三年寝太郎 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第四十五弾。
今回は『三年寝太郎』です。
色々ありまして六千文字を超えています……。
お時間のある時にお読みいただければ幸いです。
山間の小さな村。
この村は水源が乏しく、日照りが続くと飲む水にも事欠くという有様。
その夏も雨が少なく、村の人達は額を突き合わせて相談しました。
しかしなにぶん天気の事、良い案など出ようはずもありません。
「もう半月も雨が降らん……」
「このままでは田も畑もダメになるのう……」
「どうしたらいいんじゃ……」
村人が絶望に塗り潰されかけたその時。
三年もの間寝てばかりいた若者が、その横をとことこと歩いて行きました。
「あ、あいつは寝太郎でねぇか!」
「三年も寝とったあいつが起き出してくるとは……!」
「とうとうこの村もおしまいかのう……」
村人の話など気にした様子もなく、寝太郎はあちこち地面を叩いたり、耳を当てたりしていました。
そして村の外れの崖まで行くと、その壁のようになっている岩肌を丹念に調べ、
「!」
宝物を見つけたかのようにニカッと笑うと、家に帰って鍬を取り、その場所を掘り始めました。
するとどうでしょう。
その場所から水が湧き出してきたではありませんか。
「こ、こりゃどうした事じゃ……!?」
「水じゃ! 寝太郎が水を掘り当てただぞー!」
寝太郎の行動を不審に思い、後を着いてきていた村人が驚き慌てる中、寝太郎は同じように数カ所に穴を開けて、そこから出た水を川へと引きました。
また、村の中で寝太郎が示した場所を掘ると必ず水が出て、いくつも井戸ができました。
「ありがてぇ! お陰でもう水に悩む事はねぇだ!」
「寝太郎様々だべ!」
村人達の感謝と称賛を聞きながら、寝太郎は今は違う空の下にいる友へ思いを馳せました。
(お前さんのお陰で村は救えただよ、ポセシブ……!)
遡る事三年前。
寝太郎と呼ばれる前の若者・太郎は、山の社で一心に祈りを捧げておりました。
「神様神様、どうかこの村をお救いくだせぇ……! この村は水が少ねぇで、毎年ぎりぎりで凌いでいるだが、大日照りが来たら一発でおしめぇだ……。どうか村に水を……!」
その日は十日ぶりの雨。
村人がみな喜びと安堵に包まれる中、太郎だけが空の気まぐれにすがるしかない未来を憂い、身体が濡れるのも構わずに祈っていたのです。
するとその祈りが通じ、神様の声が太郎の頭の中に響きました。
『太郎……、あなたの祈り、確かに届きました』
「おぉ、神様……!」
『ですが神の取り決めで、私が直接村を救う事はできません』
「そんな……!」
『ですがあなた自身が村を救えるように機会を与える事はできます』
「ほ、本当だか!? お願ぇします!」
何度も頭を下げる太郎に、神様の声が少し曇ります。
『しかし過酷な試練となる上、確実に村を救えるというわけでもありません。それでもやりますか?』
「はい! お願ぇしますだ!」
迷いのない言葉に、神様も決心が固まりました。
『それではこの後、あなたが家に帰って眠ったら、あなたの魂を異世界に飛ばします』
「いせ、かい……?」
『この村、この世界とは言葉も習慣も違う世界です。そこであなたには、ある男を救ってほしいのです』
「は、はぁ……」
『その男・ポセシブは水源探しの天才です』
「!」
『その才能を活かして地方の領主にまでなりましたが、今では水源の権利を独占し、領民から重い税を取り立てているのです』
「……何ちゅう酷ぇ事を……!」
『ですがそれも貧しい過去への恐怖心。貧しい頃に戻りたくない、そのために頼れるのは財力だけ、そう思い込んでしまっています』
神様の言葉に太郎は憤りを消し、悲しそうな顔をしました。
「……金さえあれば幸せになれる、と思うとったが、あればあったで失う心配はあるもんだなぁ……。で、その男を救うっちゅーてもどうしたらえぇだ?」
『その男の身体にあなたを乗り移らせます。あなたのまっすぐな気持ちで、彼と領民とを繋いでください。そうすれば彼の心を解きほぐせるかもしれません』
「わかっただ!」
太郎は力強く頷きます。
『彼の心が解けて、水源探しのコツを教われましたら、きっとこの村も救えるでしょう。ただ三年後に大日照りが来ます。それまでに戻ってください』
