マッチ売りの少女 その四
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第百七十一弾です。
今回は『マッチ売りの少女』で書かせていただきました。
第39話の『マッチ売りの少女 その一』の時に感想でいただいたネタが、三年の時を経て形になりました!
どうぞお楽しみください。
寒い冬の日。
「マッチいりませんか……。マッチ買ってください……」
小さな女の子が、カゴにいっぱいのマッチを売っていました。
しかし道行く人は、誰も足を止めません。
一生懸命マッチを売っている女の子を、まるでいないものかのように無視して通り過ぎます。
「どうしよう……。マッチが売れないとお父さんが怒るから、お家に帰れない……」
しかしあまりの寒さと疲れに、女の子は路地裏で膝をついてしまいました。
「そうだ、このマッチで少しだけ暖まろう……」
女の子はマッチを擦りました。
すると火がつくと同時に、温かい部屋に並べられた美味しそうなご馳走が浮かび上がったではありませんか。
「あぁ! 素敵なお家! 素敵なご馳走! 一度でいいからこんな生活してみたい……」
うっとり眺めていたその光景は、マッチの火が消えると同時にふっと消えてしまいました。
「あぁ、もう一度、もう一度だけでも……!」
女の子がマッチを擦ると、天国に行ったはずのおばあさんの姿が浮かび上がりました。
「おばあさん! あぁ、幻でもまた会えて嬉しい……! おばあさん、私、もう少ししたらそっちに行くから……。え? まだ来るな? そんな事言われても……」
マッチの火に浮かび上がったおばあさんは、少女に教えた漬物の事を尋ねます。
「うん、それならお野菜を無駄にしないように、いつも漬けておいているけど……」
おばあさんは大きく頷くと、少女にいつも父親が飲むワインを合わせて、売るように話しました。
「え、でも一番安いお酒だし、お家の漬物なんて買ってくれる人いるのかなぁ……」
少女は半信半疑でしたが、おばあさんの言葉を信じて家へと帰ります。
そして酔い潰れて寝ている父を起こさないよう、そっとワインと漬物の瓶、そしてコップとフォークを持ち出しました。
「マッチいりませんか……。マッチ買ってください……」
ワインと漬物の瓶を手にそう言う少女に、一人の紳士が足を止めました。
「何だね? マッチを買ってと言うのに、君の手にはワインと漬物……。どういう事かね?」
「あの、この二つがとてもマッチするんです……。だから買ってください……」
「そんな安ワインと貧相な漬物が……? まぁお似合いと言えばお似合いだが……。まぁ物は試しだ。一ついただこう」
「は、はい!」
少女は粗末なコップにワインを注ぎ、漬物の瓶の蓋に漬物を乗せて、フォークと一緒に紳士に差し出しました。
紳士はまずワインを口に含みます。
「うっ、やはり安酒……。酸味と渋味が強くて飲めたものじゃあないな……」
「あ、あの、漬物も一緒に……」
「ふん、酸味と渋味の強いワインに、酢に漬けた野菜など合うはずがない。やはり子どもでは酒とつまみのベストマッチなどできるはずがないのだ」
そう言いながら漬物を口に入れた紳士が、かっと目を見開きました。
続けてワインを飲んだ途端、
「ゥンまああ~いっ! こっこれはああ~~~っ! この味わあぁ~~っ!」
「えっ」
紳士が上げた突然の絶叫に、少女は目を丸くします。
周りの人も何事かと集まってきました。
紳士はそんな事はお構いなしでまくしたてます。
「サッパリとしたワインの酸味と渋味に漬物のジューシー部分がからみつくうまさだ! ワインが漬物を! 漬物がワインをひき立てるッ!」
見ている人の何人かが、喉をごくりと鳴らしました。
「『ハーモニー』っつーんですかあ~~~~! 『味の調和』っつーんですかあ~っ! 漬物の甘ズッパさで際立つワインがのどを通るタビに幸せを感じるッ!」
いつのまにか、周りには人だかりと言っていいほどに集まる通行人。
