人魚姫 その一
パロディ昔話、今回は人魚姫です。
これまで以上に原作崩壊感がありますが、真面目に読まなければどうという事はない(赤い戒め)!
バッドエンドにはならないので、お気楽にお楽しみください。
昔々、海の底には人魚達が暮らしていました。
陸に生きる生き物と関わらず、人魚達はのんびりと日々を過ごしていました。
しかし人魚の女王の娘である人魚姫は、好奇心が強く、海の外の世界に興味深々。
三日とおかず海の上に出ては、空を飛ぶ鳥や、近くを通る船を眺めていたのでした。
ある嵐の日。
いつものように海面に出た人魚姫は、大荒れの波に振り回される船から人が落ちるのを見ました。
とりあえず助けてみると、それは金髪のイケメンでした。
「まぁ! 素敵なお方!」
人魚姫は面食いでした。
船からは「王子様が落ちたー!」「王子様を救えー!」と何やら騒いでいます。
「王子様なのね! ますます素敵!」
人魚姫は収入や地位も重視するタイプの面食いでした。
王子を船に戻そうかと思いましたが、人魚姫には船の上まで運ぶ力はありません。
とりあえず近くの岸まで運ぶ事にしました。
「う、うぅ、こ、ここは……?」
泳いでいる途中で、王子は目を開けました。
しかし激しい嵐の中、よく見えません。
「き、君は、誰……?」
「大丈夫。必ず岸に届けるから」
「あ、ありが、とう……」
再び気絶した王子を、人魚姫は岸まで運びました。
王子は無事に浜の人に見つけられ、お城へと運ばれました。
さて海の底に戻った人魚姫ですが、王子の事が忘れられません。
しかし王子に会うには陸に上がらなければいけません。
人魚が陸に上がるためにはどうしたらいいのか、考えても分かりません。
海に住む魔女に相談する事にしました。
「この薬を飲めば、ヒレを足に、そしてエラ呼吸を肺呼吸に切り替えられるよ。ただし、発声器官が陸生に適応するのには時間がかかるから、しばらくは声は出なくなるよ。そもそも水中と陸上では音の伝わり方が違うから、あっ! ちょっと!」
人魚姫はうんちくを聞き流して陸に向かいました。
浜辺で薬を飲むと魔女の言う通り、ヒレが足に、エラ呼吸が肺呼吸になりました。
折良く、王子が自分を助けてくれた人を探して、浜辺を歩いていました。
「あっ! もしかして!」
王子は人魚姫を見つけて駆け寄りました。
「あっ!」
王子は慌てて目を覆い、マントを外して裸の人魚姫にかけました。
「えっと、あなたは……?」
人魚姫はしゃべれません。
どうしようかと悩んでいると、
「可哀想に。きっと私のように海に投げ出され、濡れた服を脱いでここまで泳ぎついたはいいが、海水を飲んだせいで声が出なくなってしまったのですね」
王子は一人納得しました。
「私は嵐の日に助けてくれた泳ぎの得意な女性を探しているのですが、あなたはもしかして……」
人魚姫は、私です!というつもりでうんうんと頷きました。
「やはりあなたも彼女に助けてもらったのですね! では我が城に! どうぞ身体を休めて、声が出るようになったら話をお聞かせください!」
王子には伝わりませんでした。
助けてくれたのは泳ぎの上手い人、という先入観のせいでしょう。
溺れていたと勘違いされた人魚姫は、候補から外れてしまいました。
お城に行った人魚姫は、服を着せられ、素敵なレディになりました。
しかし王子は大事な手がかりとしてしか、人魚姫を見ていませんでした。
(王子様は結婚の話もたくさん来てる。海で助けた私を探しているから、今は断っているけど、このままじゃ……)
悲しい気持ちで海を見ていると、海面がゆらりと揺れて、海から人が現れました。
「何でそこで諦めちゃうの! 言葉が通じないくらい、僕だってウィンブルドンで嫌と言うほど味わったよ! でもね! 本当にやりたい事があるなら、そんなの全然大した事ないよ! 自分の気持ちに正直に! もっと熱くなれよぉ!」
海が煮立つかと思うような熱い男は、海から上がるとスタスタと立ち去りました。
(言葉が、通じなくても……!)
熱い決意をもらった人魚姫は、与えられた使用人と共に、踊りを練習しました。
踊りは言葉が通じなくても伝わる、素晴らしいコミュニケーションツールなのです。
ダンサーは一人増え、二人増え、総勢二千人の集団となりました。
曲を決め、演出を整え、準備は万端。
王宮の庭に出た王子をダンサーが取り囲みます。
「な、何だ!?」
音楽に合わせて舞う煌びやかな衣装。
情熱を込めた一矢乱れぬ力強いステップ。
感情を表現する滑らかな手の動き。
上空からの視点をも意識した編成。
かのイ◯ド映画もかくやと思わせる素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられました。
「えっと、これ、何だか良く分からなかったけど……」
踊りの後、王子は頬をかきました。
項垂れる人魚姫。やはり言語の壁は厚いのでしょうか。
「でも君の情熱は伝わった! 結婚しよう!」
かくして人魚姫と王子は結ばれ、この文化はフラッシュモブという名で現代まで伝わっているとの事です。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
昔話にかの人を出すと大抵は何とかなってしまう、ジョーカーみたいな人です。
白雪姫なら、
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」
「白雪姫だよ!」
「おのれ! あの娘を亡き者にしてくれる!」
「待ちなよ! 何でそこで諦めちゃうの!
僕が白雪姫が一番って答えたのは、『白雪姫を◯す』なんてネガティブな答えを聞くためじゃない!
今の君からどう変わりたいのかってポジティブな答えを聞くためなんだよ!
恥ずかしがってちゃダメだ! 変われる時は今なんだから!」
「き、きれいに……」
「聞こえないよ! もっと大きな声で!」
「きれいに、なりたい……!」
「全然ダメ! 本気になってみせなよ!」
「きれいに! なりたい!」
「聞こえた! 今君の心の声が聞こえたよ!
そんな君には、レモン四十個分のビタミンCがぎゅっと詰まったCC◯モン!」
強い(確信)。
次回はそろそろオオカミさんの出番にしようかな?
悪役の星の登場をまったりお待ちください。