わらしべ長者 その一
パロディ昔話第四十一弾。今回は『わらしべ長者』です。
ちょっと変わった視点で書いてみたら、筆が進んで三千文字を超えました……。
お時間のある時にお読みいただけましたら幸いです。
……おや、見慣れない若者ですね。
日暮れ時だというのに、こんな町外れの観音堂に何の用でしょう。
「観音様観音様、どうか夜露凌ぎにお堂の隅をお貸しくだせぇ……」
成程、貧しい旅の若者でしたか。
こんな荒屋でもてなしも何もないですが、どうぞお休みなさい。
と言っても声は彼には聞こえませんけどね。
……しかし人の良さそうな顔。
何故こんな貧しい旅をしているのでしょう。
少し見てみましょう。
……ほう、自分の物を何でも分け与えてしまう、と。
自分が継げるはずだった家や田畑も、弟に譲って……。
己を省みず人に分け与える慈悲……。
仏様の御心に適う者……。
ここに泊まったのも何かの縁。
彼に幾ばくかのご利益を授けましょう。
『聞こえますか……? 聞こえますか若者よ……』
『か、観音様!?』
『貴方は目覚めた後、このお堂を出て西に向かいなさい。すぐに転びますが、その時手につかんだ物を大事にするのです。さすれば貴方は幸せになるでしょう』
『あ、ありがとうごぜぇます!』
これでこの若者に幸運の縁が繋がりました。
拾わせるのは、そうですね、わらが良いでしょう。
この者ならつまらないものとは思わず大事に持って、人の役に立てて更なる幸運へと繋がっていくでしょう。
……おや、目を覚ましましたね。ではお堂を出たところで……。
「あいてっ! ゆ、夢のお告げ通り転んだだ……。お? わらしべを掴んどる……。これもお告げ通りだ……! 観音様! ありがとうごぜぇます!」
うんうん、うまくいきましたね。
さぁそのわらで、この先にいる泣いてる赤ん坊におもちゃを作るのです。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「おぉよしよし、どうしたんだろう、機嫌が悪いねぇ……」
「お? 泣いてる赤ん坊がおるで……。昔弟のためにこんなわらしべでおもちゃを作ってやったなぁ……」
それです! さぁそれを作って渡して、みかんをもらうのです!
「でもこのわらは観音様が大事にせぇちゅうとったからなぁ……」
えっ!?
違うのです! 良いのですよ使っても!
あぁ、夢枕でもう少し詳しく伝えておけば良かった!
「だども泣いとる赤ん坊は何とかしてやりてぇ……。このわらしべにあの子を笑顔にする力があったらなぁ……」
あるんです! あるんですよ!
……仕方ありません。
私の伝え方が悪かったのでしょう。
今回は私の力で……。
「う……? きゃはは! きゃはは!」
「あら? 良かったねぇご機嫌になって……」
「おお! わらしべのお力だべ!」
「きゃーう! あぶぅ!」
「あら、あのお兄ちゃん見てご機嫌になったのかい!」
正確には彼に宿る私の力ですけどね。
「通りがかりのお前さんのおかげで助かったよ!」
「いや、オラは何も……。昨日観音堂で休ませてもらっただから、きっとそのご加護だべ」
「あぁ、町外れの。そうかい、じゃああたしもお礼をしないとねぇ。ただ手が離せないもんだからこのみかん、お供えしてきてくれないかね?」
「お安い御用だべ」
「三つあるから、一つは観音様に、残りはお前さんが食べな」
「ありがとうごぜぇます」
ふう、何とかうまくいきましたね。
あ、ちゃんと戻って私のお堂に……。
……ありがとう。
さ、ここからはそのみかんを喉の渇いた娘さんに渡して、反物をもらうのです。
「おや、道で娘さんが苦しそうにしているだ」
そこでそのみかんです!
「観音様観音様、どうかあの人の病気を治してくだせぇ!」
わらじゃないです! みかんです!
そんな大病じゃないんですよ!
みかんを食べれば治るんですって!
「あの苦しんでる人が治りますように……! 元気になりますように……!」
……もう、仕方がないですね。
喉の渇きを癒すだけなら簡単ですし。
「あ、あら? 急に胸のつかえが取れたよう……」
「お嬢様、お元気になってよかったです!」
「あぁ、良かっただ……。お、そうだ! このみかんを食べたらもっと元気になるに違ぇねぇだ!」
そっち先にしましょうよ!
私の力、要らなかったじゃないですか!
