三枚のお札 その二
山姥さんから「待ったっ!」がかかったので、再び『三枚のお札』です。
今回、札の効果は原作縛りです。
色々小ネタを挟んだら長くなりましたが、お楽しみいただけましたら嬉しいです。
昔々、ある山のお寺に、和尚さんと小僧さんが住んでおりました。
小僧さんはやんちゃ盛りのいたずら盛り。
なかなかお寺の修行を頑張りません。
「こりゃ。お前はなぜそう修行に身が入らんのじゃ」
「和尚様〜。おいら、この季節は修行どころじゃないんですよ〜。隣の山に栗がいっぱいなっているかと思うと、気になって気になって……」
小僧さんの言葉に、和尚さんは顎を撫でます。
「お前の怠け癖は今に始まった事ではないと思うがの。ま、ワシも栗は好きじゃ。取ってきて良いぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ただし、あの山には夜になると山姥が出る。日が暮れる前に帰るのじゃぞ?」
「はーい! 栗だ栗だ〜!」
「……大丈夫かのう……。念のため、このありがたいお札を持って行きなさい」
「はーい!」
小僧さんは喜び勇んで隣の山へと行きました。
しかし小僧さんは栗拾いに夢中になり、気がつけば日が暮れてしまいました。
「困ったなぁ。どうしよう」
「お困りかね小僧さん」
「えっ?」
振り返るとそこには、人の良さそうなお婆さんがおりました。
「今から山降りるのは危ねえから、ワシの家に来るといい」
「え、でも……」
日暮れの山の中で出会う知らないお婆さんというのは、何とも言えず不気味でした。
(……和尚様の言っていた山姥かもしれない……)
小僧さんは警戒して断ろうと思いましたが、
「その栗煮てやるぞ。採れたてはうめえぞ?」
「行くー!」
食欲に負けました。
「ここがワシの家じゃ」
「あ、やっぱりおいら、明かりだけ借りて帰ります……」
しかしお化け屋敷のような廃屋じみた家に、小僧さんは尻込みしました。
「何を言っとる。今から栗を剥いてやるでな」
「お邪魔しまーす!」
栗の力は強し。
お婆さんはにこにこ笑いながら、小僧さんのカゴの栗をどんどん剥いていきます。
硬いはずの殻がぱきぱき剥かれていくのを見て、小僧さんは怪しみました。
(この手際と力、人間業ではねぇ……!)
「あの、お婆さん、おいらやっぱり」
「すぐ栗煮てやるからな」
「うん!」
でも食欲には勝てませんでした。
たっぷり栗を食べた小僧さんは、敷かれた布団に横になるとぐうぐう眠りました。
……しゃ〜こ、しゃ〜こ……。
「……何の音だ……?」
小僧さんは何かがこすれるような音で目を覚ましました。
台所の方から聞こえて来ます。
「まさか……!」
のぞいてみると、山姥が包丁を嬉しそうに研いでいました。
「あの小僧、ようやく食えるぞ……。ひっひっひ……」
(……! 思った通りだ! あのお婆さん、山姥だ……!)
小僧さんは、恐怖と自分の予感の正しさに身震いしました。
食欲と眠気に完全敗北した事はすっかり忘れていました。
(逃げないと……!)
