鴨取り権兵衛 その一
少し遅くなりました、日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第四十八弾。
今回は『鴨取り権兵衛』です。
この話もバージョン違いが多く、話によっては寺が丸焼けになったりするのですが、今回はあちこち回って無事元の村に戻ったバージョンを採用してあります。
どうぞお楽しみください。
「それで縛った鴨達が朝日と共に一斉に飛び立ってな! おらもそのまま空の上じゃ!」
「うんうん!」
「運良く地面に降りたものの、見知らぬ土地。とりあえず近くの畑で働かせてもろうたんじゃ」
「それでそれで!?」
「そしたら大きく実った粟の茎に飛ばされて、今度は傘屋の庭先に落ちた」
「おぉ! それから!?」
「傘屋の手伝いをしておったら風が吹いてな。傘を飛ばされたらかなわんと掴んだらそのまま空へ!」
「また飛んだか!」
「そして落ちたのが、カモを縛った元の池。見たら着物ん中に沢山のドジョウがおったのよ」
「はー! えれぇ旅してきただな権兵衛さん! 今度うちの息子連れてくるだから、また聞かせてくんろ!」
「おうおう、待っとるで!」
三度空を飛んだ権兵衛の話は、それはそれは刺激的で、隣村から聞きに来る者もいるほどでした。
そのため、権兵衛は得意の絶頂でした。
(皆がおらの話さ『面白ぇ面白ぇ』と言って聞いてくれる……)
しかしどんなに面白い話でも、何度か聞けば飽きるもの。
段々と聞きに来る人が減り、権兵衛は焦りました。
「お、おい、おらの話さ聞いていかねぇだか?」
「権兵衛さんの話はもう五度は聞いたからなぁ」
「もっとすげぇ話があるなら聞くが、どうだ?」
「う……」
権兵衛は段々鬱々とした様子になりました。
近所の娘・きねが心配そうに声をかけます。
「なぁ、空飛んだ話は面白かっただども、そらもう終わった事だ。これからは真面目にさ働いて……」
「いーや! おらはもう一度面白ぇ話で村の皆をあっと言わせるだ!」
一度バズった快感を忘れられないのは、今も昔も同じ事。
少しして権兵衛は、村の友人達を竜神の滝という大きな滝の上に集めました。
「権兵衛さん、何をするだ?」
「おら、今からこの樽に入って、この滝に落ちるだ」
「ばっ! 何を言うとるだ!」
「枯れ木も浮かねぇ竜神様の滝壺じゃぞ!?」
「じゃがここから生きて帰ったら面白ぇ話になるじゃろ! さ、おらが樽に入ったら、滝に落としてくんろ!」
友人達は困りました。
権兵衛がここまで思い詰めているとは思わなかったのです。
その上自分達が樽を滝に落として権兵衛が死んだら、一生後悔する事でしょう。
「やめるんじゃあ権兵衛さん! そんな事せんでも権兵衛さんは立派じゃあ!」
「そうじゃそうじゃ! それにこれで死んだら何にもならんぞ!」
「えぇんじゃ! 死んだら死んだで馬鹿が一人死んだと笑い話になる! 死に花が咲く! それでえぇんじゃ!」
すると集まった友人の中から一人飛び出し、
「こんの大馬鹿!」
権兵衛の頬を思いっきり張り飛ばしました。
「ぶべっ!? だ、誰じゃあ! いきなりこん、な……?」
頬を押さえた権兵衛が見たのは、泣きながら仁王立ちになっているきねの姿でした。
「権兵衛! おめさんは話が人に聞いてもらえなくなったら、命放るんか! おめさんの生き甲斐は面白ぇ話だけなんか!」
「え、あ、いや……」
驚く権兵衛の襟首を掴んで、きねはがくがくと揺さぶります。
「カモ捕まえるのにあれこれ考えたり、見知らぬ土地でもくさらず仕事に精出したり、そういうところがおめさんのえぇところなんでねぇんか!」
「あ、う……」
きねの目から涙があふれ、権兵衛の胸元に落ちました。
「それがこったら事で死ぬんなら、おめさんの嫁になりてぇと頑張ってきたおらが馬鹿みてぇでねぇか……!」
「!」
胸に顔を埋めて大泣きするきねに、権兵衛は目を見開き、固まりました。
「……権兵衛さん、きねに免じて、今日は……」
「……あぁ、そうじゃな」
憑き物が落ちたような権兵衛は、きねの頭を優しく撫でました。
「そんときのきねの涙がまた綺麗でなぁ。嫁にするならきねしかいねぇ、そう思っただよ!」
酒盃を傾けながら期限良く語る権兵衛に、友人達は苦笑いを浮かべます。
「権兵衛さん、まーた嫁自慢だべ」
「酔うといっつもあれだべな」
「しかし空飛んだ話は何度かで飽きただども、この話は飽きねぇだなぁ」
「おらもじゃ。乾杯してしばらくすっと、権兵衛さんが話しねぇかとちらちら見てしもうとる」
友人達は小さく笑うと、盃を合わせましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
最初は『カモの羽ばたき』『粟の弾き』『傘の滑空』を体験した権兵衛が、鳥人間コンテストで優勝する話を考えていたのですが、いいオチが思いつかず、一から立て直しました。
別の話の感想欄で出た小須田部長の話題から、樽の滝落としを思いついたのは内緒。
次回は『赤い靴』をうまい事料理してみようと思います。
よろしくお願いいたします。