【混ぜるな危険】親指姫 その二
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第五十四弾。
【混ぜるな危険】シリーズの『親指姫』和風バージョンです。
前回は『こびとの靴屋』とのコラボでしたが今回は……?
どうぞお楽しみください。
昔々あるところに、子どもが好きな女の人がいました。
しかし家が貧しく、良縁に恵まれませんでした。
それでも子どもを諦められない女の人は、近くに住む呪い師のお婆さんに相談しました。
「そうかい。ならこの種を植えるといい。それであんたの望みは叶うよ」
「ありがとうございます!」
女の人は早速種を植えました。
すると不思議な種はあっという間に芽を出し茎を伸ばし、葉を茂らせ大きなつぼみをつけました。
「何て可愛らしいの……」
女の人は思わずそのつぼみに口づけをしました。
すると中から親指ほどの大きさの女の子が現れたのです。
「まぁ! 可愛らしい!」
女の人は女の子に『親指姫』と名前をつけました。
望みが叶った女の人は、それはそれは親指姫を大事に育てました。
そんなある日。
「ゲ〜ロゲロゲロ〜。これは小さくて可愛らしい女の子だわね〜。むちゅこたんのお嫁さんにぴったりだわ〜。ゲ〜ロゲロゲロ〜」
ヒキガエルのおばさんが親指姫を見つけ、息子の嫁にしようとさらってしまったのです。
ヒキガエルのおばさんは、池の蓮の上に親指姫を乗せると、息子を連れてきました。
「ゲ〜ロゲロゲロ〜。どう? これがむちゅこたんのお嫁さんですよ〜」
「ゲロゲロ〜。か〜わいいな〜」
「……!」
寝ている間に連れて来られた親指姫は、恐ろしくて何も言えません。
「さぁ、むちゅこたんの部屋を大きくしたら結婚式よ〜。ゲ〜ロゲロゲロ〜」
「楽しみだなぁ〜。ゲロゲロ〜」
そう言ってヒキガエルの親子は池に潜っていきました。
親指姫は怖くて悲しくてさめざめと泣きました。
それを可哀想に思った池のメダカ達が集まって来ました。
「可愛らしいお嬢さん。どうして泣いているの?」
「おうちから急に連れて来られて、カエルさんのお嫁さんになれって言われて……」
「それはひどい話だ。なぁみんな、この蓮の茎を噛み切って助けてあげようじゃないか」
「賛成!」
「同意。そうと決まれば早速取り掛かろう」
「こんな茎簡単に噛み切って……、噛み切……、噛み……、今日はこの辺にしといたる」
メダカ達の協力で蓮の茎は切られ、池から小川へと親指姫の乗った蓮の葉は運ばれていきました。
「ありがとうメダカさん!」
「無事におうちに帰れるよう祈ってるよー」
親指姫が小川を流れていくと、コガネムシがそれを見つけました。
「お! 何か珍しいのがいるぞ! 捕まえて皆に自慢しよう!」
コガネムシは急降下して、親指姫を捕まえました。
「きゃー! 誰!? は、離してください!」
「離せと言われて離す阿呆がいるもんか! さぁ巣に連れて行って……」
「いやー! 誰か助けてー!」
「こら暴れるな! うまく飛べないだろ!」
蓮の上でじたばたと暴れる親指姫。
しかしコガネムシは六本の脚でがっちりつかんで離しません。
「うぅ……、離して……」
「だいぶ弱ってきたな。じゃあそろそろ……」
「そこまでだ!」
鋭い声にコガネムシは驚いて振り返りました。
そこには人の使うお椀が、蓮の葉の後ろについて流れていました。
その中には、親指姫と同じくらいの大きさの男の子が立っていました。
「嫌がっている女性を無理矢理さらおうとは! そこに直れ! 成敗してくれる!」
「ひぃ!」
突き付けられた針の刀に、コガネムシは慌てて飛び去りました。
「大丈夫でしたか」
「ありがとう、ございます……。助かり、ました……」
「そちらの船はあまり長く待ちそうにありません。よろしければこちらに移られませんか?」
蓮の葉はコガネムシへの抵抗で、だいぶガタがきていました。
「お言葉に甘えます……」
親指姫は男の子のお椀の船へと移りました。
同じ船の中、どちらともなくこれまでの経緯を話しました。
親指姫は優しい女の人と暮らしていたけど、ヒキガエルにさらわれ、メダカに助けてもらったもののコガネムシに襲われた事。
そしてどうにかして女の人のところに帰りたい事を話しました。
男の子は小さい身体でも立派な働きができる事を証明するため、故郷から都へと行く旅の途中だと話しました。
「ならば一度共に都に行きましょう。都なら多くの人が行き交う場所。あなたの家の場所についてもわかる可能性が高い」
「ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」
こうして二人は都へと向かいました。
都に着くと、何やら騒ぎが起きていました。
「鬼だー! 鬼が出たー!」
「貴族の姫様が逃げ遅れてるぞー!」
「!」
男の子は針の刀を抜きました。
「待って!」
親指姫は男の子の決意を察して、大声で呼び止めました。
「鬼が出たって……!」