「ありがとうごぜぇます! 必ず村のために水源探しの力、持って帰ってくるだ!」
『お願いします。その間あなたの身体は時を止めて、食事も用便も要らないようにして、周りからは寝ているようにしか見えないようにしますので』
「何から何までありがとうござぇます!」
太郎は何度も社に頭を下げて、家に帰っていきます。
その夜、太郎は布団から異世界へと旅立ちました。
「……シブ様、ポセシブ様……!」
「んぁっ!?」
「あぁっ! 驚かせてしまい申し訳ありません!」
(だ、誰だべこの人……。目ぇは空色で、髪は稲穂みてぇだ……)
太郎がベッドから跳ね起きると、身なりの良い男が怯えた顔で頭を下げていました。
「あ、あの、ポセシブ様……?」
(ん? 確かそのぽせ……っちゅうのがこの身体の名前だったの……)
「あぁ、すまん。ぼーっとしちょった。何じゃ?」
「お、お食事の支度ができておりますので、お支度をされましたら食堂へ……」
「おう、ありがとな」
「!? も、もったいないお言葉……!」
男が部屋を出るのと入れ替わりに、美しいメイドが入ってきました。
「ポセシブ様、お召し替えのお手伝いをいたします」
「そ、そげな事……」
太郎は断ろうとしましたが、今着ている服も持ってこられた服も、見た事のないものです。
「……た、頼む……」
「……? かしこまりました」
ちゃんと着れそうにないと、恥を忍んで任せる事にしました。
(いや〜、えらい別嬪さんじゃ……。ぽせ……の嫁御かの……?)
そんな事を考えているうちに、太郎は下着から何から脱がされ、全身を温かい湯に浸した布で拭かれ、豪奢な服に身を包まれていました。
「ではお食事にどうぞ」
(この淡々とした感じ、奉公人だべか……。はぁ〜、領主っちゅーのは赤ん坊みてぇな事してもらうんだべな……。着てみたらそんなにややこしい服でもねぇのに……)
そう思った太郎は、先に立って歩くメイドに声をかけます。
「明日っからは一人で着替えっから、服と湯と布だけ持ってきてくれや」
「!」
メイドは真っ青になって廊下に膝をつきました。
「な、何か失礼がありましたでしょうか! どうかお許しください!」
「え、あ、そんな、顔を上げてくれ。何も怒ったわけではねぇだ」
「でしたらどうか、今まで通りの仕事をお申し付けくださいませ! ここを追われたら家族を養えません!」
必死なメイドの様子に、太郎は胸を痛めました。
(まるで女衒に売られかけた娘っ子だ……。神様はこの男と領民を繋げ言ってただが、こら大変そうだぞ……)
ひとまず目の前で震えるメイドに、できるだけ優しく声をかけます。
「別にお前さんをどうこうしようっちゅー事ではねぇだ。ただ若い娘っ子に服の着替えをさせられるのが気恥ずかしいんだべ」
「え、え……?」
「だどもお前さんの仕事を取るのも悪い。じゃから着方や選び方を教えてくれんかの? こんな服、よう着んのでな」
「は、はい……? お、仰せのままに……」
目を丸くしながらも頷くメイドに、太郎は明るく声をかけました。
「さ、朝飯ん場所まで連れてってくれ! 腹ぺこじゃ!」
「は、はい!」
「これが朝飯……?」
「な、何かご不満が……?」
太郎は目の前の食事に絶句しました。
村では祭りでも出されないような豪華な料理と品数。
それが自分一人のために用意されている状況に、太郎は目を白黒させました。
(このぽせ……ちゅう奴は相撲取りか? いや、着替えで見た限りでは細っこい身体じゃったが……)
「……あ〜、お前さん、えっと……」
「な、何でございましょう!?」
「えっと、名前、何ちゅーたかな?」
「……! ご、ご冗談でございますか……? 執事のディボットでございます」
「す、すまんすまん! そうじゃったな! 寝ぼけて出てこんかったんじゃ!」
「……あぁ、左様でございましたか……」
安堵の息を吐くディボットに、太郎は冷や汗を拭います。
(……名前を忘れられたと思うただけで、かなり落胆させてしまったようじゃ。このぽせ……ちゅー男、奉公人に嫌われとるわけではないようじゃな……)
「あー、ぢぼっと? お前さん、朝飯は?」
「ポセシブ様が召し上がられた後にいただきます」
「なら一緒に食うべ」
