天女の羽衣 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第八十五弾。
今回は『天女の羽衣』で書いてみました。
原作では水浴びする天女に一目惚れした男が、天に帰るために必要な羽衣を奪い、妻とするも羽衣が見つかり去ってしまうお話です。
それをちょっといじってラブコメにするつもりでしたが……。
どうぞお楽しみください。
昔々ある山に、それはそれは美しい泉がありました。
その水は透き通り、夏でも心地良い冷たさを保っていました。
その冷たさを求めて、時折天女が水浴びに降りてきていました。
山奥で人が滅多に来ないので、天女達は伸び伸びと水浴びをしていました。
すると、獲物を探していた狩人が、ばったりその場に出くわしました。
「えっ! こんな山奥で綺麗なおなごが水浴び……!? 狐にでも化かされてるんだべか……?」
と、その時、にわかに空がかき曇り、山に巣食う野槌という妖怪が現れました。
野槌は太い筒のような身体で、口に入るものなら何でも飲み込んでしまうという恐ろしい妖怪でした。
悲鳴を上げる天女達。
狩人はその光景に腰を抜かさんばかりでした。
「あ、あんな化け物、逃げるしか……! でも、あのおなご達が食われてしまう……! どうしたら……!」
すると近くの木に掛けられていた、薄く輝く布が狩人の目に入りました。
「あれは、空を飛べると言う『天女の羽衣』……!? そうか、あのおなご達は天女様……! ならばお救いせねばなるめぇ!」
狩人はその羽衣を手に取ります。
すると羽衣が光を放ち、狩人へと巻き付きました。
「……いっくぞー!」
気合と共に狩人は宙へと舞い上がりました。
「た、助けて……」
「お、お願い、食べないで……!」
「お姉様! 逃げてー!」
「神様、私はどうなっても良いですから、他の姉妹をどうか……!」
泉の端に追い詰められた天女達が絶望に満ちたその時です。
「おぉぉぉりゃあぁぁぁ!」
羽衣の力で飛んだ狩人が、その勢いのまま野槌に蹴りを放ちました。
不意の攻撃に体勢を崩した野槌が、そのまま泉へと倒れ込みます。
「大丈夫か!」
「あ、あなたは!?」
「近くの村の狩人だ! 天女様達が襲われてるのを見て助けに来ただ!」
「あ、ありがとうござ……、あ! それは私の羽衣……!」
「火急だったので借りただ! すまん! 後で返すべ!」
すると野槌がむくりと身体を起こしました。
「む! とにかくあいつはオラが何とかする! 天女様達はここから離れて!」
「わ、わかりました!」
「ありがとうございます!」
天女達が岸に上がるのを背中で感じながら、狩人は冷や汗をかいていました。
(こんな化け物、どうすんべ……!)
先程の蹴りの反動で、足はずきずきと痛みます。
対して野槌はさしたる痛みも感じていないようです。
(このままじゃ勝てねぇ……。だったら天女様達が逃げるまで時間を稼ぐだけだ……!)
意を決して狩人は飛び上がります。
そして野槌の周りを飛び回り始めました。
野槌は飛び回る狩人を振り払うかのように身体をくねらせます。
大雑把な動きですが、巨体から繰り出されるそれは、まさに一撃必殺。
巨体が目の前を掠める度に、狩人は寿命が縮む思いがしました。
(天女様達は逃げられただべか……?)
ふと地上に目をやると、羽衣を身につけた天女達が舞い上がるのが見えました。
(良かった……!)
その刹那の気の緩み。
野槌の迫る巨体に、狩人の反応が一瞬遅れました。
「しまっ……!」
自らの死を覚悟した狩人。
しかしその瞬間、
『我らの力を彼の者に!』
天女達の声と共に、狩人の羽衣が輝きました。
その光が狩人を包み、腕に、足に、胴に、頑健な甲冑を形作っていきます。
そして、
「ふんっ!」
手甲に包まれた狩人の片手が、野槌の巨体を押し留めました。
「何だこれ……! 力が湧いてくるべ……!」
驚く狩人の顔を光が包み、堂々たる兜となりました。
「狩人様! 私達の羽衣に宿る力をお貸しいたしました!」
「この力ならきっとその妖怪にも勝てるはずです!」
「私達にできるのはこんな事だけですが……!」
「どうかご武運を……!」
「天女様……! ありがとうごぜぇます! だらぁ!」
光る甲冑を纏った狩人の拳に、野槌の巨体が再び倒れます。
しかし先程と違い狩人の身体に痛みはなく、しかも狩人の力にはまだ余裕がありました。
「むっ!」
兜を通して見た野槌の身体に、狩人は黒く澱んだ塊を見ました。
そしてそこから全身にもやのようなものが流れ続けているのも見えました。
「あれを何とかすれば……!」
狩人は高く飛び上がり、その黒い塊のある場所に狙いを定めます。
すると右足に力が集中するのを感じました。
(いける……!)
天から放たれた光の矢となった狩人の蹴りは、雲を吹き散らし、風を切り裂き、野槌の身体を貫きました。
するとどうでしょう。
黒い塊を砕かれた野槌の身体はみるみる縮み、猫ほどの大きさになりました。
縮んだ野槌は、先程までの凶暴さが嘘のように、周りを伺うようにゆっくり頭を巡らせ、草むらへと姿を消しました。
「ふぅ……。これで何とかなったようじゃな……」
狩人が大きく息を吐くと、羽衣の力で生み出されていた甲冑が光となって砕け、天女達の羽衣へと戻っていきました。
「狩人様! ご無事ですか!」
「お見事にございました!」
「あんな妖怪をお一人で退治されてしまうなんて……!」
「お怪我はありませんか!?」
「あぁ、天女様達のお陰ですだ。ありがとうごぜぇます」
狩人は微笑んでそう言うと、羽衣を身体から外し、天女へと渡しました。
「何とお礼を申し上げれば良いか……!」
「狩人様は命の恩人にございます!」
「この御恩は一生忘れません!」
「何のお礼も持ち合わせていないのが心苦しいのですが……」
「いやー、その羽衣の力がなかったらオラも危なかったし、お互い様っちゅー事で、お手を上げてくだせぇ」
狩人の言葉に、天女達はうっとりした表情を浮かべます。
「何と奥ゆかしい……!」
「男らしいお方……」
「その優しさ、その勇気、英雄と呼ぶにふさわしいお方ですわ……!」
「また、お会いしとうございます……」
「いや、そんな、その、たはは……」
褒められ慣れていない狩人は、しきりに汗を拭いました。
その後も言葉を尽くして感謝を伝えた天女達は、羽衣で空に舞い、天へと帰っていきました。
「……夢みてぇな一日だったなぁ。もうこんなすげぇ事起こりゃしねぇだろうなぁ……」
そう呟くと狩人も家路へとつきました。
この時の狩人は思いもしませんでした。
この先、生きとし生けるものを凶暴にする黒い塊による騒動が頻発し、再び天女達と力を合わせて戦う事になる運命を……。
読了ありがとうございます。
当初はヤンデレ天女が見つけた羽衣を焼いて、「これでずうっと一緒ですね……」的な流れを考えていたはずなのに、どうしてこうなった……。
意外性がほしかったからね。仕方ないね。
個人的には攻撃を受け止めてから兜が装着されるシーンがお気に入り。
この胸の高鳴りがわかる人、僕と握手!
次回は『鶴の恩返し』で書きたいと思います。
よろしくお願いいたします。