「はい。ですから助けに行きます」
「……鬼ってすごく強くて、怖いのよね……?」
「はい。ですが困っている人がいる以上、そこに手が届く限り、私は助けます」
「!」
親指姫は、男の子が自分より大きなコガネムシに立ち向かった事を思い出しました。
そんな男の子が頼もしく、大きく見えました。
「私も一緒に行く!」
「し、しかし、怖いのでしょう?」
「怖いです! すっごく怖いです! ……でも、私がしてもらったみたいに、私も誰かを助けたい!」
「……! では、共に参りましょう!」
「はい!」
男の子は、親指姫の震える手を握って走り出しました。
するとすぐに、鬼の大きな姿が見えてきました。
側には腰を抜かしたのか、へたり込む貴族のお姫様の姿も見えました。
鬼の太い腕がお姫様に伸びます。
「待て! その人に何をする気だ! 無体を働こうとするなら許さんぞ!」
「あ、あの、おら、そんなつもりはねぇだ」
「え?」
「このお姫さんがよぉ、山に行楽に来た時に手拭いを落としたから、匂いを辿ってここまで来ただよ」
「……」
「……」
「……」
鬼の大きな手には言葉通り、花の刺繍が入った手拭いが握られていました。
男の子も親指姫も貴族のお姫様も、皆ぽかーんとしました。
「……あなた、優しい鬼さんなのね」
親指姫の一言で、張り詰めた空気がぷつりと弛みました。
「……早とちりをして申し訳ない」
「いやいや、おらもすぐ手拭いを渡しに来た事を言えば良かっただが、何か大騒ぎになったもんだから……」
針の刀を納めて頭を下げる男の子に、鬼も膝をついて頭を下げました。
「何事も急に、というのは良くないですわ。私もカエルさんにさらわれたり、コガネムシさんにつかまれた時は怖かったですもの」
「め、面目ねぇ……。姫さん、怖がらせてすまなかっただ……」
小さな親指姫に言われぺこぺこ頭を下げる大きな鬼に、お姫様の怖い気持ちは消えていました。
「鬼さん、ありがとうございます。都の皆には、あなたが優しい方だとお伝えします」
「そ、そんなのえぇだよ。ここに来る事ももうねぇだろうし……」
「そのような事仰らないで、また来てください。歓迎いたしますわ」
「! 鬼のおらをか……? かたじけねぇ……!」
鬼は目を潤ませて、何度も頭を下げました。
「ちっこい坊主とちっこい姫さん。おめぇらのお陰で助かっただよ。お礼をしてぇんだが、何か願いはねぇか?」
「願い……」
親指姫は迷いました。
女の人のところに戻る事と、男の子の側にいる事、その大事さは同じくらいになっていたからです。
「彼女の家の場所を教えてほしい」
「! 待って! 私、あなたとずっと一緒にいたい……!」
「え、あ、で、でも私は、故郷の両親に立派になって帰ると約束を……。でもあなたと一緒にいるのは楽しいし……。うーん、困ったなぁ……」
「そんならみーんなここに呼ぶだよ」
「え?」
「ほーれほーれほいっと」
鬼が小さな木槌を振ると、女の人と男の子の両親であるお爺さんとお婆さんが現れました。
「えっ、ここ都!? 何で急に……、あ! 親指姫! 無事だったのね!」
「……! 会いたかった!」
女の人の胸に、親指姫が飛び込みます。
「こりゃどうした事じゃ……?」
「じ、爺様! 倅が、倅がおるよ……!」
「父上、母上……! お変わりないようで……!」
男の子は嬉しそうに声を詰まらせます。
鬼は優しい笑顔を浮かべて、うんうんと頷きます。
「やっぱり家族は一緒がええなぁ」
「あの皆様、私の父に頼んで屋敷を一つ用意しますので、よろしければそこで皆様で暮らすというのはいかがでしょうか?」
お姫様の言葉に、誰も異存はありませんでした。
とはいえ突然消えたのでは大騒ぎになるので、屋敷の手配が整うまでの間一旦家に帰り、引っ越しの支度や挨拶回りを済ませておきました。
こうして親指姫は女の人だけでなく、男の子やその両親、一緒に住む事になった鬼や、足繁く通うお姫様といつまでも楽しく幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
お分かりとは思いますが、前回の親指姫とは別の親指姫です。
ヒキガエルが海を渡って来たり、男の子がお椀の船で国を越えるのは無理があるかなー、と、スタート地点から日本に調整しました。
あれですよ。離れた国でも似たような伝承がある的なあれです。
嘘ですこじつけですごめんなさい。
ちなみに最初は親指姫と貴族のお姫様との二人から想いを寄せられる予定でした。
しかしどちらも引かないと、両側から引っ張り合う伝説の大技『大岡裂き』炸裂の後、チートアイテムの木槌で二人にするオチしか思いつかず、断念。
鬼を良い奴にする事で帳尻を合わせました。
双子みたいにすると騒動の種だし、そういう事にしても、いいよね?……?
……無理通して、ごめんなさい。
次回は『雪の女王』で書こうと思います。
まだ構想の段階ですが、激しい原作逸脱と甘々の予感がしております。
どうぞお気をつけください。