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鬼と炒り豆 その一

すみません。予定とは違いますが、節分にちなんだ絵本の読み聞かせをしていたら、どうしても書きたくなりました。

『金のがちょう』は日曜日には必ず……!


節分に何故豆を撒くかという由来のお話、『鬼と炒り豆』をどうぞお楽しみください。

 昔々ある山間に、小さな村がありました。

 ある年、その村は日照りに見舞われました。

 来る日も来る日も雨が降らず、稲は枯れる寸前という有様。

 そんな村に、山から鬼が降りてきました。


「おい人間ども。おらに嫁を世話してくれるんなら、この村に雨さ降らしてやるぞ?」


 鬼の言葉に、村人達は頭を抱えました。

 雨が降らなければ、最悪村を捨てなくてはなりません。

 しかしそのためには誰か一人、娘を鬼に差し出さなくてはいけません。

 その時、村一番の知恵者と名高い女性が声を上げました。


「あぁ、村に雨さ降らして稲さ実らしてくれんなら、おらの娘のおふくを嫁にやる!」


 それを聞いた鬼は喜びました。


「よおし! なら雨を降らしてやる!」

「雨を降らすだけでは駄目だ! まず今日から二日雨さ降らしたら、二日晴れ。その後は一日雨と三日晴れを交互に入れるだ! 秋の刈り入れまで続けてもらうだよ!」

「え、あ、そ、そんな面倒な事は……」

「こっちは大事な娘をやるって言ってんだ! 出来ねえって言うならこんの話はなしだ!」

「わ、わかった! やるだ! そのかわり約束を忘れるでねえぞ!」


 鬼は山に帰っていきました。

 すると空はにわかにかき曇り、やがて大粒の雨が降り出しました。

 村人達は大喜び。

 稲もみるみる元気を取り戻しました。


「しかしおふくが……」

「大丈夫だ。おらに考えがある」


 女性はそう言って、色々と支度を始めました。




 秋になり、村の稲は見事な豊作となりました。

 すると鬼が山から駆け降りて来ました。


「さあ約束だ。おふくを嫁によこせ」

「わかっただ。おふく、おいで」


 言われておふくは奥から出てきました。


「な! な!?」


 鬼は目を丸くしました。

 花嫁衣装を着てはいるものの、そこにいたのは十になったばかりかという幼い娘だったのです。


「お、おら、こんなちっちぇえ娘、嫁になど……」

「約束は約束だ。何、おふくは見ての通り器量良しだ。五年もしたら立派な嫁になるだ。何か文句があるだか?」

「……」


 おふくがどんな娘かを聞かなかったのは、鬼の落ち度でした。

 なので鬼は渋々おふくを背負ってきた籠に乗せました。


「大人になるまで手は出すでねえぞ!」

「わかっとるだ!」


 鬼は半ばやけでそう叫ぶと、山へと帰っていきました。

 おふくは母親から言われた通り、袖に入れておいた菜の花の種を道々に投げていきました。


「これがおらの家だ」

「うわ……」


 着いたところは、山の中腹にある洞穴でした。


「おら、こんなところじゃ大人になる前におっんじまう」

「そ、それは困る! どうしたらええだ!?」

「村の家とおんなじような家を建ててくれろ」

「わ、わかっただ!」


 鬼は慌てて木を切り倒して家を建てると。そこらの枯れ草を叩いて柔らかくして床に敷きました。


「これならあったかく過ごせるだ。鬼さん、ありがとう!」

「えへへ、こんなの何ちゅう事ないだ」


 その後も鬼は、おふくが山で不自由なく暮らせるように、食べ物を集め、服や家財道具などを作りました。




 あっという間に冬は過ぎ、春が来ました。

 ある日おふくが鬼の家から出てみると、道にぽつぽつと菜の花が咲いているのが見えました。


(おっ母が言ってた通りだ……)


