番町皿屋敷 その三
随分間が空いてしまいましたが、日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第百六十八弾です。
今回は『番町皿屋敷』で書かせていただきました。
夏にホラーをと思っていたのに、季節は秋。
まぁうちのホラーは夏向きじゃないので……(震え声)。
どうぞお楽しみください。
江戸の昔。
現在の千代田区にあたる番町と呼ばれる町に、青山播磨守主膳という旗本の屋敷がありました。
主膳は火付盗賊改方という、今で言う警察のような役目を担っていました。
そのため主膳は法に厳しく、罪人に対して苛烈な仕置きを行う事もしばしばでした。
「江戸の平和は拙者が守る! わあっはっは!」
さて、その主膳の屋敷に、お菊という名の十六歳の少女が奉公に来る事になりました。
お菊は年頃という事もあって、匂い立つような美しさ。
主膳は妻に迎えたいと何度も声をかけましたが、お菊には既に心に決めた相手がおりました。
「どうかご容赦くださいませ」
手を替え品を替え口説いてもなびかないお菊に、主膳は怒りを募らせます。
「おのれ生意気な小娘め! それなら拙者にも考えがある!」
主膳は幕府から賜ったという家宝の十枚一揃えの皿を、お菊に管理させる事にしました。
「この皿は我が家の家宝であり、幕府への忠誠の証でもある! ゆめゆめ粗末に扱うでないぞ!」
「あの、そのような大事な品、私めには荷が重うございます」
「お前を信頼して預けるという主の心意気を無にするつもりか!」
「め、滅相もございません! ……謹んでお預かりいたします……」
しばらくした後、主膳はお菊に買い物を申し付け、その隙に皿を一枚盗み出しました。
そして何食わぬ顔でお菊に皿を出すよう指示しました。
「菊、預けておいたあの皿を久々に眺めたい。持って参れ」
「かしこまりました」
お菊が皿を収めた箱を持って来て、中を改めると、
「えっ、きゅ、九枚しかない……!?」
「おのれ菊! 我が家の家宝をどこにやった!」
「ぞ、存じませぬ! 一昨日磨いた時には全て揃ってございました!」
「ええい! 言い訳とは見苦しい! 大方金に困って一枚くらいならと質にでも入れたのであろう! 主のものに手を付けるとは! そこに直れ!」
「何かの間違いにございます! 私はそんな……!」
「おのれに罪がないと言うなら皿をここに十枚揃えて見せよ! さもなくば主に仇なした罪、なまなかでは済まさぬぞ!」
「か、必ずや見つけて参ります!」
真っ青になって家中を探し回るお菊。
しかし主膳は抜き取った皿を、自室の床下に隠していたのです。
見つかるはずもありません。
「どうした!? 出せぬのか! 主家に牙剥く毒婦め!」
「今少し……! 今少しお待ちください……! 何者かに盗まれて、どこぞに売られているやも知れませぬ!」
屋敷を駆け出すお菊を見て、主膳は意地の悪い笑みを浮かべます。
自分を袖にしたお菊が慌てふためく様に、溜飲が下がる思いでした。
(そうだ、許してやる代わりに妻になれと言ってみるか。そうすれば温情に感激し、一生拙者に甲斐甲斐しく仕えるようになるだろう……)
しかし、事態は思わぬ方向に動き出します。
「さて、そろそろ商いに精を出しますか」
「なあ」
「?」
茶屋で一服した商人が、横に置いた風呂敷包みを背負った瞬間、声がかかりました。
声の方に振り向くと、そこには悪鬼のような顔をしたお菊がおりました。
「陶器の触れる音がした」
「ひえっ」
「皿置いてけ なあ 私の皿だ!! 私の皿だろう!? なあ私の皿だろその荷」
「え、あ、いや、その、この中身は茶碗で……!」
「皿置いてけ なあ 私の皿だ!! 私の皿だろう!? なあ私の皿だろその荷」
「ち、違いますって! この中身は茶わ」
「皿置いてけ なあ 私の皿だ!! 私の皿だろう!? なあ私の皿だろその荷」
