大工と鬼六 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第七十七弾。人間なら喜寿の歳。
今回は『大工と鬼六』で書いてみました。
原作では、激流に橋をかけた代償に大工の目玉を要求し、それが嫌なら「俺の名前を言ってみろ〜!」と世紀末覇者の弟君みたいな事を言って、言い当てられると大人しく帰るという、自己顕示欲の塊みたいな鬼が出る話です。
『そこに別の意味があったなら……?』というところから膨らませてみました。
どうぞお楽しみください。
昔々あるところに、腕のいい大工がいました。
ある時、何度橋をかけても洪水のたびに流されてしまう川に橋をかける事を依頼されました。
現場に行った大工はその川を見て、
「この川なら俺が立派な橋をかけてやる」
と約束しました。
しかし数日後、まとまった雨が降りました。
すると川の様子は一変。
轟々と流れる濁流が、川岸から溢れんばかりに暴れ狂っておりました。
いくつもの川の支流が流れ込む川は、普通の雨でも凄まじい水量が流れ込むのでした。
「こりゃあ大変な事を引き受けちまったのう……」
大工が途方に暮れて濁流を眺めていると、
『大工よ。こんなところで何をしておる』
「!?」
野太い声と共に、鬼が現れました。
「あ、あわわ……!」
『何をそんなに怯えておる』
「お、鬼……! ど、どうか命だけは……!」
『……!』
鬼は一瞬悲しい顔をしましたが、すぐに不敵な笑みに戻りました。
『大方この川に橋をかけてくれと頼まれた、といったところかの』
「そ、そうじゃ……。だがこれではどうにもしようがなくて……」
大工の言葉を聞いた鬼は、にたりと笑いました。
『ならば儂が橋をかけてやろう』
「な、ほ、本当か!?」
『あぁ。鬼のかける橋だ。どんな洪水にもびくともせん』
「そ、そりゃあ有り難い!」
喜ぶ大工に、鬼はさらに笑みを深めます。
『だがそれには条件がある』
「じょ、条件?」
『お前の両の目ん玉をよこせ。それが条件だ』
「えっ……!」
『良いか。ではまたな。がっはっは……!』
「あ、ちょっと……!」
大工の返事も聞かず、鬼は濁流へと消えていきました。
呆然としたまま大工は家に帰りました。
翌日。
「な、何という事じゃ……!」
昨日鬼と会った所に行った大工は目を丸くしました。
そこには既に川の半分まで橋がかかっていたのです。
しかも川の流れは激しいままなのに、その橋はびくともしていません。
目を丸くする大工の目の前に、再び鬼が現れました。
『どうだ大工よ。立派な橋であろう』
「あ、あぁ、見事なものだ……!」
『明日には橋は完成する。そうなったらお前の目ん玉をもらうぞ』
「ま、待ってくれ! 目ん玉は勘弁してくれ!」
『……それなら儂の名前を言ってみろ』
「えっ、な、名前……!?」
そう言われても大工は目を白黒させるばかり。
鬼はまた一瞬だけ悲しい顔をしました。
『名前を当てられたら、目ん玉は勘弁してやる。明日橋が完成するまでに考えておく事だな。がっはっは……!』
「ま、待ってくれ……!」
大工が止める暇もなく、また鬼は濁流へと消えていきました。
大工は悩んでいました。
名前の事もそうでしたが、どうにもあの鬼から懐かしさを感じるのでした。
(どこかであの鬼と会った事がある……?)
そんな事を考えながら歩いていたら、つい見知らぬ道に迷い込んでいました。
「こりゃあしまった……!」
慌てて元来た道を引き返そうとした大工の耳に、
『はよ寝ろはよ寝ろ ねん寝ろや
はよ寝た子には 鬼六が
目ん玉持って やってくる
はよ寝ろはよ寝ろ ねん寝ろや……』
子どもを寝かしつけようとする子守唄のような声が聞こえてきました。
(鬼六……!)
大工はその唄で全てを理解しました。
大急ぎで家に帰ると、何やら物入れを漁るのでした。
翌日。
大工が来る前から、鬼は橋の上にでんと座っていました。
『大工よ! 儂の名前はわかったか!』
「う、うむ……」
大工は絞り出すように名前を口にします。
「お、鬼政……」
『違う! そんな名前ではない!』
「で、では、鬼吉……」
『ち、違う! そんな名前ではない!』
悲しげに頭を振る鬼に、大工は大きな声を上げました。
「……ならば鬼六じゃ! 鬼の中でも大工の腕を認められた者しか名乗れん名、鬼六じゃ!」
大工の言葉に、鬼は怒ったような安心したような複雑な表情を浮かべました。
『し、知っておったな! 何をふざけておる!』
「ふざけているのはどっちだ政吉! まどろっこしい事をしおって!」
その言葉に、鬼は目を見開きました。
『嘉平……! お前……、覚えて……!』
「政吉……。子どもの頃話しておった『鬼六』の名、継いだんじゃな……」
『あぁ、ついこの間、な……』
「ならそう言ってくれれば良いものを……」
『き、嘉平が儂の顔を見てもわからんから、つい口惜しくなって……』
項垂れる鬼に大工が歩み寄り、その肩に手を置きます。
「政吉……」
『嘉平……』
それだけで二人の時間は、鬼も人も関係なく遊んでいた子ども時代へと戻っていました。
「しかしあの山の中での唄は何じゃ! 妙な声出しおって!」
『仕方がなかろう! この声で唄ったらすぐにわかってしまうと思って……!』
「すぐにわかったわ! つまらん仄めかしをしよって!」
『何を言う! あれがなければわからんかったくせに!』
「な、何かはあると思っておったわ!」
『儂は一目でわかったのにの!』
「鬼は子どもの頃から変わりすぎなんじゃ!」
『それもそうか! がっはっは!』
「あっはっは! そうじゃ、大人になったら酒を飲もうと約束しておったでな! 良い酒を持って来たぞ!」
『おぉ! それは良い! 存分に楽しもうぞ!』
穏やかになった川の上、久方ぶりの再会を果たした親友は高らかに笑い合い、その声は雲の晴れた空に響き渡っていくのでした。
読了ありがとうございます。
橋の上に座る大小二つのシルエットから、空にパンして太陽を映したところに二人の笑い声でエンド。
この絵が共有できた人、僕と握手!
次回は『オオカミと七ひきの子ヤギ』で書こうと思います。
よろしくお願いいたします。