最後の漬物を口に含み、ワインを飲み干した紳士のボルテージは最高潮です。
「こんな味がこの世にあったとはァーーーーッ! 幸せだァーーーッ! 幸せのくり返しだよぉぉぉぉぉ~~~っ! ンまあーーいっ!」
すると人だかりの中から、
「お、俺にも試させてくれ!」
「俺にも!」
「俺もだぜ!」
と声が上がりました。
気を利かせた一人が近くの店からコップと皿を持って来たので、少女はお金を受け取ってワインと漬物を振る舞います。
すると、
「こっ! こんなうまいワイン俺生まれてこのカタ……、飲んだことが! ねーーぜぇーーッ!」
「クセになるっつーかいったん味わうとひきずり込まれるウマさっつーか……!」
「うわああああ! 飲めば飲むほどもっと飲みたくなるぞッ! こりゃあよおーーッ! ンまあーーいっ! 味に目醒めたァーっ!」
あっという間にワインと漬物は売り切れました。
たくさんのお金を手に呆然とする少女に、最初に試した紳士が丁寧に頭を下げました。
「先程の失礼な発言を撤回させてもらいたい。貴女の示したマッチングは素晴らしいものでした」
「え、あの、どうも……」
「しかし不思議です。お酒を飲めない歳の貴女が、何故ここまで絶妙なマッチングを知っていたのですか?」
「それは……」
少女は父親に売れと言われたマッチが売れなかった事、マッチを擦ったらおばあさんが現れた事、そしてそのおばあさんからマッチングを教わった事を話しました。
紳士は大きく頷きます。
「これで合点が行きました。そしてこのマッチングは実に素晴らしい。どうかこれでこの権利を私に売って頂きたい」
「え、あ、はい……」
少女は見た事もないお金の入った袋を渡されて、目を白黒させました。
「しかし困った。この漬物は私には作れない。そこでどうでしょう。貴女を我が家に住み込みで雇いたいのですが」
「……? あの、これ別に特別な作り方じゃないですから……。あ、マッチングを買ってくださったんですから、作り方も教えます!」
紳士の言葉の意味が分からず、戸惑う少女。
その頭を紳士は優しく撫でます。
「そのお金を持って帰っても、きっと貴女のお父様はお酒に変えてしまい、また貴女にお金を稼いでこいと寒空に追い出すのでしょう」
「それは……、その、はい……」
「それなら私が貴女を雇い、漬物を作ってもらってちゃんとしたお給料を払いたい。そして貴女のお父様から搾取される事を防ぎたいのです」
「あ……!」
紳士の優しさがわかった少女は、涙を流しました。
「ありがとう、ございます……!」
話を聞いていた周囲から、大きな歓声と拍手が上がります。
こうして少女は紳士の家で働く事になりました。
暖かい部屋と綺麗な服、そして三食お腹いっぱい食べられる生活に、少女はみるみる元気になりました。
そしてそんな少女を寒空に働きに出させた父は、事情を知った街の人達に囲まれて徹底的に詰められ、真面目に働くようになりました。
お陰で数年経つ頃には小さいながら店を構えられるようになり、戻って来た少女と共に商売に精を出しました。
そこで売るのは、少女がマッチを擦ると現れるおばあさんが教えてくれる、様々なマッチング商品です。
「今日は薄いお芋を揚げたものに、チョコレートをかけた商品です!」
「揚げ芋に『チョコ』~~? ケッ! おれは酒飲みだよ……! 『チョコ』なんて女子供の食う物なんてチャンチャラおかしくて……」
ぱくっ。
「ンまあーーーい! また来るよ! 何回でもかようもんねーっ!」
こうして少女は『マッチ売りの少女』と呼ばれ、その店は長く長く繁盛したとの事です。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
食レポ最強は空間を削り取る高校生。
異論は認める。
次回は『鶴の恩返し』で書きたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。