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分福茶釜 その一

大分間が空いてしまいましたが日曜の元気なご挨拶。

パロディ昔話第百六十五弾です。

今回は『分福茶釜』で書かせていただきました。

原作では、茶釜から戻れなくなったタヌキが、引き取ってくれた道具屋に恩返しに芸を見せるも、力尽きて茶釜になる、というお話でした。

それが私にかかるとどうなるか……。


どうぞお楽しみください。

 昔々ある山に、タヌキが住んでおりました。

 タヌキは物に化ける術が得意で、時折村の人をからかっていました。

 そんなある日の事。


「侵入成功っと」


 山のお寺の境内に不法侵入していたタヌキは、本堂の扉が開いているのを見つけました。

 中に入ると、お供物のお饅頭を見つけました。


「ヒヤッホォォォウ! 饅頭だぜぇぇぇぇ!」


 このタヌキは饅頭に目がありません。

 夢中で駆け寄って饅頭にかぶりつきました。


「ゥンまああ〜いっ」


 タヌキが饅頭の旨さを堪能していると、


「ふんふ〜ん。今日は楽しいお茶会日和〜」

「げえっ 住職」


 重々しい足音と重低音ヴォイスが聞こえてきました。

 ここの住職は荒行を乗り越え、身長二メートル八センチ、体重百八キロの鋼の身体を手に入れ、男女を等しく悟りに導くべく、乙女の心を宿していました。

 つまりマッチョなオネェ。


「前は『タヌキよぉ! きゃんわい〜い!』と抱き付いてきて、ギリギリかわせたけど石灯籠が砕け散った……! 捕まったら、死あるのみ!」


 タヌキは逃げ道を探しますが、本堂の入口は一つ。

 出れば住職と鉢合わせするのは確実です。


「ならばっ!」


 タヌキは茶釜に化けました。

 住職の「お茶会」という言葉を聞き、茶釜なら大事に運ばれるだろうと考えたのです。

 そしてその目論見は当たりました。


「あらやだ! 蔵に入れたと思っていた茶釜がこんなところに置きっぱなしだったなんてぇ。いやん私のうっかりさん」


 住職はそう言うと、タヌキが化けた茶釜をひょいと持ち上げました。


(計画通り)


 タヌキは心の中で悪い笑みを浮かべました。

 しかしそううまくいかないのが世の中です。


「じゃあお水を入れましょうね〜」

(ひぎっ!? つ、冷たい……!)


 タヌキは仰向けになって手足を突っ張り、その上に尻尾で蓋をするような形で茶釜に化けていました。

 お腹の上に水が注がれる感覚に、タヌキは必死に耐えます。

 しかし。


「炭も良い感じね〜。よいしょっと」

「アツゥイ!」

「!?」


 流石に火の上に置かれた熱さには耐えられず、タヌキは悲鳴をあげてしまいました。


(た、叩き割られる……!? に、逃げないと……! でもそうしたら『何処へ行くんだぁ……?』とか言われて頭上でぺちゃんこに……!?)


 タヌキは死を覚悟しました。

 しかし住職は落ち着いた様子でした。


「あらぁ。付喪神ってやつかしらぁ? そうすると火にかけるのは可哀想ねぇ」

「!?」

「そうだわ。今村に江戸から旅の道具屋さんが来ているのよねぇ。江戸なら珍しい品を欲しがる人もいるだろうから、引き取ってもらいましょう」

「!?」


 住職は茶釜を持つと、風のように村へと駆け下りました。


「道具屋さぁん、いらっしゃるぅ?」

「はい、どなたで……。あぁ、住職さん。何かご用ですか?」


 庄屋さんの離れに仮住まいをしていた道具屋が、人の良さそうな笑みを浮かべます。

 彼は見た目こそ優男ですが、この村に来た時、この住職と出会ってものの数秒で受け入れた剛の者でした。


「うちの茶釜が付喪神になったみたいなのぉ。命宿るもの全てを尊ぶのが御仏の教えだけど、うちの寺では飾るだけしかできないわぁ」

「あぁ、それで大事にしてくれる持ち主を探して欲しいと」

「察しが良くて助かるわぁ。お願いできるかしらぁ?」

「わかりました。ちなみに付喪神と思われたのは何故ですか?」

「お茶会をしようと思って火にかけたら『アツゥイ!』って言ったのよ」

「成程。では試しに火にかけて……」

「!」


 また熱い思いをさせられてはたまりません。


「アツゥイ!」

「あら、火にかけなくても喋るのねぇ」

「確かに付喪神のようですね。ではお預かりします」

「ありがとぉ。じゃあ私はお茶会の準備に戻るわぁ。……蔵の茶釜、みんな付喪神になってたら、持って来てもいいかしらぁ?」

「流石にそれは困りますね」

「うふ、冗談よぉ」


 こうしてタヌキが化けた茶釜は、道具屋へと引き渡されました。

 しかし住職に怯えながら茶釜に化けていたせいで、住職が帰った後も元の姿に戻れません。


(ど、どうしよう……。身体が強張って……!)