「わかりました! 見せます! 見て確認してください!」
商人が風呂敷包みを解いて箱を開け、中の茶碗を見せると、正に皿のような目で箱の隅々まで見つめた後、
「やはり一枚足りぬ!!」
そう叫んで走り去りました。
そしてまた陶器の触れ合う音を聞くと、
「皿置いてけ なあ 私の皿だ!! 私の皿だろう!? なあ私の皿だろその荷」
こう問い詰めるのです。
江戸っ子達から『妖怪皿置いてけ』と呼ばれ、恐れられたお菊の噂は瞬く間に広がり、幕府の耳にも届きました。
その妖怪が青山家の奉公人という事はすぐに調べがつき、主膳は上役に呼び出されました。
「今江戸を騒がす『妖怪皿置いてけ』なる者は、其方の家の奉公人、菊であると聞いたが、どういう事であるか」
「いえ、その、拙者にも何が何やら……」
冷や汗が止まらない主膳に、上役は詰め寄ります。
「早々に事態を収めよ。さもなくば其方の首、胴と繋がっていられるかわからぬぞ」
「は、はい! 直ちに!」
上役の屋敷を飛び出した主膳は、一目散に自分の屋敷に戻ると、床下から皿を取り出しました。
そしてお菊を探しに駆け出します。
「皿置いてけ なあ 私の皿だ!! 私の皿だろう!? なあ私の皿だろその荷」
「違いますぅ! 信楽焼きの狸ですぅ! どう考えても皿の大きさじゃないでしょう!?」
「いた! お菊!」
皿をかざすと、お菊は信楽焼きの狸を背負った商人から手を離し、弾かれたように主膳へと向かいました。
「皿置いてけ なあ 私の皿だ!! 私の皿だろう!? なあ私の皿だろその荷」
「そ、そうだ! お、お前の皿だ!」
「……あぁ、あぁ、良かった……! これで十枚……!」
鬼の形相から美しい娘に戻ったお菊。
差し出された皿を抱きしめ、はらはらと泣き崩れました。
騒動が収まりそうだと、主膳も胸を撫で下ろします。
「それにしても主膳様、どこからこのお皿が……?」
きょとんとした顔で尋ねるお菊に、
「あぁ、これは拙者が悪戯で隠したのだ」
気の緩んだ主膳は口を滑らせました。
「……は……?」
途端にお菊の顔が鬼、いえ地獄の鬼も震え上がる閻魔様のような形相へと変わります。
「……預けた物をご自分で隠された上に、私のせいにしようとなさったのですか……?」
「い、いや、その、で、出来心で……!」
「そのせいで私は江戸中を駆け回ったというのに……!」
「そ、その責任感は素晴らしいぞ! いやぁ、こんな素晴らしい奉公人を雇えるだなんて、そ、拙者は幸せ者であるなぁ、はは、は……」
「言い残す事はそれだけですか……?」
「……そ、その、できることなら、許して欲しい、などと思っておるのだが……」
震える主膳に向かって、皿をゆっくり置いたお菊は、拳を握り締めました。
「しかし貴方はすでに雇い主としての決まりの領域ををはみ出しました……」
その凄まじい迫力に、主膳も周りの人も動くことさえできませんでした。
「 だ め だ ね 」
瞬間凄まじい勢いで数十発の拳を叩き込まれ、吹き飛ぶ主膳。
江戸の空に美しい放物線を描いた主膳は、そのまま川へと落ちていきました。
その後、この顛末を聞いた幕府から、主膳は火付盗賊改方を解任された上、
「それ程に大事な皿なら、それを守って暮らすが良い」
と言われ、十枚の皿と僅かな禄だけで余生を過ごす事となりました。
お菊はその真面目さと武勇を認められ、恩賞を貰い、想い人と結ばれていつまでも幸せに暮らしました。
そして青山主膳の屋敷はいつからか『番町の皿屋敷』と呼ばれ、物笑いのタネになりましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
バーサーカーお菊。
これには主膳も苦笑い。
次回は『人魚姫』で書こうと思います。
また間が空くかもしれませんが、気長にお待ちいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。