「はい?」
「さっき着替えを手伝ってくれた娘っ子も呼んで
一緒に食うてくれ。一人では食いきれんし、つまらんでな」
「え、いや、そんな畏れ多い……」
「畏れ多いも何も、おらは神様とは違う。飯も食えば屁もひる同じ人間じゃ。一緒に飯を食う事の何がいかん?」
「……!」
ディボットは目を丸くして固まります。
「……ポセシブ様、今朝はどうされたのですか……? 普段でしたら『貴様らはせいぜい物欲しそうな顔をして、私の食欲を高めろ』などと仰るのに……」
「そんな気の悪い事を言うとったのか……! 今日からそんな事はやめじゃ! うまいもんは人と『うまいうまい』と言うて食うが一番じゃ!」
「あ、ありがとうございます!」
「他にも奉公人はおるか? おるなら皆で飯じゃ! 呼んできてくれ!」
「う、承りました!」
ディボットが部屋を出て、太郎は怒りとも落胆ともつかない溜息をつきました。
「此奴は人と食う飯の旨さも知らんのか……。情けない事じゃ……」
「はぁー、これが溜め込んだ宝もんか……」
「はい、いつ見ても壮観でございますな!」
屋敷の全員との食事を楽しんだ後、太郎はディボットに頼んで宝物庫にいました。
まさに金銀財宝。
村暮らしの太郎にも、それが凄まじい値打ちの物だという事はわかりました。
山と積まれた煌びやかな装飾品を呆然と見つめる太郎に、ディボットが声をかけます。
「今日は商人が来る日でございます。また何かお買いになりますか?」
「……売る」
「は?」
「全部売って食いもんに変える。んで飯に困っとる人への施しと、飢饉の時の備えにせぇ」
「よ、よろしいのですか? 以前は『領民が飢えても私は飢えない』と仰っていたのに……」
「……馬鹿な事を言うたもんじゃ……。領民が田畑を耕さんで、どうして飯が食えようか」
「お、おお……! 仰る通りでございます! でしたら、全てを食糧にではなく、道や橋、水路の修繕にお金を割いていただいてもよろしいでしょうか!?」
「おお、頼む! 領民から集めた金じゃ。皆のために使わんとな」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに言うディボットに、太郎も笑顔になりました。
そしてやってきた商人が持ってきた食糧をあるだけ買い込み、商人の目を丸くさせたのでした。
「いやー、炊き出しは大成功じゃったな! あんなに喜んでもらえるとはのう! えぇ事をした後は気持ちがえぇ!」
買った食糧で炊き出しを行い、太郎が機嫌よくベッドに寝転んだその時です。
『……おい、おい貴様……!』
「んお? 頭の中に声が……? 神様か?」
『貴様! 私の身体で勝手な事をしおって……! 使用人と同じ卓で食事をするわ、私の宝を売り払うわ、挙句に施しだと……!?』
「おぉ、お前さんがぽせ……っちゅー男だか。お前さん、くだらん金の使い方しとるなぁ」
『ふざけるな! 私の稼いだ金だ! どう使おうと私の勝手だ! 早く身体を返せ!』
激昂するポセシブの声に、しかし太郎は涼しい顔です。
「まぁえぇから見ておけ。お前さんはもっと施すっちゅー事を知らねばならんでよ」
『ば、馬鹿にしているのか! 早く身体を返せ! おい! 寝るな! おい貴様……! おぃ……』
ポセシブの文句を聞き流し、太郎はさっさと眠りへと落ちました。
三日が経ちました。
『貴様! 何故あの服を売った! あれは百を超える宝石をあしらった特注品だぞ!』
「あれは服ではねぇ。まるで甲冑じゃ。重うて邪魔なだけなら売っぱらった方がえぇ。あれで橋が一本かけられるそうだでよ」
『橋なんかどうでもいい! 貴様は私があれを手に入れるためにどれだけ苦労を……! おい! 寝るな!』
十日が経ちました。
「あ〜、働いただなぁ。だどもこの身体、もちっと鍛えんと物の役に立たんなぁ」
『文句を言うなら返せ! 水路掘りなんて下民の仕事をやりおって……! あんな仕事から離れるために必死にここまで上り詰めたのに……!』
「えぇでねぇか。自分の鍬打ち一つが人様の笑顔や幸せに繋がると思えば、土も鍬も軽いもんじゃ」
『……そんなもの、何の価値もない!』
「んな事ねぇだ。お前さんが銭集めたり贅沢したりできるのは、領民の皆さんがお前さんに感謝して金を納めてくれとるからだで」