「小僧! 起きただか! どこさ行くだ!」
「お、おいら小便に行きてぇ!」
「小便か。仕方ねえ。その代わり逃げられんように帯に紐さつけてやる」
小僧さんは帯に紐をつけられて便所に入りました。
中で小僧さんは和尚様からもらったお札を取り出しました。
「お札よお札、おいらの代わりに山姥に返事をしておくれ!」
『心得た』
小僧さんはお札と紐を便所の柱に縛り付けると、窓から逃げ出しました。
「小僧! まだか!」
『まだまだ』
「……むぅ、小僧! まだか!」
『まだまだ』
「……さては大だな? ……小僧! まだか!」
『まだまだだね』
「……さては左利きだな? ……小僧! まだか!」
『残念無念また来年〜』
「そんなに待てるか!」
山姥が紐を引っ張ると、便所の柱がもげ、お札が顔にぶつかりました。
『俺様の美声に酔いな』
「ふざけるな! あの小僧……! 待てえ!」
山姥は風のような速さで追いかけます。
「わぁ来たぁ! お札よお札、大きな河を出しておくれ!」
『良かろう』
小僧さんと山姥の間に大きな河が現れました。
「こんなもの飲み干してくれる!」
山姥は河に口を付けるとごくごくと飲み干しました。
『お主の胃袋は宇宙か。お主は伝説になる』
「やかましい! 小僧、待てえ!」
一度開いた差がまたみるみる縮まります。
「お札よお札、火の壁を出しておくれ!」
『承知』
お札から炎が吹き出します。
「こんなもの、さっき飲んだ水で!」
山姥は腹を強く叩いて水を吐き出しました。
炎はたちまち消えてしまいました。
「あわわー! 明らかに順番を間違えたー!」
『懐かしの人間ポンプ。セルフ胃洗浄とは恐れ入った』
「ぐへぇ、イライラして強く叩きすぎた……。腹痛い……」
山姥が苦しんでる間に、小僧さんは寺へと飛び込みました。
「和尚様! 和尚様! 助けてください! 山姥が! ああ! 後ろに! 後ろに!」
「おや、小僧の声によく似ているが、うちの小僧はワシの言う事をよく聞く小僧じゃからなぁ。うちの小僧がこんな遅くになるわけがない」
「おいらだよ和尚様! これからは何でも言う事を聞くから助けてー!」
「ん? 今何でも言う事聞くって言ったよね? では助けよう」
和尚様は扉を開けて、小僧を入れました。
「札は使ったかのう?」
「うん、声の身代わりを出して逃げて、大きな河で足止めしたけど飲まれて、炎を出したけどその水で消されちゃったんだ」
「ふむ、やはりまだ修行が足りんな」
「え?」
和尚様の目が鋭く輝きました。
その手元に、使ったお札が舞い戻ってきました。
「ワシが手本を見せてやろう」
「小僧はどこだ!」
「おや、お主が名高い山姥か。小僧が世話になったのう」
「貴様、この寺の和尚か! 小僧を出せ!」
「出しても構わんが、ワシに勝てたらな」
「その札……! そんなものは効かんぞ!」
「さてさて、それはどうかな?」
「ぬかせ! そんなもの使う前に食ってやる!」
山姥は腕を振り上げ飛びかかろうとしました。
『残像だ』
「何っ!?」
後ろから響いた和尚の声に驚いて振り向きますが、山姥の視線の先にはお札がぺらりと舞っているだけでした。
「ほいほい、この一瞬の隙がほしかった」
前に向き直った山姥は、驚きに目を見開きました。
和尚さんが右手の札から水、左手の札から炎を出して構えていたからです。
「ま、まさかそれは、極大消滅……!? いや、あれは氷と炎だ! そいつはぶつかってもお湯になるだけ……!」
「『水蒸気爆発』を知っておるかの」
「水蒸気、爆発……?」
「超高温に多量の水を加えると、一気に気化した水が爆発的に膨張する。それに指向性を与えたら……、どうなると思う?」
「ま、まさか……!」
和尚さんの手が合わさり、爆音が山姥を包み込みます。
「さらっと言ったけどどうやって指向性与えてるんだあああぁぁぁ……」
山姥は文句を言いながら吹き飛び、煙を吐きながら元の山へと落ちていきました。
「すごいや和尚さん!」
「戦力の逐次投入は愚策。戦うと決めたなら速やかに、徹底的に、じゃ」
「はい!」
「お前にはワシの術を全て教えてやろう。だから修行に励むんじゃぞ?」
「わかった!」
この一年後、小僧さんは諸国を旅し、困っている人を助ける修行の旅に出ます。
立派な術使いになれるかどうか、それはまた別のお話……。
読了ありがとうございます。
色々遊びすぎました。すみません。
個人的には、水より先に火を出せば結構なダメージを与えられたんじゃないかと思ってます。
ちなみに話によっては三番目に砂山出したりするみたいです。
水で腹たっぽんたっぽんで砂山登り、これは殺意湧きますわ……。
和尚に食われるラストは可哀想なので、水蒸気爆発で吹き飛ばしました。
指向性の持たせ方の理由? 反動? そんなものありませんよ。ファンタジーやメルヘンなんですから。
それでは次回は『鶴の恩返し その二』でお会いしましょう。