 おふくはちらりと家の中を見ます。

 大いびきをかいて寝ている鬼。

 そして鬼がおふくのために、集めてくれたり作ってくれたりした数々の物。

 喉の奥に何かが詰まるのを感じながら、おふくは母親から言われた通り、鬼の家を飛び出し、菜の花の目印を辿って家へと帰りました。


「おふくがいねえ!」


 目が覚めておふくの不在に気付いた鬼が、村へと向かいます。


「おふくが来ていねえか!? 寝てる間にいなくなっただ!」


 おふくの母親は、落ち着き払って言いました。


「おふくは山での暮らしに疲れて帰って来ただ。しばらくうちで休ませんとなんねえ」

「そ、そうか……。ならいつ迎えに来ればええんだ?」


 すると母親は炒った豆を窓から投げました。


「この豆を植えて花が咲いたら、その花を束ねて来るがええ。そうしたらおふくはお前の嫁だ」

「わ、わかっただ!」


 鬼は豆を拾うと、家に持って帰って畑を作り、そこに植えました。

 鬼は毎日水をやり、丁寧に世話をしましたが、炒られた豆は花どころか芽を出すはずもありません。

 鬼は一年経っても芽すら出ない豆にがっかりして、再びおふくの家を訪ねました。


「あの、おふくの具合はどうだ……?」

「豆の花は咲いただか?」

「いや、それは、まだ……」

「ならおふくもまだ休ませんとなんねえ」

「あ、新しい豆をくれ! 今度こそはちゃんと花を咲かせて来る!」

「わかっただ」


 母親はまた炒った豆を撒きました。

 鬼は前にも増して丁寧に世話をしましたが、やはり芽は出ません。

 その後何度も鬼は来ましたが、母親は炒った豆を渡して追い返しました。

 じきに鬼は諦めたのか、山から降りてこなくなりました。

 その後もこの村では鬼が来ないように、春先になると炒った豆を撒くようになったとの事です。


 めでたしめでたし





 の数年後。


「鬼さん」

「お、おふくか!?」


 春のある日、菜の花の目印を辿って、おふくは鬼の家へとやって来ていました。

 おふくの手足は伸びきり、誰もが振り返るような美女へと成長していました。


「おお……。えらい別嬪になっただな……」


 弱々しく笑う鬼に、おふくは目に涙を浮かべて頭を下げます。


「……すまねえだ。おっ母がおらを嫁にやらないように、芽が出るはずもねえ炒った豆を渡したせいで、鬼さんにずっと辛い思いをさせて……!」

「そ、そうだったんだか!? 芽が出ねえわけだ……」


 目を丸くする鬼の胸に、おふくは飛び込みました。


「鬼さんはちゃんと村を豊作にしてくれたのに、こんなのいけないだ。だからおら、おっ母を説得して鬼さんの嫁になりに来ただ!」

「おふく……」


 おふくの言葉に鬼は戸惑いました。

 芽の出ない豆を世話している間に、鬼は色々な事を考えていました。

 何故おふくは逃げたのか。

 何故おふくの母親は、おふくの顔すら見せてくれないのか。

 何年も考え続けた結果、その理由が自分とおふくの種族の差である事に思い至っていたのです。


「……おら、あん時馬鹿だった……。人間の望みを叶えれば、嫁もらって、一人じゃなくなるだなんて……」

「だからおらがいる! ずっと一緒にいる!」

「何でそんなにおらの事……。おらは鬼だ……。人間のおふくとは……」

「ちっせえおらのために家を建てたり寝床を作ってくれたり、食いもん集めてくれたり、服や家のもの作ってくれたりした! 嬉しかった! 人間とか鬼とか関係ねえ!」

「……! だ、だどもお前はおらから逃げて……」

「……すまねえだ……。おっ母との約束があったから……。でもそれがなければ優しい鬼さんの側にずっといたかった!」

「おふく……!」

「何か証がいるなら言ってくれ! 何でも鬼さんにくれてやる!」


 その言葉に、乾いてひび割れていた鬼の心から、温かな芽が顔を出しました。


「……本当におらの嫁になってくれるだか……?」

「鬼さん以外の嫁になんかなりたくねえ!」

「ありがとう、おふく……!」


 こうして鬼とおふくは夫婦となりました。

 母親や村人の謝罪も受け入れた鬼は、おふくと共に村で暮らす事になりました。

 鬼はその力を生かして出稼ぎに出ては、たくさんの土産を持ち帰り、村を潤しました。

 炒り豆を撒く風習は、いつしか二人の縁を祝う行事となり、鬼が出稼ぎに出る時に合わせて、「鬼は外、ふくはうち」と見送る時に行われるようになりました。

 鬼とおふくは子宝にも恵まれ、末長く幸せに過ごしましたとさ。


 めでたしめでたし。

読了ありがとうございます。


最初の『めでたしめでたし』までは、若干お母さんが腹黒いのと、山での暮らしの描写を追加した以外は、ほぼ原作通りです。


この鬼が炒った豆と知らずに、畑をせっせと世話する懸命さと悲しさに、どうしても幸せにしてやりたくてこんな話になりました。


……こんな甘々になったのは私の責任だ。

だ が 私 は 謝 ら な い 。


今度こそ次回『金のがちょう』をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 炒った豆のように、乾いてひびわれていた鬼さんの心から芽が出て良かったです。 小さかったおふくちゃんをきちんと大事に出来る鬼さん、きっとおふくさんも子供も大事にするでしょうから、二人で幸せ…
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