【混ぜるな危険】雉も鳴かずば撃たれまい その一
日曜の元気なご挨拶。
パロディ昔話第百五十弾です。
普段ならキリ番企画をするところですが、リクエストをいただきましたので、今回は『雉も鳴かずば撃たれまい』で書かせていただきました。
病気の娘を助けるために、わずかな盗みを働いた父親。
元気になった娘の手毬唄からその罪が現れ、父親は命を落とします。
自分の言葉が父親の命を奪ったと知った娘は、それ以来一言も喋らなくなり、山で鳴き声を上げたために撃たれた雉を抱きしめ、
「雉、お前は鳴かなかったら撃たれなかった。私もあの手毬唄を歌わなければ……」
そう言うと山へと消えていきました。
そんな鬱話が私にかかるとどうなるか……。
どうぞお楽しみください。
昔々、あるところに小さな村がありました。
その村から街道に向かう道には一本の川が流れていました。
普段は腰ほどの深さなのですが、一度大雨が降ると濁流となり、かかっている橋を流してしまうのでした。
その度に村人は総出で橋をかけ直すのでした。
その村に弥平と千代という親子が住んでいました。
早くに妻を亡くした弥平でしたが、幼い千代をそれはそれは大事に育てていました。
そんなある日、千代が病気になってしまいました。
弥平は必死になって看病しました。
「千代、千代……。しっかりするだ。さ、稗の粥を食え」
「……かゆ、いらない……。あずきまんま、たべたい……」
「あずきまんま、じゃと……?」
あずきまんまとは赤飯の事でした。
昔一度だけ食べたあずきまんまの味を、千代は大好物として覚えていたのでした。
しかし米も小豆も、貧しい弥平の家にはありません。
「千代……。おとっつぁんがきっとあずきまんま食わせてやるからな……!」
「……うん……」
今にも息絶えそうな娘を前に、弥平は一つの決意を固めました。
その夜遅く、弥平は庄屋の家の蔵に忍び込み、一掬いの米とあずきを盗んだのです。
もしかしたらこれで元気になるかも知れない。
そうでなかったとしても、せめて最期に食べたい物を食べさせてやりたい。
その思いが弥平の身体を動かしていました。
それを持ち帰った弥平は、急いであずきまんまを炊きました。
「ほれ、千代。あずきまんまだ……」
「……あずきまんま……! おっとう、うめぇ、うめぇよぉ……」
千代はあずきまんまを嬉しそうに頬張りました。
そのお陰でしょうか。
千代はみるみる元気を取り戻しました。
「おっとう、もうくるしくない!」
「そりゃ良かった……! 本当に良かった……!」
その頃庄屋のお屋敷では、蔵に何者かが入った事が発覚しました。
「旦那様、いかがいたしますか?」
「……盗まれたのは米とあずき一掬いか……。とはいえお役人様に届け出ねばなるまい」
役人に届け出た事で、この一件は村人の中で噂になりました。
そんなある日の事、弥平が畑仕事に出ている間に千代が手鞠をつきながら歌を歌っていました。
「てんてん てんまり てんてまり
うーまい まんまを たべたでな
あーずき はいった あずきまま
てんてん てんまり てんてまり」
それを通りがかった村人が聞いていました。
(嫁さんを亡くして大変な弥平の家に、あずきまんまを食わせる余裕があっただか……? いや、子どもの手毬唄だ。きっと千代の願いか何かだな……)
村人はそう思うと何も言わずに立ち去りました。
そしてしばらく経ったある日の事。
「えれえ雨だ……」
「おっとう、おらこえぇ……」
大雨が村を襲いました。
やはり川は激しい濁流となり、橋を押し流してしまいました。
橋は他の村との行き来のために、絶対に必要なものです。
しかしこう何度も流されていては、村の負担は増すばかりでした。
庄屋の家には村の主だった者が集まり、対策を考えていました。
とは言え、流されない橋を作る手段など、簡単に思い付くはずもありません。
そんな時、一人の村人がこう言いました。
「……人柱を立てるべか……」
「!」
人柱。
それは建物や橋が崩れたり壊れたりしないよう、主となる柱の根本に人を埋める、というものでした。
選ばれた者は建物や橋を守る存在となるために、生きながら土に埋められるという恐ろしい風習でした。
そうなると誰を人柱にするか、という問題がありました。
いかに村のためと言っても、人の命が一つ失われるのです。
何の理由もなく選ぶ事はできません。
「……誰か罪人がいれば、その者が人柱になるのが慣わしじゃが……」
その時、村人の一人が千代の手毬唄を思い出しました。
「……少し前に庄屋様の蔵に盗人が入りましただな……」
「あ、あぁ……。とはいえ米とあずきを一掬いじゃったが……」
「……もしかしたら弥平の奴が盗んだんでは……」
「しかし何の証拠もなく疑いをかけるのは……」
