鶴の恩返し その二
パロディ昔話二十六弾。少し間が空きましたが鶴の恩返しです。
今回のテーマは『もし鶴を助けた男が、反物くらいではびくともしないお金持ちだったら』です。
反物で恩返しができない鶴はどうするのか?
お楽しみください。
昔々、ある山に一羽の鶴が住んでおりました。
ある時鶴は、猟師の仕掛けた罠にかかってしまいました。
そこに通りがかった男が、鶴を罠から放してくれました。
鶴は男に頭を下げて、飛び去っていきました。
その夜、鶴は美しい女の姿で男の家の前に立ちました。
「……豪邸……」
鶴は気後れしましたが、恩返しをしなければなりません。
意を決して戸を叩きました。
「あの、道に迷ってしまいました。今夜一晩泊めていただけませんか?」
「どうぞお上がりください」
聞き慣れない男性の声に、鶴は更に気後れしましたが、引き返すわけにもいきません。
覚悟を決めて戸を開きました。
そこには見知らぬ男性が、丁寧にお辞儀をして迎えてくれました。
しかし鶴の不思議な力は、ここに恩人がいると示し続けています。
「こんな夜分に大変でしたでしょう。どうぞゆっくりおくつろぎくださいね」
「あ、あの、あなたがこの家の主様で……?」
おそるおそる訊くと、男性は穏やかに笑いました。
「いえいえとんでもない。私はこの家の主に拾っていただいただけでございます」
「ではその主様は……?」
「お会いになりますか? お疲れでしょうから、お風呂と夕食の後でも……」
「いえ、是非ごあいさつさせてください」
鶴は男性に連れられて、奥の間に進みました。
「主様。道に迷った方がごあいさつをとお見えになっています」
「わかりました。お通ししてください」
ふすまを開けると、そこには昼間罠から助けてくれた男がいました。
人違いでなかった事に、ひとまず鶴は安心しました。
「この度はお世話になります」
「お疲れでしょうに、わざわざありがとうございます。湯はすぐ沸きますし、夕食の支度もすぐさせますので、どうぞおくつろぎください」
「あ、ありがとうございます。しかし泊めていただけるだけでもありがたいのに、そんなにお世話になるわけには」
「いえいえ、お気になさらずに。実は以前山で罠にかかっていた白い蛇を助けた事がありまして」
「白い蛇」
「はい」
鶴はこの山の神の化身が白い蛇である事を思い出しました。
「その後山に入る度に砂金の入ったツボを見つけるようになりまして」
「砂金」
「はい」
ツボいっぱいの砂金。
自分が織る反物何反分かと、鶴は頭を抱えたくなりました。
「きっとこれは私だけでなく多くの人を幸せにするためのお金と思い、仕事を失った方や行き場のない方の手助けをしているうちに、家が大きくなりましてな」
「はぁ」
応対に出た男性はそういう事かと、鶴は納得しました。
「お急ぎとあればお引き止めはしませんが、よろしければお時間の許す限りゆっくりなさってください」
「ありがとう、ございます……」
笑顔の主に見送られ、鶴は部屋を出ました。
広々としたお風呂にゆったり浸かり、美味しい夕食を食べ、布団に入りました。
「……これではいけない。明日になったら何としてでも機織りをして恩を返さないと……。でも反物くらいじゃ喜びそうにないし……。何よりこの素晴らしい環境に流されそう……」
その呟きに答えるように、鶴の頭に声が響きました。
『鶴よ。聞こえますか? 鶴よ……』
「この声は、神様!」
『そうです私が山の神様です』
神様は鶴に語りかけます。
「神様もあの方にお礼をなさっていたのですね」
『そうです。私は化身を救われた礼として、彼に砂金を与えました。温かい性根の彼は、それで多くの人を幸せにしました』
「素晴らしい方ですね」
『しかし彼自身にもっと幸せになってもらいたい。それにはやはり嫁。しかし私とて人を生み出す事はできません。そこにあなたがやってきました』
「まさか」
『今あなたができる最高の恩返し、それは嫁入りです』
鶴は跳ね起きて手をめちゃくちゃに振り回します。
「そんな、無理、無理です。私に嫁入りだなんて」
『おや、彼の事が気に入りませんか?』
「いや、そんな事は……」
『誰か想い人でも?』
「いません」
『三食風呂付個室完備の環境に不満は?』
「できる事なら一生ここにいたいです」
『何の問題が?』
「うう……」
鶴の顔は真っ赤です。
その顔は嬉し恥ずかし吝かでなし、といった様子。
「しかしあの方が私を好いてくれるかどうか……」
『女性に対して、時間の許す限り居て良い、なんて婚約も同義でしょう』
「そうなのですか?」
『間違いありません。私は詳しいのです』
神様の言葉に、徐々に鶴の迷いが揺らいでいきます。
『実は彼は天涯孤独。自らの幸せを諦めている節があります。だから施しにためらいがないのでしょう』
「!」
『彼を愛で包む事ができるのはあなただけなのです』
「……わかりました」
『頼みましたよ……。たのみましたよ……。ましたよ……』
鶴が頷くと、神様はセルフエコーを残し、それっきり声が聞こえなくなりました。
「よし、どうやったらお嫁さんにしてもらえるかわからないけど、頑張ろう」
鶴は決意を固めるように、ぎゅっと両手を握りました。
読了ありがとうございます。
さてここからは恋愛知識ゼロ系女子の鶴と、悟り系男子の男と、もどかしい恋物語。
自称詳しい神様が余計な入れ知恵を突っ込んで、二人の関係は予測不能な展開に!?
そんな物語を脳内でこねくり回すと幸せな気分になれるのです。
眠れない夜におすすめ。
さて次回は『赤ずきん』をベースに『混ぜるな危険』シリーズをやりたいと思います。お楽しみに!