「あの、大丈夫だか? これ食って元気出すだ」
「まぁ親切なお方! ありがとうございます!」
「何というお心遣い……。我が家では反物を扱っております。よろしければお納めください」
「こ、こんなきれいな反物、もらってもえぇだか!?」
「はい! どうぞお納めください!」
ふう、何とか反物をもらえましたね。
この後は病気の馬と取り換えて……。
……あ、嫌な予感。
「まったく、もうへばりやかって! おら立て!」
「あぁかわいそうに、あんな弱った馬に何て事を……」
反物! 反物で交換してください!
「観音様観音様! どうかあの馬を元気にしてやってくだせぇ……!」
だと思いました!
元気になっても、あの馬借にこき使われるだけなのに!
「どうかあのかわいそうな馬にお慈悲を……!」
もう! 仕方がないですね!
「お? 何だまだ元気じゃねぇか。よしもうひとっ走り……」
「待つだ! その馬、オラに譲ってもらいてぇ!」
「あぁ? 何だお前」
「ここにきれいな反物があるだ! それでその弱ってた馬を売ってくれだ!」
「お! 上等の反物じゃねぇか! こいつは今元気でも、いつへたばるかわからねぇしな……。よし! 売ってやる!」
「ありがとうごぜぇます! おうお前、もう大丈夫だぞ」
……やれやれ。
順番は前後しましたが、何とか馬とも交換できましたね。
これで後は長者の屋敷に行けば……。
「それにしても観音様がくださったこのわらはすごいだなぁ」
え?
「この力でもっともっとたくさんの人の苦しみをなくしてやりてぇ!」
ちょ、あの、待って!
私かなり信仰薄れてるから、そんなにご利益使えないんですけど!?
「おーい! 町の衆! 病気の人はいねぇか! 怪我してる人はいねぇか! 観音様のありがたい力が宿ったこのわらで治してやるだよ!」
わわわ! すごい集まってきてしまいました!
こ、こうなったら私も菩薩。後には引けません!
力の限りお救いしてみせます!
ひぃ……、ひぃ……。やっと、終わった……。
「あなたが観音様のお力で人を癒したというお方か」
「あ、あなたは……?」
「生き仏様。この方はこの町の長者様でございますだ」
「あ! これはどうも! お騒がせしておりますだ!」
やっと、長者まで、たどり、着きました……。
「生き仏様。そのありがたい力、どのようにして授かられたのですか?」
「生き仏なんて滅相もねぇ。ここの町外れの観音堂で一晩休ませてもらったら、夢に観音様が出てきて『お堂から出たら転ぶから、その時拾ったものを大事にしなさい』そう言われましただ」
「それがそのわらだと?」
「はい! このわらしべすこいんですだ! 子どもの機嫌を直し、苦しんでる娘さんを助け、へたばってる馬を救って、町の人の怪我や病気も治しただ!」
あの時、言い方を、間違え、なければ……。
「あの町外れのさびれた観音堂か……。あなたが良ければですが、この屋敷に留まって観音堂の修繕をやってはいただけないだろうか?」
「えぇ! えぇ! 一生懸命やらせてもらいますだ!」
は? え?
「これだけの町の人を癒していただいたのです。金に糸目は付けませぬ。観音様のご加護を受けたお方が修繕するとなれば、人々も協力を惜しみますまい。立派なお堂を建ててくだされ」
「わかりましただ!」
あの、私そんなつもりじゃ……。
え、どうしましょうこれ……。
あれから一年。
私のお堂は立派に修繕され、毎日のように参拝者が訪れています。
建て直してくれた若者は、みかんを与えた娘さんが実は長者の娘だったとわかり、婿入り。
じきに跡を譲られ、無事長者になりました。
それでも捨てずに、何かあるごとに人を癒す祈りに使っていたあのわらは、先日噂を聞きつけたお馬鹿さんが忍び込んで盗んでいきました。
若者はがっかりしましたが、いつまでも観音様に頼ってはいけない、とすぐ立ち直り、今度は自分の力で人を助けるようになりました。
お馬鹿さんはただのわらを、あーでもないこーでもないとこねくり回しているようですね。
はい、めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
観音様と呼ばれる観世音菩薩は、男でもあり女でもあるという性を超越した存在だそうなので、お好きな性別でどうぞ。
ポンコツ女神様っぽいのは私の趣味です。
別に見返りを求める存在じゃないですが、男に福を与えた観音様も報われて良いのでは、とこんなオチになりました。
ガチ信者様が卒塔婆で殴りかかってきませんように!
次回は『アリとキリギリス』の第二弾で書こうと思います。
前回の話とは別の世界線の話になりますが、よろしくお願いいたします。