『か、感謝……? 違う! 税は義務だ! 私が見つけた水源を使うんだから、金を取っているだけだ! ……聞いているのか!? おい! 寝付きが良すぎるだろ!』
ひと月が経ちました。
『税金を何故下げた! これでは領内経営はめちゃくちゃだ!』
「いんや、そもそも贅沢しなんだら、あんなに金はいらん、と、ぢぼっとが言うとったからな」
『ディボットの奴、余計な真似を……!』
「みんな大喜びだったでよ。おらあんなに酒食らったの初めてだぁ。えぇ心持ちじゃあ……」
『あんな安酒で喜びおって……! 今日という今日は……! 貴様! もう寝たのか!』
半年が経ちました。
『貴様! 何故北の畑に東から水を引く! あの近くには水脈があるから、工事は無駄だ! やめさせろ!』
「え、そうなんか?」
『川の跡があっただろう! 地殻変動で水脈が地下に潜ってるだけだ! 跡を辿ってぶつかった崖を掘ってみろ! 水を通さない粘土層を掘り抜けば水が戻る!』
「おお! さすがだべな! 早速明日掘りに行くべ!」
『今後水に関する事は私に相談しろ! いいな! そういう無駄は信条に反す……、貴様は話の途中で平気で寝るなぁ! ……ったく……』
一年が経ちました。
『貴様! 何故メイドのサビスの求愛を断った! あんなに美しく気立のいい娘はいないだろう!』
「そったら事言うても、身体はお前さんのもんじゃしのう……」
『貴様の内面に惚れてるんだ! 問題ないだろう!』
「おらそのうち元の世界に帰るだでよ……。ここで嫁御さこしらえても仕方なかんべよ……」
『そんな先の事ではなく、今のサビスの気持ちをだな……!』
「お、おらもう寝るだよ」
『ふざけるな! おい! もう寝たのか! ……ん? 貴様、寝たふりだな! 起きろ! 一晩かけてサビスの良さをわからせてやる!』
翌日。
「良かっただなぁ! さびすはお前さんに惚れとったんじゃのう!」
『……いや、その……』
「家族のために身を売ろうとしたところを、身の回りを世話する奉公人として雇ってもらえて、それ以来ずっとじゃと!」
『……あんなの、気まぐれで……』
「おらが乗り移ってる話ばしたら、えれぇ剣幕で『身体を返せー!』ちゅーて、あれは惚れ抜いておらなんだらできん事じゃ!」
『う、あ……』
「おらが帰るまで二年、待ってくれるっちゅーんだから本物だべ!」
『……そんな、私にそんな価値は……』
「えぇから喜べ! 相思相愛じゃ!」
そうして三年が経ちました。
「世話になっただなポセシブ。お陰で水源の見つけ方はようわかった」
『……私こそ礼を言わなければなるまい。太郎、ありがとう。君に乗り移ってもらえなかったら、私はこんな穏やかな気持ちになる事はなかった』
「おらはきっかけだ。お前さんの中にもあったけぇ気持ちがあったって事だべよ」
『そう、なのかな……』
「お前さんは奉公人や領民の事を大事にできる、えぇ領主になる。おらが保証するだよ」
『ありがとう……』
「後はサビスと仲良くするだよ。三年も待っただ、思う存分ちちくりあうとえぇだ」
『う、うるさい! 余計な事を言うな! と、とっとと寝てしまえ!』
三年の間、太郎がそんな試練を乗り越えた事を知らず、村人達は太郎に何故こんな事ができるようになったのかを尋ねます。
そうすると太郎は決まってこう答えるのです。
「……ちと臆病で怒りっぽい、友のおかげじゃ」
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
私の知っている三年寝太郎は、寝ている間に力を溜めて、大雨の日に崖の上の大岩を氾濫しそうな川に落とし、流れを変えて村を救う話でした。
なので寝てる間に夢の中で神様に身体を鍛えてもらう感じにしようかと思ったのですが……。
旱魃……?
調べると、ほとんどの話が水がない村を救う話。
直接水路を掘るのと、佐渡の草鞋を集めて砂金を集める話とがありましたが、どちらも知恵で解決ルート。
そこで一から話を立て直し、なら異世界転移を加えてみようと思ったのが運の尽き。
おそろしく長くなってしまいました。
まぁ二つの世界を救ったからよしとするってことでさ……
ごめんなさい
次回は『浦島太郎』を混ぜるな危険で書こうと思います。
よろしくお願いいたします。