泣いた赤鬼 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第六十一弾。
数え年なら還暦。
今回は『泣いた赤鬼』をお送りします。
どうぞお楽しみください。
昔々、ある山に、心の優しい赤鬼が住んでいました。
その穏やかな気性から、鬼の仲間からは変わり者扱いをされ、たまに変わり者好きの青鬼が来る事を除けば、いつも一人で過ごしていました。
ある時、赤鬼は人間となら仲良くなれるかもと思いました。
そこで家の近くの山道に、看板を立ててみました。
『この奥に優しい鬼の家があります
お菓子やお茶でおもてなしをします
どうぞお立ち寄りください』
しかし何日経ってもお客は来ません。
不思議に思った赤鬼は、看板の近くに隠れて待ってみる事にしました。
村の人が通りかかって看板を見ると、鼻で笑ってこう言いました。
「何が『優しい鬼の家』だ。騙された人間を食べようって魂胆だろうが、こんなの子どもでも引っかからないぜ」
「!」
村の人が通り過ぎた後、赤鬼は悲しみと自分の浅はかさへの怒りでいっぱいになり、看板を引き抜くとめちゃくちゃに壊しました。
そして家の中で一人静かに泣いていました。
そこに青鬼がやって来ました。
「どうした赤兵衛。何を泣いている」
「青太……」
「お前は何かって言うとすぐに泣くなぁ。ま、そんな鬼らしくねぇところが面白いんだけどな」
「……おら、鬼らしくねぇよな」
「それがお前の良いところだ。一緒にいて気が休まるよ」
「でも人間には、おらが恐ろしく見えるらしい」
「……何かあったのか」
赤鬼は青鬼に事の顛末を話しました。
「そっか……。それは残念だったな……」
「……おら、鬼の中じゃ喧嘩もできねぇ弱虫だと言われて爪弾きもんだ。でも人間からは怖がられて近寄られねぇ。おらどうしたら……」
「……そうだな。お前の優しさは人間と暮らすのに向いているかもな。それならいい考えがあるぞ」
「な、何だそのいい考えってのは!」
青鬼は鼻をこすると、にやりと笑いました。
「八百長だ」
「や、八百長?」
「まず俺が村で暴れる。それをお前が戦って追い払う。そうすればお前は感謝され、人間の仲間にも入れてもらえる。どうだ、いい考えだろう」
「で、でもそうしたら青太が人間に嫌われちまうよ」
「俺は鬼の中でも生きていけるからな。でも赤兵衛、お前はそうじゃない。お前が人間と仲良く暮らせれば俺も安心だからさ、やろうぜ!」
「う、うん……」
赤鬼は押し切られる形で頷きました。
数日後。
「ぐへへ……! 美味そうな人間がたくさんいるな……! どいつもこいつも食ってやる!」
「うわー! 鬼だー!」
青鬼は村へ凶悪な鬼のふりをしてやってきました。
村人達は恐れ慄き、逃げ惑います。
(よし、この調子だ。もう少し脅かしたところで赤兵衛が来れば、実に頼もしく見えるだろう……)
手近にいた子どもを追いかけ回しながら、青鬼が心の中でほくそ笑んだその時です。
「うわっ!」
追いかけていた子どもが転んでしまいました。
このままだと追いついてしまいます。
凶悪な鬼が子どもに追いついたのに何もしないのでは、八百長がばれかねません。
(しまった! これはまずい! 段取りとは違うが早く来い! 赤兵衛!)
