地獄の暴れ者 その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第百五十二弾です。
今回はリクエストをいただきました『地獄の暴れ者』で書かせていただきました。
元の話では悪徳医者、鈍鍛冶屋(軽業者のパターンもあり)、インチキ山伏の三人が、生前の罪で地獄に落とされるも、それぞれの技能で地獄の罰を回避して、現世に戻される、という流れになっています。
この時点でだいぶ面白いので流れを維持しつつ、私なりにアレンジをしてみました。
どうぞお楽しみください。
昔々あるところに評判の悪い医者がいました。
気分で治療費を変え、時には目の飛び出るような高額な治療費を請求しました。
それにも関わらず、患者の望む治療をせずに帰す事もしばしばでした。
それを鬼達から聞いた地獄の閻魔大王は怒りました。
「そんな悪徳医者、地獄で性根を叩き直してくれる!」
閻魔大王の怒りの雷で、医者は地獄へと落とされました。
「……む、ここは……」
「ここは地獄! そして私は亡者を裁く閻魔大王である!」
「……ふむ。随分と荒っぽいご招待だが、治療となれば仕方ないがね。言っておくが私の治療費は高いぞ?」
「治療だと!? 貴様は生前の罪で地獄に落ちたのだ! もう医者の真似事などさせんぞ!」
「ほう? 私の治療が真似事だと? 閻魔大王ともあろうものが、随分と乱暴な事を言う。何か悪い物でも食べたのか?」
「黙れ! 地獄で悔い改めるがいい!」
閻魔大王は医者を針山地獄へと落としました。
「やれやれ。地獄ならばこれ以上死にはしないだろうが、進んで痛い目を見る必要もあるまい。少し待つとしよう」
「おい! 早く登れ!」
「この金棒で打ち据えるぞ!」
針山地獄の鬼達が大声で脅しても、医者はどこ吹く風、といった様子。
「おや? 閻魔大王の裁決は針山地獄だろう? それを鬼のお前達が勝手に金棒叩きに変えて良いのか?」
「むぐ……」
「そ、それは……」
「それが閻魔大王の耳に入ればどうなる事か……」
「……確かに」
「最近の閻魔様、やたら機嫌悪いし……」
「やらないとは言っていないんだ。待てない程地獄は忙しくもなかろう」
そう言うと医者はごろりと横になりました。
その後も何人もの亡者が針山地獄へと落ちてきます。
そこに、高い金を取っては鈍な刀ばかりを打っていた鍛冶屋が落とされてきました。
医者はその横顔を見ると、むっくりと身を起こしました。
「おや、あなたも地獄へ? 地獄に落ちるような目の人ではないようだが……」
「あぁ。馬鹿な話である。泰平の世に鋭い刀など打ったら、要らぬ血が流れる。包丁や剃刀ならば魂を込めるが、人斬り包丁など鈍で十分。それが罪とは……」
「……やはり閻魔はおかしいな」
「貴殿もそう思われるか。ならば抗議を……」
「よせよせ。聞く耳持つまいよ。それよりこの地獄の罰を何とかしてだな……」
「……ふむ、委細承知した」
そうして二人が待っていると、山伏が落とされてきました。
山伏は効かないお札を高く売り付けた罪で、落とされてきたのでした。
「あなたも地獄とは縁遠そうだ」
「拙僧は真に法力を込めた札を作った。されど安易に望みを叶えては人は堕落する。故に心よりの願いのみ叶えるよう細工した。すると詐欺だのインチキだのと……」
「そんな事を見抜けぬ閻魔ではない筈。となれば医者殿の見立て通り、閻魔に何かあるのやも知れぬな」
「あぁ。では治療に行くとしよう。地獄の罰を台無しにすれば、今の閻魔大王は堪らず降りてくるだろう。力を貸してくれ」
「相わかった」
「微力ながら力を貸そう」
三人は針山へと向かいました。
「さぁさぁ登れ罪人共!」
「手足を針に貫かれて、己の罪を悔いるが良い!」
鬼達が亡者達を針山へと追い立てます。
その針を見て、鍛冶屋が溜息をつきました。
「針とは布を繕うもの。誤って指を刺す事はあっても、刑罰に使うなど以ての外。このようなものはこうしてくれよう」
「な、なにをするきさまー!」
鬼が驚いて止めようとする間も無く、鍛冶屋はポキポキと針を折り、地獄ではあちこちから噴き出している炎に石を乗せ、その上で折った針を熱し始めました。
「なっ! なにをするだァーッ ゆるさんッ!」
「黙って見ておれ。鉄が己の望む姿に貌を変える様を」
「なん……だと……?」
鍛冶屋は鬼が拷問に使うやっとこを玉箸代わりにして柔らかくなった鉄を掴むと、これまた拷問用の大槌で叩き始めました。
その鋭く澄んだ音は、鬼も亡者も思わず振り返る程美しいものでした。
「……水」
「はっ、はい!」
鍛冶屋の言葉に、圧倒されていた鬼が慌てて水を持って来ました。
熱した鉄をつけると、激しい音と共に鉄が熱と赤を失っていきます。
「……善し」
鍛冶屋は薄い鉄板から足の大きさに曲げ折って、穴を開けると服の裾を千切り、鼻緒を付けました。
「見事な仕事だ。ついでと言っては憚りがあるが、一つ頼みを聞いてくれ」