「いや、おら聞いたんじゃ。娘の千代が『あずきまんまくった』いう手毬唄を歌っていたのをの……」
「……それが本当なら人柱は弥平に……」
村人達は弥平の家に向かいました。
「……弥平。おめぇに庄屋様のとこで米とあずきを盗んだんでねぇか、という疑いがかかっとる」
「……そう、だか……」
「……大方千代のためだろうが、罪は罪だ……。村のために橋の人柱になってくれんか……」
「……千代の事を、よろしく頼みます……」
根が正直な弥平は、村人の言葉を受け入れました。
しかし千代はそうはいきません。
唯一の肉親、そして最愛の父を失うまいと、泣き、暴れ、必死に止めようともがきます。
「おっとう! どこいくだ! むらのみんな! なんでおっとうをしばるだ! なんで……!」
しかしそんな抵抗も虚しく、弥平は川へと連れて行かれました。
「おっとうー! おっとうー!」
千代の必死の叫びに、村人は皆顔を伏せます。
しかし弥平を運ぶ手は止まらず、川原に開けられた穴へと弥平は入れられました。
「やだー! おっとうー! いやだー! なんで……! どうして……!」
柱になる木が運び込まれ、その穴へと差し込まれます。
それを抱くように縛られた弥平は、にっこりと微笑みました。
その瞬間、千代は全てを察しました。
「……おらが、あずきまんまくいてぇっていったから……。おらがてまりで、あずきまんまくったってうたったから……」
絶望に塗りつぶされた千代の喉からは、もう声も出ません。
村人は堪えるように歯を食いしばりながら土を運び、弥平へとかけようとしたその時です。
「ぐわっはっはっはっは!」
「!?」
川の中から高笑いと共に大きな影が現れました。
赤く大きな身体に、頭上に生える二本の角。
「お、鬼じゃあ!」
村人は我先にと逃げ出します。
逃げられない弥平に、鬼はのっそりと近付きました。
「おいおめぇ。ここに橋をかけてぇのかぁ?」
「そ、そうだ」
「おめぇの目玉をよこすんなら、橋をかけてやってもえぇぞぉ」
「な、何!?」
「どんな大雨でも流れねぇ鬼の橋だぁ。目玉と引き換えでも高くはあるめぇ?」
「う……」
弥平は考えました。
この鬼が言う通りにするなら、目玉を失っても命は助かる。
鬼は約束を守るかわからないけれど、どうせ死ぬなら同じ事だ、と。
「……わかった。目玉を」
くれてやる、弥平がそう言いかけたその時です。
「おにろくじゃ! おにろくじゃろ、おまえ!」
「な、何!?」
千代の叫びに鬼が動揺しました。
「おっかぁがむかし、うとうてくれたんじゃ!
ねんねん ねろてば ねろてばよ
ねれば だいくの おにろくが
めんたま もって あいにくる……」
「な、な……!」
「なまえをあてられたら、どんなかわにもはしをかける、おにのだいくのおにろくじゃ! なぁ! そうじゃろ!?」
「……!」
名前を当てられた鬼六は、目を見開くばかり。
まさか自分の名前と約束が、こんな村にまで知られているとは思ってもみなかったのです。
「うぅ……。名前を当てられたのでは仕方がない……! 鬼の橋をここにかけてやる……!」
「ありがとうおにろく!」
鬼六は千代のお礼に答えず、川の中に姿を消しました。
後に川には見事な橋がかかり、弥平の罪も許され、千代は幸せに暮らしましたとさ。
その後の事。
雉撃ちの猟師が山に入った時の事。
けーんという雉の鳴き声に照準を合わせ、猟師は引き金を引きました。
確かな手応えがあり、続いてどさりと落ちる音。
猟師が音のした方に行くと、そこには撃たれた雉を抱えた鬼六がいました。
「……お前もあんな声を出さなければ撃たれなかった……。おらも『名前を当てたら目玉を取らずに橋を建ててやる』なんて言わなければ……」
「お、鬼六……?」
「雉も鳴かずば撃たれまい、か……」
鬼六は雉を抱えたまま、山の奥へと足を進めます。
「いや待て。おらの獲物勝手に持っていくな」
「あ、やっぱり駄目かぁ」
「お前は村の恩人、いや恩鬼か? だから飯くらいご馳走すんべ」
「え? ……えぇのか?」
「あぁ。何なら庄屋様に頼んでご馳走を用意してもらうだ。あずきまんまも炊いてもらうべ」
こうして鬼六は目玉は取れなかったものの、ご馳走にありつけましたとさ。
めでたしめでたし。
読了ありがとうございます。
アホリアSS様、リクエストありがとうございます!
昔テレビで観て、救いのない話だな、と思っていたので、あれこれ考えた結果、『大工と鬼六』をぶちこんでハッピーエンドにしてみました。
この後庄屋さんのところの宴会で千代があずきまんまを前に強張るも、鬼六が「おらが橋をかけたから、もうおっとうが連れて行かれる事はねぇだぁ」と言って、安心して頬張る、なんて流れもありそうですね。
……異類婚姻譚になっても、いいんじゃあないか……。
次回はキリ番企画をやりたいと思います。
よろしくお願いいたします。