マッチ売りの少女 その一
パロディ昔話第三十九弾。今回は『マッチ売りの少女』です。
人魚姫と並ぶ、悲しい昔話の代表格。
最初に言っておく! 鬱な展開などない!
気軽にお楽しみください。
寒い冬の日。
「マッチいりませんか……。マッチ買ってください……」
小さな女の子が、カゴにいっぱいのマッチを売っていました。
しかし道行く人は、誰も足を止めません。
一生懸命マッチを売っている女の子を、まるでいないものかのように無視して通り過ぎます。
「どうしよう……。マッチが売れないとお家に帰れない……」
しかしあまりの寒さと疲れに、女の子は路地裏で膝をついてしまいました。
「そうだ、このマッチで少しだけ暖まろう……」
女の子はマッチを擦りました。
すると火がつくと同時に、温かい部屋に並べられた美味しそうなご馳走が浮かび上がりました。
「あぁ! 素敵なお家! 素敵なご馳走! 一度でいいからこんな生活してみたい……」
うっとり眺めていたその光景は、マッチの火が消えると同時にふっと消えてしまいました。
「あぁ、もう一度、もう一度だけでも……!」
女の子がマッチを擦ると、天国に行ったはずのおばあさんの姿が浮かび上がりました。
「おばあさん! あぁ、幻でもまた会えて嬉しい……! おばあさん、私、もう少ししたらそっちに行くから……。え? まだ来るな? そんな事言われても……」
マッチの炎に浮かび上がるおばあさんは、何やらホワイトボードを出してきました。
「え、何? マーケティング理論? 顧客が求めるものを提供するだけでなく、顧客の購買意欲を作り出す……? え、何これ難しいよ……」
おばあさんは女の子の弱音に頷き、ホワイトボードに絵を描き始めました。
「あ、可愛い。『森の動物達のリンゴ事情』……?」
ある森では動物達は皆リンゴが好きで、ほぼ毎日リンゴを食べていました。
リンゴは、ウサギさんとリスさんとクマさんが売っていました。
森の動物達は、普段は一番安いウサギさんのお店で、天気が悪い時は一番森の中心に近いリスさんのお店で、たくさん買う時は配達をしてくれるクマさんのお店で買っていました。
しかしある時クマさんが、蜂蜜漬けリンゴを売り出しました。
蜂蜜漬けリンゴはとても美味しく、森の動物達はお祝いや特別な日に欠かさず買うようになりました。
するとどうでしょう。
普段たくさん買う時にしか利用していなかった、クマさんのお店の普通のリンゴもよく買うようになったのです。
「ふんふん、『皆が欲しいもの』だと、皆が売るから競争になっちゃうのね。マッチなんて正にそうだわ。日用品だもの」
わかりやすい例えに、女の子は何度も頷きました。
「それで競争相手のいない、『新たに欲しくなるもの』を作り出すのね。それでお客さんを掴めば、普段の買い物も……。あ、消えちゃった。続き続き」
女の子はマッチが消えるたび新しいマッチを擦っては、真剣に講義に耳を傾けます。
「驚き、感動、そして希少性……。マッチだと難しい気が……。ものすごく燃えるマッチ、とか? いやいや、そんなの危ないし……」
悩む女の子に、おばあさんは新しいホワイトボードを用意しました。
「炎色反応? へえ、火に金属の粉とかを加えると色が変わるのね」
その時、女の子の頭に明かりが灯りました。
「つまりマッチそのものを変えなくても、『マッチを買う事』に驚きや感動を含んだ、他にない要素を組み込めば、新たな顧客を作り出せるのね!」
賢い女の子はおばあさんの教えを、マッチ一箱分で理解しました。
おばあさんは大きく頷くと、マッチの炎と共に消えていきました。
そして女の子は、家に帰ると家族に計画を話しました。
最初は取り合わなかった両親も段々と引き込まれ、ついには家族ぐるみで計画を実行する事になりました。
数日後。
「マッチいりませんか? 今なら炎の色が変わる素敵なロウソクをセットで販売しております!」
女の子は塩や銅のサビなど安価で炎の色が変わる材料をロウに混ぜ、それを層状に固める事で、段階的に炎の色が変わるロウソクを作ったのでした。
「記念日にこのロウソクを使えば盛り上がる事間違いなし! 手作りなので今ある限りで次回入荷は未定です!」
そう言われると買いたくなるのが人情です。
炎の色が変わるロウソクとマッチのセットは飛ぶように売れました。
女の子は増産体制を整え、大量生産を行いました。
その中で得た利益で新たな材料を購入し、新色を開発する事も怠りません。
ロウソクの製造販売を会社化した女の子は、時折マッチを擦っては会社経営のノウハウについてもおばあさんから教わりました。
そして次の冬には、あの時炎の中に見たものよりはるかに豪華な部屋とご馳走を、日常のものとしたのです。
「ありがとう、おばあさん……。私はおばあさんから教わった知識でここまで来れました……」
窓から寒い外を見ながら、女の子はマッチの炎の中のおばあさんに向かって決意を新たにします。
「私、貧しく、ひもじい思いをしている子ども達に、おばあさんから教わった知識を分けていきます。そうして皆が幸せに暮らせる世界を作っていきます。……いいですか?」
炎の中のおばあさんは、それはそれは嬉しそうににっこり頷きました。
その後、無料で通える学校をいくつも作り、貧困とそこから生まれる犯罪を大幅に減らした女の子は、国から表彰され、銅像を建てられました。
その銅像は女の子の希望で、見すぼらしい女の子とマッチ、そして炎に浮かび上がるおばあさんのホワイトボード講義の姿になりましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
次世代に残すべき財産は、金でも土地でもなく、知識や経験であるとお話。
しかしあの世からのリモート講義とは恐れ入った。
次回は四十回記念。
また元話を隠して書きますので、どうぞ推理しながらお楽しみください。