「うむ。……それならば造作もない」
医者の言葉に鍛冶屋は頷くと、新たに鉄を打ち始めました。
「……できたぞ」
「……! 感謝します」
鍛冶屋の動きが止まった事で、我に返った鬼達が叫びます。
「そ、そんな薄っぺらい鉄の草鞋じゃ、この針山は越えられんぞ!」
「どうかな」
三人は鉄の草鞋を履くと、針山を登っていきます。
すると針山の針は、まるで霜柱でも踏むかのようにぽきりぽきりと折れていきました。
「な! な!?」
「さて、次はどうするね?」
「閻魔様! 閻魔様ー! 針山地獄が踏破されました!」
報告を聞いた閻魔大王は、赤い顔を更に赤く染めました。
「ならば釜茹で地獄に落とせぃ!」
三人は釜茹で地獄へと送られました。
ぐらぐらと煮立つ鍋の上に三人は連れてこられます。
「ここは拙僧の出番であるな。阿毘羅吽欠裟婆呵」
山伏が印を組み、真言を口にすると、三人の身体が光に包まれました。
「ほう、これは……」
「法難から修業者を守護る法力である。この力ある限り、荒れ狂う炎も吹雪も微風と化す」
「ではこの煮湯も……」
飛び込んだ医者の顔がにやりと歪みます。
「ふむ、いい湯だ」
「では我らも」
「鍛治仕事の後に風呂とは、地獄も気の利いた事をする」
「湯に入っている間に、山伏殿に一つ頼みがある」
「何なりと。……ほう、その程度ならすぐにでも」
「もうやだこの三人」
鬼達は心が折れました。
その報告に、閻魔大王は怒り狂い、釜茹で地獄に降りてきました。
風呂上がりの寛いだ姿の医者は、閻魔大王に微笑みかけます。
「やぁ閻魔大王。丁度身も清まったところだ。診察といこうか」
「何が診察だ! 地獄を舐め合って……!」
「と言ってもここではどんな目に遭っても身体は蘇るのだ。それではどんな刑罰も意味がないと思わないか?」
「……ならばもはや再び生き返らぬよう、我がはらわたの中で溶かし尽くしてくれる!」
「よかろう」
医者は閻魔大王に飲み込まれました。
しかし山伏の法力が効いている医者の身体は、溶けるどころかびくともしません。
医者は素早く腹の中を探り、その中にしこりを見つけました。
「これだ」
医者が鍛冶屋に頼んで作ってもらった小刀で、そのしこりを切り取りました。
「うぐっ!? うがあああ!」
閻魔大王は突然の激痛にのたうちまわります。
その中でも医者は、鍛冶屋が作った針と、山伏が湯の中で法力を使って髪の毛から編み上げた糸で、傷を縫い上げます。
「これでよし。そしてこの辺りを刺激すれば……」
「うげえええ! おろろろろろろ……」
胃のツボを刺激され、閻魔大王は医者を吐き出しました。
「お、おのれ、き、きさま……」
「患部は摘出した。これであなたの苛立ちも治まる事だろう」
「何……!?」
「閻魔大王、あなたの身を案じる鬼から相談されたのだ。『閻魔様の様子がおかしい。仕事がかさみ、身体を壊したのではないか』とな」
「……!」
驚く閻魔大王に医者は続けます。
「腹の中に潜ってみれば、案の定過労で胃に腫瘍があった。あれでは常に痛みが走り、仕事どころではなかっただろう」
「う……」
「私が人から金をせしめる金持ちには相応の治療費を支払わせていた事や、真の健康の為に投薬を拒否した事を罪と勘違いしたりするくらいに」
「私が人を斬らせぬ為に鈍を打っていたのにも気付かなかったようだしな」
「拙僧の真なる願いにのみ力を発揮する札も咎められたしの」
「うむむ……」
三人の言葉に絶句する閻魔大王。
「これからはたまに休みを取る事だな」
「そ、そうは言っても……」
「ならば我々を現世に戻せ。そうだな、治療の報酬として、その浄玻璃の鏡の力をもらってやる」
「な、何を……!?」
「こちらで少し仕事を代行してやろうと言うのだ。素直に従え」
「……?」
こうして医者と鍛冶屋、山伏は現世へと蘇りました。
そして人の罪を見抜く浄玻璃の鏡の力を活用します。
罪深い者に、医者は地獄の責苦のような激痛を伴う治療を。
鍛冶屋は持ち主だけに不幸が訪れる妖刀を。
山伏は荒行に使う、災難を呼び寄せる札を。
すると現世のうちに心を改める者が増え、閻魔大王の仕事の負担は減り、地獄の鬼達も胸を撫で下ろしたとの事です。
勿論三人は高い報酬を取る事はやめなかったので、一年で蔵がいくつも立つような大儲けをしましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
原作の時点で三人のスキルが普通に地獄の罰を回避するので、「実はあいつらハイスペックなんじゃ……」と思い、プロフェッショナルに仕立ててみました。
報酬が高いのはプロフェッショナルだからね。仕方ないね。
でも子どもとか貧しい人には、謎の値引きが発生するタイプのプロ(多分)。
tm様、リクエストありがとうございます!
次回は『蛇足』で書かせていただきます。
よろしくお願いいたします。