マッチ売りの少女 その二
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第六十四弾。
今回は『マッチ売りの少女』でお送りします。
私の前に立ち塞がりし
全ての鬱なるお話に
ご都合主義の力もて
須く幸を与えんことを!
『鬱破砕!』
どうぞお楽しみください。
昔々あるところに、マッチを売る少女がいました。
少女は雪の降る中か細い声で、
「マッチはいかがですか……。マッチ買ってください……」
と道ゆく人に声をかけていましたが、買うどころか足を止めてもくれません。
「どうしよう……。このマッチが売れないと帰れないよぉ……」
しかし寒くて寒くて、少女はもう声も出ません。
少女は風を避けて路地裏に入ると、少しでも暖まろうとマッチを擦りました。
「あぁ、あったかい……。えっ……?」
するとマッチの炎に照らされて、ふかふかのパン、湯気を上げるスープ、瑞々しいサラダ、肉汁たっぷりの炙り肉、可愛く彩られたケーキといったご馳走が浮かび上がりました。
「わぁ、美味しそう……! おばあさんが元気だった時は、誕生日にこんなご馳走食べたっけ……。あぁ、お腹空いたなぁ……」
しかしそのご馳走は、炎が消えると共に消えてしまいました。
少女はもう一度マッチを擦りました。
今度は赤々と炎が灯る暖炉と、柔らかな椅子、良い香りが漂ってきそうなお茶……。
暖かな部屋の光景に、少女はほうっと溜息をつきます。
「あぁ、懐かしい……。おばあさんのいた頃は、家はいつもあったかだったなぁ……」
またマッチの炎が消えると、部屋の光景は消えてしまいました。
再度少女はマッチを擦りました。
すると今度は数年前に亡くなった、大好きなおばあさんの姿が浮かびました。
「あぁ、おばあさん……! そうか、これは走馬灯なのね……。私、もうすぐおばあさんのところへ……」
死への恐怖か、それとも大好きなおばあさんの元に行ける安堵からか、涙を流す少女。
しかしおばあさんは、いつもの穏やかな笑顔ではなく、何やら慌てた様子で身振り手振りを繰り返します。
「え、おばあさんどうしたの? ……丸? 円? そういえばおばあさんがよく言っていたわ……。円環は魔術における重要な要素って……」
炎が消え、おばあさんの姿も消えてしまいましたが、少女の心には可能性への期待という明かりが灯りました。
「何が起きるかはわからないけど……!」
少女はマッチを円になるよう雪の積もった地面に立て、急いでその全てに火を点けました。
すると炎に照らされて、おばあさんの姿が円の中に現れました。
『……まさかお前に、私の魔法の力が受け継がれていたなんて……。しかもマッチの炎で私の魂を呼び出せる程に強いとは……』
「え、おばあさん……? 魔法の力って……?」
『私は魔法使いだったのさ。炎を媒介にして様々な力を行使する事ができた。マッチの炎を媒介に私の魂を呼び寄せられたお前なら、私と同じ事ができるだろうよ』
「わ、私が魔法使い……?」
『試しにこの炎がいつまでも燃え続けるようイメージしてごらん。そうしたら私の魂は実体を得て、お前の側にいてやれるよ』
「やってみるわ!」
手をかざし、炎が消えないイメージを作る少女。
その姿を見て、おばあさんは嬉しそうに微笑みます。
(教えてもいないのに、魔力の集中に一番やりやすい形を理解している……。これは私以上の魔法使いになるかもしれないね……)
少女が意識を集中すると、マッチの炎が浮き上がり、ガラスのような膜に包まれると、ビー玉くらいの大きさになって少女の手に収まりました。
「おばあさん、できたわ!」
『初めてにしては上出来だよ。さぁ、もうお前は無力な子どもじゃない。その力で何を望む?』
「……お父さんとお母さんを幸せにしたい」
少女の言葉に、おばあさんは申し訳なさそうな顔をします。
『……私が死んでからの事は、魂になってから見てきたよ。息子があんなに自堕落になるとは思わなかった……』
「お父さん、おばあさんの事、大好きだったから……」
『あいつは私の魔法に頼り切りだっただけさ。教育を間違えたね……。心配する嫁まで追い出して、残ったお前も随分辛い思いをしたろうに……』
「お母さんと約束したから。お父さんを一人にしないって」
『……何てできた子達だよ……。嫌になったりしなかったのかい?』
「ううん! だってお父さんの事大好きだもん!」
少女の言葉に、おばあさんはそっと涙を拭いました。
『ありがとよ。そうしたら私もお前の幸せのために頑張るよ!』
「ありがとうおばあさん! うふふ、マッチを売りに来て良かった!」
二人は連れ立って家に帰りました。
家では飲んだくれた父親が、更に酒をあおっていました。
「お! 帰ったか! マッチ売った金でちゃんと、酒、を、お、お袋!?」
一気に酔いが覚めた父親の耳を、おばあさんはひねり上げます。
「あだだだだ! 痛ぇ痛ぇ! って事は夢じゃない!?」
『この馬鹿息子が! どこの世界に子どもを寒空で働かせて、酒かっ食らう親がいるんだい!』
「え、あ、お、お袋は確かに死んで……」
『お前がだらしないからおちおち死んでいられないんだよ! 一から教育のし直しだよ! 覚悟しな!』
「ひ、ひえええぇぇぇ!」
こうして父親はおばあさんに徹底的に鍛え直され、真面目に働くようになりました。
そして母親も呼び戻し、家族三人プラスおばあさんの生活が少女の元に戻りました。
「おばあさんありがとう! 私とっても幸せよ!」
『いやいや、これは私の不始末にけりをつけただけさ。さぁ、これからはお前のやりたい事に手を貸すよ。何がしたい?』
「この町の人を幸せにしたい!」
『……まったく、どこまでお人好しなんだかねぇ……。だったら私の魔法の全てをお前に教えるよ! 頑張ってついておいで!』
「うん!」
こうして少女は手にした魔法の力で多くの人を助け、後に偉大な魔法使いとして歴史に名を残す事になるのでした。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
今回の話は、『マッチの炎に浮かんだのが幻でなかったとしたら……』から膨らませてみました。
最初はおばあさんがマッチに魔法を宿らせた設定でしたが、マッチなくなったら終わりというのも残念な感じがしたので、眠れる潜在能力の解放という形になりました。
奇跡も魔法もあるんだよ(迫真)。
次回は初心に返って『桃太郎』で書こうと思います。
よろしくお願いいたします。