 そうこうしているうちに、道具屋はタヌキの茶釜を持って江戸へと戻りました。

 しかし道具屋はタヌキの茶釜をすぐには売らず、毎日のように丁寧に磨きました。


「喋る茶釜なんて珍しいからな。綺麗にして大事にしてくれる人のところに行けるようにするからな」

「……」


 そうして毎日丁寧に布で拭かれているうちに、タヌキの強張りも取れてきました。


「……よしっ!」


 道具屋の留守を見計らって、タヌキは術を解きました。

 しかしまだ身体に力が戻っておらず、茶釜から顔と手足と尻尾が生えたような姿になってしまいました。


「う、うわ……! 変な感じ……! でもこれで逃げられ……、あれ!?」


 元々仰向けで化けていたので、まるでエ◯ソシストのような状態になってしまいました。

 当然思うようには動けません。


「く、な、何とか動かないと……!」


 そうしてもがいているうちに、道具屋が帰ってきてしまいました。


「えっ」

「あっ」


 気まずい空気が流れました。

 しかし道具屋は落ち着いていました。


「成程、タヌキが化けていたのか。それで喋ったんだなぁ」

「……はい」

「で、戻れない感じ?」

「……はい……」

「ならこうしてみたらどう?」

「えっ?」


 道具屋がタヌキを持ち上げて、茶釜を伏せた形で置き直しました。

 すると、


「……えいっ! あ!」

「うーん、身体は茶釜のままだけど、何とか動けるようになったな」


 茶釜の向きが変わり、亀のような姿になりました。


「あ、ありがとうございます! 一時はどうなるかと……」

「うん、良かった。でもまだ完全なタヌキには戻れないみたいだね」

「……はい」

「それならもうしばらくうちにいると良い。身体をよく休めたらきっと元に戻れるよ」

「え、い、良いんですか……?」


 まさかそんな提案をされるとは思わず、タヌキは目を丸くします。


「じゃ、じゃあお世話になります……」

「あぁ、よろしく」

「……」


 こうしてタヌキは道具屋の家の居候となりました。

 食べ物も寝床ももらえ、好物の饅頭も時々食べられて、タヌキは幸せな気分でした。

 しかし段々と申し訳ない気持ちが、タヌキの中に募ってきました。


「タヌキさんただいま。すぐにご飯の支度をするからな」

「……あの、相談があるんだけど……」

「何だい?」

「ボク、ずっとお世話になりっぱなし……。人間はご飯を食べるのにお金ってやつがいるんだよね? なのにボクはもらってばっかりだ……」

「そんなの気にしなくて良いのに……」

「いや、人間の世話になってばかりじゃ、化け狸の名がすたる! だからボクにお金を稼がせて! 人間は珍しいものが好きだから、見せ物になれば……!」


 意気込むタヌキの頭を、道具屋はそっと撫でます。


「え、あの……?」

「気持ちはとてもとても嬉しいよ。でもそんな身体で無理をして、余計に悪くなったりしたら元も子もない。だから今は身体を休めるんだ」

「……」

「何、きっとすぐ良くなるさ。恩返しはそれから考えたって遅くはないよ」

「……はい……」


 こうしてタヌキは道具屋の元で穏やかに過ごしました。

 そして月日は流れ……。


「お、タヌキさん。元の姿に戻れたんだな」

「……はい、ありがとうございます」

「良かった。これで故郷に帰れるな」

「……いえ、その……」

「?」


 もじもじするタヌキに、首を傾げる道具屋。


「……えいっ」


 しばらくして意を決したタヌキが、人間の女に変身しました。


「お、すごいな。人間にも化けられるようになったのか」

「は、はい……。で、その……」

「うん?」

「ぼ、ボクをお嫁さんにしてください!」

「へっ!?」


 驚く道具屋に、タヌキはまくし立てます。


「道具屋さんは優しくて親切で、いつもボクの事を大事にしてくれていて、それでボク道具屋さんから離れたくなくて、だ、大好きで、だから……!」


 勇気を振り絞った言葉を言い切ったタヌキは、道具屋と目を合わせられず、下を向きました。


(……た、タヌキのボクがこんな事言って、き、気持ち悪いかな……? い、いや、そんな事言う人じゃない……! きっと……)


 しかし道具屋からの返事はありません。


「……?」


 恐る恐るタヌキが顔を上げると、


「……!」


 顔を赤くして口を押さえ、絶句している道具屋の姿がありました。


「……道具屋さん……?」

「あ、あぁ、いや、その、た、タヌキさんを男だと思ってて、その、び、びっくりして……」

「……!」


 茶釜が喋った時も、タヌキとバレた時にも動揺を見せなかった道具屋。

 それが自分の告白に戸惑い、照れている。

 その事がタヌキに勇気を与えました。


「ボク、もっと道具屋さん好みになれるよ! ほら、髪も長くできるし!」

「お、おぉ……!」

「長い方が好きみたいだね……! えっと、じゃあ胸も大きくして、えいっ!」

「あぁ、べ、別に私の好みに合わせなくても……」

「……あんまり大きすぎるのは好きじゃないんだね。じゃあこれくらいにして……」

「や、やめて……! 私の性癖を探らないで……!」

「だって道具屋さんに好きになって欲しいんだもん! 背の高さはどれくらいがいいかな……。着物の色は……」

「やめてくれー!」




 数日後。

 タヌキは道具屋と結婚する事になりましたとさ。

 めでたしめでたし。

読了ありがとうございます。


自分の理想の異性像を再現されるのは、嬉しいのか恥ずかしいのか……。

私は悶絶するでしょう。


次回は初心に戻って『桃太郎』で書きたいと思います。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや? タヌキさん? 相手が了解してくれたんだから、これ以上サービスせんでも! コレだけで、充分幸せでは!?
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