが俺達の策だからだよ」
「も、森高五郎……!? 策とは一体……!?」
「おじさんが無茶な事を言ったから、お菊さんがうちに相談に来たんだ。それでお菊さんに一芝居打ってもらったんだー」
「ひ、一芝居……!? じゃ、じゃあ菊は……!」
振り返る主膳に、幽霊然としていたお菊が髪をかきあげます。
「い、生きておったのか……!」
「……主膳様としては、私めが死んでいた方がよろしかったようですね」
「い、いや、そんな事は……」
「今回の事でほとほと愛想が尽きました。お暇をいただきとうございます」
「……」
主膳はその言葉にがっくりと肩を落としました。
その後お上に事の次第が報告された青山主膳は火付盗賊改方を解任。
お菊は一度家に戻り、その後無事に想い人と結婚を果たしました。
この話は江戸中に広がり、『番町皿屋敷』として有名になりましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
* ゜・*:.。.:*・゜+ d(*´∀`)b うそです +.:*・゜゜・*:. *
ちなみに今回の話は、落語の話をベースに作っております。
折檻の果てに中指切り落とすとか、どうやっても笑いにできませんもん。
次回は『ラプンツェル』で書きたいと思います。
何か混ぜるかもしれません。
よろしくお願いいたします。