山の方をちらりと見ましたが、赤鬼が動く気配はありません。
仕方なく子どもを傷つけないようにそうっとつまみ上げ、高笑いをしました。
「げひゃひゃひゃひゃ! つーかまーえたぁ……。さて、煮て食おうか、焼いて食おうか……!」
「やだぁ! 助けてぇ!」
「天ぷらというのもいいな。ふんわりさくさくに仕上げて食ってみようか……!」
「ひ、ひぃ……!」
ひきつけを起こしそうになっている子どもを見て、青鬼は慌てて子どもを下ろしました。
「いや、よく見るとまだ小さくて美味くなさそうだな! うん! 他の獲物を探すとしよう! ほら行け! もうお前は追いかけないから、転ばないようにな!」
「え……? う、うん……」
子どもは狐につままれたような顔で、青鬼から離れていきました。
まだ赤鬼が来ないので、青鬼は演技を続けなければなりません。
「さぁどこに隠れた!? 俺は鼻が効くからな! 逃げても無駄だぞ!」
そう言いながら、適当にあちこち覗き込みます。
「ここかぁ!」
「きゃあ!」
運悪く、路地を覗き込んだ青鬼は、村娘とばっちり目が合ってしまいました。
更に悪い事に、村娘は腰を抜かして動けない様子でした。
(え、これどうしよう……。逃げてくれそうにないし、かと言ってここで見逃すのも不自然……。赤兵衛ー! 早く来てくれー!)
困った青鬼は苦肉の策に小芝居を始めます。
「む! あっちから更に美味そうな匂いがするぞ! そっちを捕まえないといけないから、こいつは見逃すしかないな! 惜しいけど仕方ない! うん!」
「え……? た、助かった……?」
(よし! 俺も助かった!)
村娘がそう呟いたのを聞いて安心した青鬼は、その場を離れようとしました。
その時です。
「きゃあ!」
「!」
地面が激しく揺れ始めました。
間の悪い事に地震が起こったのです。
「危ない!」
路地に立てかけてあった丸太が村娘に向かって倒れるのを見て、青鬼は咄嗟に手を伸ばして丸太を止めました。
「大丈夫か!」
「あ、ありがとうございます……」
「青太ー! 大変だー! 今の地震でいくつか家が倒れて、下敷きになってる人が何人もいるだ!」
「何!?」
山の上で機を伺っていた赤鬼は、村の惨状を見て大急ぎで降りて来ました。
その声に青鬼は丸太を地面に寝かせると、すぐさま駆け出していきました。
「この家には男の人が一人逃げ込んでいただ!」
「よし! おい! 大丈夫か! 今梁を持ち上げるから抜け出せ!」
「あ、ありがとうございます……!」
「次はこの家だ! お母さんと子どもが二人!」
「わかった! おい、出てこれるか!」
「私は出られそうですが、子ども達が泣くばかりで動けません……!」
「無理もない! よし赤兵衛! 俺が屋根を持ち上げるから、中の三人をまとめて引っ張り出せ!」
「わかっただ!」
「子どもは直接触れると怯えを増すかもしれないから、母親に抱きかかえさせて連れ出すのがいいだろう!」
「そうだな!」
こうして青鬼と赤鬼は、まさに鬼神のような働きで、村人を次々に救っていったのでした。
「……まぁ、結果として目的は果たしたが、俺までこんな扱いを受けるとは……」
村人達から英雄と歓待された青鬼は、赤鬼と並んで酒を注がれるのに戸惑っていました。
「でも良かっただ……。良かっただよ……」
「まぁ死者は出ず怪我人も軽傷だったし、良かったと言えば良かったが……。これから崩れた家の建て直しもあるし、手放しで良かったとは……」
「その事もそうだが、それだけではねぇだ……!」
「……? お前、何で泣いているんだ?」
「だってあのまま青太が人間に嫌われたら、おらと仲良くして八百長がばれるといけねぇってうちに来なくなるんでねぇかと心配で……」
「っ」
図星だった青鬼はぎくりとしました。
「だから青太も一緒に人間と仲良くなれて、本当に嬉しいだ!」
「……ったく、お前は本当に変わった鬼だな」
赤鬼の泣き笑いに背けた青鬼の顔は、酒のせいかほんのり赤く染まっているのでした。
読了ありがとうございます。
くっくっく……! 面倒だ!
二人まとめて幸せにしてやろう!
そんな感じで私の中のハッピーエンドが暴走し、最初に想定していたコメディーオチとずれてしまいました。
次回こそコメディーで『泣いた赤鬼』やります。
よろしくお願いいたします。